第百三十二話
猛牛同士のぶつかり合い。
フォトラさんとヴェイグの激突は、まさにそう呼ぶに相応しい迫力だった。
「うおおおおッッ!!」
「ハァァァッッ!!!」
裂帛の気合がお互いの喉から迸る。目にも留まらぬ疾さで振るわれる武器の応酬。周囲の霧を消し飛ばさんばかりの勢いで、フォトラさんの手甲とヴェイグの剣と斧が火花を散らして打ち合わされる。
「すげェ……!」
ローリスさんがぽつりと零す。すっかりフォトラさんとヴェイグの戦いに目を奪われているようだ。
そして、それは僕も同じだった。二人の凄まじい戦いぶりに戦慄を覚えると同時に、何故か感動が心の底を震わせてくるのが分かる。
ワイルドエルフとシャープオーク。洗練された二人の戦士の決闘は、それこそまさに吟遊詩人の唄で語り継がれるような大迫力の一枚絵であると言っても過言ではない。
「ムンッ!!」
「甘いッッ!!」
上下左右から繰り出されるヴェイグの一撃を、フォトラさんは尽く防ぎ、いなしてゆく。モルン村での戦いではなすすべなく圧倒されていたが、今はフィオラさんの生命が掛かっているからか、あの時が嘘みたいにヴェイグの動きに対応出来ている。集中力も技のキレも段違いだ。
逆にヴェイグは、何処かしら余裕を失っているように見受けられる。表情は歪み、忌々しげに牙をむき出しにして武器を振るっている。感情の乗った攻撃は一見鋭さを増しているように思えるが、よくよく見れば技の起こりや武器の軌道が単純化しており、この僕ですらある程度は読める程だ。
「精神力の差、だな。お前の挑発が効いてるようだぜ、ナオル」
二人の戦いを冷静に観察していたマルヴァスさんが、僕を見てニヤリと笑った。
「フォトラさんが押してますか!?」
マルヴァスさんと二人の戦いを交互に見比べて、僕は尋ねた。いい終えると同時に、フォトラさんの繰り出した拳をヴェイグが斧の腹で受け止めた。
「あァ、僅かながらではあるが、流れはフォトラの方に傾いている。恐らく、単純な技量だけならあのオークの方が上だろう」
『だが』、とマルヴァスさんは続ける。
「精神面での鍛え方がまだ未熟だったみたいだな」
モルン村の戦いで、ヴェイグがフォトラさんに言ったのと似たような言葉だった。皮肉なことに、ブーメランとなって本人に返ってゆく。
「あっちは放っておいても良いだろう。それより、目下の問題は……」
「フィオラ殿の奪還、ですね」
マルヴァスさんの言葉を、途中からメルエットさんが引き取った。
僕はフォトラさんとヴェイグの戦いから、周囲に散開するオーク忍者達にそれとなく意識を向けた。
フィオラさんは、ヴェイグの後方……此処から最も遠い位置に居るオークの肩に担がれた状態でぐったりしている。目を覚ます気配は、無い。
「……油断、してますかね?」
「微妙だな」
オーク忍者達はヴェイグの指示通り、武器を下げた状態でその場で待機している。フォトラさん達の戦いに注意を向けている者も居れば、僕達から目を逸らさない者も居る。共通しているのは、余計な挙動を取っていない点だ。
要するに、隙らしい隙が見えない。
「流石、裏の任務に従事しているだけあって軽佻に動いたりはしないか。大将より心構えが出来てるんじゃないか?」
皮肉交じりの苦笑いがマルヴァスさんの顔に浮かぶ。
「隙が無ェなら作りゃいいだろ」
ローリスさんがしれっと言う。
「そうは言いますけど、一体どうやって……?」
「ん」
向こうに気付かれないように、小さく僕を指差すローリスさんであった。
「……僕にやれと?」
「テメェの十八番だろ、ナオル。そのよく回る舌で、もいっちょやったれや」
か、簡単に言ってくれるなぁ!?
「それが一番確実だろうな。ナオル、頼む」
マ、マルヴァスさんまで!?
「ナオル、あなたの機転は皆が認めるところよ。あなたならきっと大丈夫」
メルエットさん、信頼してくれるのは嬉しいけど! 嬉しいんだけど!?
「ナオル様、コバめがお傍におりますです。いざとなれば、コバめが盾になって……!」
ああ、コバ! 君だけだよ! そうやって僕の身を案じて、僕を守ろうとしてくれるのは……!
「いや、コバは此処に残れ」
無情なマルヴァスさんの命令が下った。
「しかし……」
「ナオルひとりの方が相手の油断を誘いやすい。主人を信じろよ」
「うぅ……」
コバが縋るように僕を見上げてくる。
仕方ない、肚をくくろう。僕は溜息を吐いて、コバに言った。
「此処で待ってて、コバ」
「ナ、ナオル様……!」
僕はコバから目を外し、皆を見渡した。
「分かりました、やってみます」
「ありがとよ、ナオル。連中に隙さえ出来れば、間髪入れず俺達が援護する」
「ナオル……頑張って!」
僕は頷いて、もう一度フォトラさん達の戦いに目を向けた。
「ハァ! ハァ! ハァ……!」
「フゥ! フゥ! ハーッ……!」
段々と、二人共息が上がってきたようだ。動きにも、僅かに乱れがある。決着が近いのかも知れない。
それまでに、僕達の手でフィオラさん奪還の目処を立てなければならない。
「(やるしかない! 気張れよ、僕! 兄さん、姉さん、もう一度力を貸して!!)」
最後にもう一度ペンダントに手をやって、僕はおもむろに両手を上げてバンザイの姿勢を取ると、ゆっくりと前に足を踏み出した。