第百三十八話
「まったく! 王子殿下ともあろう御方が最前線まで出張り、あまつさえおひとりで追撃などもってのほかと幾度も申し上げておりましょうに!!」
「分かっておる、爺。だが、盗賊共を赦せぬという気持ちがどうしても先走ってしまうのだ。孤とて腕に覚えはある。あのような卑しい賊徒共に遅れは取らぬよ」
「左様な問題ではございませぬ! 殿下はご自身の身を軽佻にお考え過ぎておられますぞ!」
「何度も言うておろう。孤は王子ではあっても太子では無い。仮に孤が戦場の露と消えようと、兄上さえご健在であられれば何の不足があろうか」
「そのご認識が宜しくないと私は申し上げておるのです!!」
レバレン峡谷の付近に設けられたダナン王国正規軍の陣地。
幕舎に案内された僕達一行の目の前で、ラセラン王子と彼から爺と呼ばれる側近の老騎士が口論を繰り広げていた。
「爺、それくらいにせよ。客人達の目の前であるぞ」
「む……。確かに、ご尤もでございますな。しかし、お話はこれで終わりではございませんぞ。後ほど再度言上させて頂きますからな!」
強く念押しを入れてから、不承不承といった風に側近の老騎士さんが口を閉じた。
苦笑いを浮かべてそれを見た後、ラセラン王子は表情を和らげて僕達に向き直った。
「失礼した。見苦しい場面を見せてしまったな」
「いえ、そのような事は……」
「気遣いは無用だ、メルエット殿。それより、良くぞご無事であられたな。カリガ領で行方が分からなくなったという情報に接した後、急いでモントリオーネに詳細を問い合わせたのだが、一向に要領を得なくてな。今日こうして出逢えるまで、御身を案じておったのだ」
「それは……! ありがとう、存じます」
一瞬息を呑んだ後、気持ちを落ち着けるようにメルエットさんが息を吐いた。固くなっている声と此方側の内心を悟らせないように、努めて笑顔を作っているのが良く分かった。
彼女が緊張するのは当然だ。僕も、マルヴァスさんも、ローリスさんも、コバも、この場に居る全員が同じ心情だろう。
第二王子ラセラン。
その名前は、あのネルニアーク山での戦い以来、頭にこびりついて離れなかった名前だ。
モントリオーネ卿が押し立てようとしている、ダナン王国二番目の王位継承権を持つ男。
僕達を巻き込んだ陰謀の、中核を担う存在。
「礼には及ばん。そなたも使命を帯びた身。そなたの持つ情報や意見は、今この国では極めて貴重なのだ。心を砕くのは当然というものだよ」
普通に考えれば、彼も敵の一味だという結論になるだろう。
僕の悪い想像を裏付けるかのように、帷幕の中ではラセラン王子の親衛隊と思しき騎士達がずらりと並んで、一挙手一投足も見逃さんぞと言わんばかりの冷厳な目を僕達に注いでいる。息苦しさで息が詰まりそうだ。
しかしながら、その一方でこうして屈託なく僕達に語りかける王子を見ていると、また別の考えも頭をもたげてくる。
『あの一件はモントリオーネ卿の独断によるもので、王子自身は陰謀には無関係なのではないか?』、という希望的観測だ。
「ところで、モントリオーネ卿はなんと?」
同じ考えを抱いているのか、メルエットさんが慎重な言葉遣いで探るように尋ねる。
「うむ? ああ、『王都へ向かう近道を教えたのだが、その先で消息を絶った。現在調査中だが、詳しい事は未だ不明』と、奴から送られてきた書簡にはそのような文面が綴られていたな」
「……他には何も?」
「まったくそれだけだ。……どうされたメルエット殿? もしや、モントリオーネとの間で何か問題でも起きたのか?」
「いいえ、モントリオーネ卿がどの程度事実を把握しておられるのか気になっただけです。他意はございません」
「そうか? ならば良い」
ラセラン王子から怪訝そうな目を向けられたメルエットさんは、声から感情を消して答えた。王子は僅かに眉を動かしたものの、追及することなく続ける。
「竜によるマグ・トレド襲撃についても当然聞き及んでいる。既に王都でもその話題で持ちきりだそうだ。イーグルアイズ伯爵の代理として父上に……陛下に上申致そうとしているそなた達の噂は、討伐軍の陣中でも実しやかに囁かれていた。こうして巡り会えたのも運命というものであろう。これよりは我らと共に王都へ上ろうぞ」
「深甚なる御配慮、誠に痛み入ります」
メルエットさんが深く頭を下げる。どうやら段々肝が座ってきたらしい。語調にも挙措にも乱れが無くなっている。
「私共も、よもやこの地で王子殿下にお会いするとは思いも寄りませんでした。討伐軍はオルフィリスト領の盗賊掃討に注力していると承っておりましたゆえ」
「うむ。確かに、数日前までは孤もオルフィリスト領に居た。盗賊共があちこちに設けた砦を虱潰しに攻略しておったのだが、竜の襲撃と時を前後して急遽帰還命令が下ったのだ」
ラセラン王子が腕を組み、難しい顔をする。明らかにその命令に不服そうだ。
「まだ賊徒は方々に残っておるというのに……。しかし、このような情勢ではやむを得ないのやも知れぬ」
「では、討伐軍は全て引き上げたのでしょうか?」
「いや、幸いにも帰還命令の対象は孤のみであった。そこで孤は副将達に後の指揮を委ね、麾下のみを率いて帰路に就いた。故にオルフィリスト領では引き続き、軍が賊徒の掃討を続けている」
「我らこそ、ラセラン王子殿下を支える《ドル・ドナ騎士団》である! 殿下の赴かれるところ、火中であろうと水中であろうとお供致しますぞ!」
老騎士こと“爺”さんが唐突に口を挟んだ。英気を全身に漲らせて鼻息荒く胸を叩く。
周囲の騎士達が、“爺”さんの音頭に合わせて一斉に剣を抜き、目の前に掲げる。一糸乱れぬ動きで一瞬見とれた。
「ああ、そなたらには常日頃から感謝しておる。……だが、客人の前で軽々しく剣を抜くものでは無いぞ」
冷えた口調でラセラン王子が嗜める。話の腰を折られて面白く無さそうだ。
「それで、王都への御還御の途上でこのレバレン峡谷を通過なさろうとされたのですね」
メルエットさんが上手い具合に話を引き戻した。
「うむ。王都までの最短距離は、やはりこの峡谷を通る道であるのでな。すると、この地に盗賊共が拠点を築いている事が分かった。足止めにはなってしまうが、知った以上は到底見過せぬ」
ラセラン王子の目が光る。険しくなった双眸には、盗賊達への尽きない怒りや憎しみが込められていた。
「今日の攻撃で、谷に巣食っていた盗賊共は粗方片付けた。それ自体は喜ばしい戦果だ。だが、不可解な部分もある」
そして、鋭い目のままメルエットさんを始め、僕達を順番に見渡す。僕が、コバが、マルヴァスさんが、ローリスさんが、黒い甲冑を身に纏った美形の眼力に晒される。
ちなみに、フィオラさんとフォトラさんは此処には居ない。あの二人は、フィオラさんの治療の為に別の場所へ案内されている。
「……貴公らの周囲に、いくつかのオークの死体があった。あれは何か?」
先程までの柔らかさが嘘のような、一切の甘さを排した優男らしからぬ真剣な表情。ラセラン王子は、全身全霊で僕達の話を聴こうとしている。
「…………」
メルエットさんが、僕達を振り返る。マルヴァスさんが、それに対して小さく頷き返しておもむろに自分を指差した。
「それに関しましては、我が友マルヴァスの口からご説明申し上げても宜しいでしょうか?」
ラセラン王子の目が再びマルヴァスさんに向けられる。
少し、その目が細まった。
「その者は先程、自分達を商隊であると言い張った男であるな?」
「彼の無礼は、謹んでお詫び申し上げます。全ては私を護ろうとしての虚言。常の彼は誠実で道理も礼節も弁えた男にございます。何卒、彼にお許しを賜りますよう、お願い申し上げます」
「ふむ……」
ラセラン王子は、しばらく吟味するように上下に視線を動かした後、鷹揚に頷いた。
「彼の発言を許そう。教えてくれ」
「寛大なるお許し、痛み入ります」
マルヴァスさんが深く頭を下げて口を開く。普段の彼とは真逆の慇懃かつ丁寧な口調と態度だった。流石に元貴族、王侯相手ともなれば相応の礼儀も駆使する。メルエットさんの弁護も満更嘘では無い。
しかし、僕は見ていた。頭を下げたマルヴァスさんが、微かに苦笑いを浮かべているのを。
『普段の俺を知っていてよく言うぜ、メリー』
彼の心の声が、僕にも聴こえてくるようだ。
「事の発端は、我々がモントリオーネ卿の勧め通り、ネルニアーク山の間道を目指したところから始まります――」
そしてマルヴァスさんは、此処に至るまでの経緯をラセラン王子に語った。
ただし、僕が“渡り人”である事や、ネルニアーク山のワームを退治した事、更にはモントリオーネ卿の陰謀やレブとの関係性は伏せて。
その他は脚色も誇張もなく、概ね真実だ。
「ううむ……。なるほど、そなたらの旅には、左様な裏事情があったのか……」
ラセラン王子が腕組みをして唸る。彼の想像を超える話だったのだろう。飲み込むのに苦労しているように見えた。
「竜だけでなく、オークまでもがこの国に害を為しているとはな……。やはり、噂は真であったか……」
「噂、でございますか? それは、オークに関しての?」
メルエットさんが確認すると、ラセラン王子は頷いた。
「如何にも。以前より、国内にオークが侵入してきているのではないかという噂が度々王都でも囁かれていたのだ。中々尻尾を掴めずにいたが、これでようやくというところだな」
なるほど、流石に全くオーク側の動きを掴めていないという事では無かったようだ。まぁ、ブリズ・ベアの一件から見ても、オーク達は割と痕跡を残していた節があるし。
「殿下、やはりこれは一刻も早く、陛下へご報告せねばなりませんぞ。生き証人である彼らを伴って、明日にでも出発致しましょう」
「うむ……二、三日は留まって賊徒の残党共を狩り尽くしておきたかったのだが、致し方あるまい。拠点は潰したゆえ、彼奴らもこの地での活動はしばらくままならぬであろうし、今はこれで良しとするか」
「それにつきましてですが、殿下にお願い申し上げたい儀がございます」
「うむ? なにかなメルエット殿。忌憚なく申されよ」
ラセラン王子と“爺”さんの目がメルエットさんに注がれる。
「先程話に出たモルン村に、使いを発して頂きたいのです。今日の顛末をかの者達に伝え、しばらくは盗賊の襲撃も止むであろうとお教え下さい」
「造作もない事だ。しかし、それだけでは足りるまい。我が麾下から一部を選抜し、かの村へ送って駐屯させ、当面の警護に当たらせよう。メルエット殿に救援の手を差し伸べてくれた村だ。褒美としてそれくらいはさせてもらおうではないか」
「……! 心より、お礼を申し上げます、殿下!」
メルエットさんが、ラセラン王子に向かって嬉しそうに頭を下げた。
こうして、僕達はラセラン王子率いる王国の騎士団に拾われ、彼らと共に王都へ上る事となった。
ようやくだ。ようやく、旅の目的地へ辿り着ける。
勿論、そこがゴールでは無い。王都に到着した後も、やるべき事は山のようにある。
僕は、元の世界に帰る為。メルエットさん達は、ダナン王国を護る為。
お互いに、最終的な目的地は違う。きっと、いつかは別れなくてはならない日が来るだろう。
それでも今は、友達として、掛け替えのない仲間として、彼らと過ごす日々をこれからも大切にしよう。
皆の顔を見渡しながら、僕はそう心に思うのだった――――。
今回で第三章は終了です。
最後にフォトラ視点の話を一回挟んでから第四章に移ります。
次はいよいよ王都編です。此処までお読み下さって本当にありがとうございます。
引き続き、これからもお付き合い頂けたら嬉しいです。




