第百二十七話
「フィオラさん……?」
自信を全身に漲らせ、敢然とマンドリンを手に立ち上がったフィオラさんに、僕は思わず期待と安心の眼差しを向ける。
彼女なら、本当にやってくれるかも知れない。“秘癒の儀”という、奇跡にも近い魔法を行使した彼女なら、血を流す事無くあの盗賊達を無力化出来るのかも知れない。ワイルドエルフが誇る(追放云々は置いといて)吟遊詩人である彼女なら……!
「さてと、それじゃまず着替えないとね」
「……え?」
てっきりそのまま向かうのだろうと思っていたら、フィオラさんは無造作に手荷物用の革袋の中に手を突っ込んでゴソゴソと何か漁っている。
……というか、今『着替え』って……。
「あったあった♪」
嬉しそうな声と共に、革袋の中から何かを引っ張り出す。どうやら服のようだけど……。
「……って、フィオラさんっ!? わわわっ!?」
いきなりフィオラさんが自分の服に手を掛けて、躊躇なく脱ぎだした。ぼーっと彼女の挙動を見守っていた僕は、めくりあげられたロングスカートの裾から白い足が覗いたのが目に入って、慌てて顔を背けた。
「お、おいテメェ! 何してやがる!?」
「フィオラ殿! 着替えって、今この場で……!?」
「ほう、これは中々……」
僕と同じように驚いた声を上げるローリスさんとメルエットさん。反して、マルヴァスさんの声は落ち着いていた。
「しーっ! 静かに! 盗賊達に気付かれちゃうよ?」
嗜めるようなフィオラさんの声が飛ぶ。なんか納得がいかない。
「これで良しっと。うん、準備完了!」
そうこうしている内に、フィオラさんの着替えが終わったらしい。僕は安堵の溜息をついてから彼女に向き直る。
「…………!」
そして言葉を失った。
「見て見て皆、どうかなっ?」
満面の笑みを浮かべ、楽しそうにその場でくるりと一回転するフィオラさん。未だ霧が立ち込めた岩陰の裏であってもサラサラ感を保っている彼女の金髪がふわりと舞い、顕になった白い肌と重なって良く映えた。
そう、更衣を終えた彼女は、それまでと打って変わったように開放的な恰好になっていた。
というか、殆ど肌面積が占めていた。
先程まで長袖のロングスカートに身を包んでおり、(少なくとも外見上は)清楚な美人というイメージだったフィオラさんだが、今や彼女の服装はノースリーブのチューブトップ、下は太ももの付け根まで見えるんじゃないかってくらい丈の短いミニスカート。
つまり、かなりエ……際どい恰好になっていた。肩もへそも脚も、大事なところ以外は殆ど丸見えである。
「本当はこれに薄絹も合わせて使うんだけど、流石にこの霧の中じゃね。まぁ、これでも十分でしょ」
自分の肌をさらけ出す事に微塵も抵抗感が無いのか、フィオラさんは自分の恰好を確認しつつ堂々と僕らにそれを見せつけている。
それによって、フィオラさんのスタイルの良さが否が応でも引き立つ。肌が綺麗なのは当然として、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでおり、その有様はさながら何処ぞのモデルといったところだ。
「大したものだ、まるで踊り子だな」
僕達が絶句する中、やはりマルヴァスさんだけが平然としていた。
「あはっ♪ 分かる? 旅の道中でちょくちょく唄を披露して路銀を稼いでたんだけどさ、吟遊詩人とは言っても歌だけじゃどーしても耳を傾けてくれない人達だって居るからね〜。そんな時は、この恰好をすると大抵皆注目してくれるの♪」
「そりゃ、そんな色っぽい恰好をした美人のエルフ姉ちゃんを見掛けたら、誰だって足を止めるわな」
「おお、マルヴァスの旦那にも好評っぽい? 食指動いちゃった? でもダーメ♪ 見るだけなら自由だけど、お触りは禁止だからね♪」
「過去、フィオラちゃんのように男を誘うような振る舞いをしながら余裕綽々であしらおうとする女の子達と沢山出逢ったぜ。ほぼ全員、掌の上で転がしてやったけどな。自分だけは大丈夫なんて言い切れるのかい?」
「や〜ん、旦那ってば目が怖〜い♪」
やらしい顔付きになりながら手をワキワキさせるマルヴァスさんと、口では拒絶しながらもクネクネと媚びるような仕草のフィオラさん。勿論茶番なんだろうけど、やたらピッタリ息が合っていた。
それにしても、マルヴァスさんって結構プレイボーイっぽいところがあるんだな……。確かにモテそうだとも女の子慣れしてそうだとも思ってたけど。
むしろ、厳つい風貌のローリスさんの方が、扇状的な今のフィオラさんに対して初心っぽい反応を示していた。顔を真赤にしながら目を見開いて、呼吸をするのを忘れたように口をパクパクさせている。僕も人のことは言えないけど、どうやら彼も女性経験に乏しいらしい。
一方で、コバはただ何時ものように困ったような顔をしているだけだ。単に彼の方が僕達より精神的に上なのか、それともゴブリンの感覚ではエルフに性的魅力を感じないのか。
「やれやれ、まったく……」
フォトラさんが額に手を当てながら疲れ果てたように溜息を吐く。
「それでフィオラ殿。そんな破廉恥な恰好をして何をなさろうと?」
メルエットさんが睨み付けるように話の続きを促す。そんな彼女の頬も、見事に赤くなっていた。
「おっとそうだった。今からこれで、彼処の盗賊達を大人しくさせてくるね。そんなに時間は掛からないと思うから、皆は此処に隠れて成り行きを見守ってて」
「だ、大丈夫なんですか!?」
さっきまでの期待と安心が一転、危惧と不安に駆られた僕はついフィオラさんに再考を促すような言葉を放った。
「ん〜? ナオルくん、何が『大丈夫じゃない』のかな〜?」
フィオラさんが、悪戯っぽい笑みを浮かべて訊き返してくる。
「いや、だって……! そんな恰好で盗賊達に近付いたら……!」
「近付いたら……? なぁに?」
「う……! あ、や、その…………!」
僕の脳裏に、とても人前では口に出せないような卑猥な想像が広がる。セクシーさを全開にして刺激的なフェロモンを放つフィオラさんに伸びる、野卑な男達の欲望の手…………駄目だ、これ以上は言葉に出来ない!
ブンブンと頭を振って煩悩を振り払うと、ふとメルエットさんと目が合った。
「………………」
怒ったような、困ったような、それでいて何処か恥ずかしそうな……強いて言うなら拗ねたような目で睨まれた。
「……安心してよ。ナオルくんが心配するような事は起きないから」
いつの間にか真面目な口調に戻ったフィオラさんが『仕方無いなぁ』とでも言いたげな顔で僕とメルエットさんを見ていた。
「まぁ、ここはひとつ、安心してお姉さんに任せてくれたまえ! では、吟遊詩人フィオラ、いっちょ言って来ます!」
最後にビシッとひとつ、親指を立てて力強いウィンクを残してから、フィオラさんは岩陰から出ると躊躇いなく盗賊達の陣地へと歩いて行った。




