第百二十四話
「――!!」
テントへ肉薄していた忍者達が一瞬足を止める。
「おらっ!」
「ハァッ!」
ほんの僅かに生まれた隙を見逃さず、二つの影は同時に得物を振るった。
「グッ!?」
「ガァッ!?」
右の忍者に長剣が入り、左の忍者を手甲が貫く。
一番先頭に居た二人の忍者が、それぞれ短い断末魔を上げて斃れた。
襲撃者を屠った二つの影が、焚き火の灯りに照らされてその姿を表す。
「マルヴァスさん! フォトラさん!」
目の前に立つ後ろ姿は、間違いなく彼らのものだ。
「ふっ――」
横顔をこちらに向けたマルヴァスさんが、口元だけで笑う。
そして、すぐさま残りの忍者達を迎え撃たんとフォトラさんと共に前へと向き直った。
「左の三人、頼むぞ」
「承知、右はお任せする」
二人は短く打ち合わせを終え、同時に闇の中へと足を踏み出し、残る忍者達に対して攻撃を仕掛ける。
打ち合う剣戟の音、交錯する剣筋の光、それぞれが発する気合いの掛け声が、闇の中での戦闘から僕達に届けられる。
「マルヴァスさん、フォトラさん、どうして……!? 二人共、酔い潰れて眠ってしまっていたんじゃ……?」
影となった二人の動きには、全く酒の影響が見られない。いつもどおりに鋭く、正確であり、闇に紛れて襲い来る忍者達に全く引けを取らない。とても酩酊して寝入っていた者の動きではなかった。
「バカね、本気にしていたの?」
「っ!?」
隣を見ると、しれっとした顔でメルエットさんが立っていた。
「何の考えも無く、あんな馬鹿騒ぎをする筈が無いでしょう?」
「メルエットさん……」
メルエットさんは、油断なくマルヴァスさん達の戦いに気を配りながら言った。
「これは策よ。盗賊達にこちらの位置を報せ、可能なら襲撃を誘う。……まさか初日で、しかもこんな平地で成功するとは思わなかったけど」
「ど、どういう事!?」
明かされた彼女の真意が今ひとつ飲み込めず、僕は困惑する。
そんな僕に、僅かに呆れたように溜息を吐きつつ、メルエットさんは続けた。
「良い? モルン村での状況分析を思い出してみて。敵側の狙いは、今や私達に集中しているという結論になったわよね? その私達がまだモルン村に残っていると、向こうに思わせてはならなかったのよ」
「……? ……ああ!」
ようやく、僕の頭にも血が巡りだした。
「盗賊達が再びモルン村を襲うのを防ぐ為に、私達はどうしても相手に自分達の位置を明かす必要があったの。危険である事は百も承知だけど、無辜の民達にこれ以上の被害が出る可能性を減らせるなら安いものだわ。フィオラ殿の“秘癒の儀”のお陰で再び戦力となる人員を確保出来たとはいえ、襲撃なんて無いに越したことはないんだから」
「なるほど……!」
つまり、あの陽気な宴会は演技だったってワケだ。マルヴァスさんもフォトラさんも、それからローリスさんも、皆酒に酔うふりをしながら常に神経を研ぎ澄ませていた。いつ襲われても対処できるように。
僕は深く安堵の息を吐く。良かった、皆ちゃんといつも通りだった。僕が察せなかっただけで……ん?
「……ねぇ、それならどうして僕には教えてくれなかったの?」
ジロリとメルエットさんを見るが、彼女は涼しい顔だった。
「素の反応をしてくれる役がひとりは居たほうが良いと思ったからよ。……貴方なら、途中で気付くかなとも思ったんだけど」
後半は顔を反らしながら、ボソボソと聴き取れない声で言っていた。
「……コバは知ってた?」
コバの方に顔を向けると、彼は少し困ったように視線を下げた。
「薄々、そうでは無いかと考えてはおりましたです」
「………………」
がっくり来た。ついで心の底から不甲斐なさと悔しさが込み上げ、僕は闇夜に向かって叫んだ。
「間抜けなのは僕だけか!!」
「……そうね」
僕を見ないまま、メルエットさんが頷いた。……否定してよ。
それにしても、いつの間にかこんな作戦を考え、皆を指揮して実行に移していたなんて……。
徐々にリーダーシップを発揮して、人の上に立つ者の器量を育んでいっているメルエットさんに対し、また少し距離を感じた。
「……見て、敵が逃げていくわ。どうやら今夜はこれで終わりのようね」
「えっ?」
メルエットさんの言葉通り、闇夜の中に紛れて複数の黒衣達が風のように駆け去ってゆくのが見えた。メルエットさんの言う通り、無事にこちら側の勝利で終わったようだ。
マルヴァスさん達は追撃を仕掛けず、しばらくは油断なく忍者達が去ってゆくのを見据えていたが、やがて構えを解いた。
それから、念を入れてか地面に斃れている死体をそれぞれ検めているみたいだったが、それが済むと斃した敵のひとりをマルヴァスさんが担いで三人共戻ってきた。
「見事な働きでした。皆さんの武勇に敬意を評します」
「……あっ! お、お疲れ様です!」
メルエットさんが褒めるのを聴いて、僕も急いで彼らを労う。コバは黙って頭を下げていた。
「おう、お疲れ。それよりもほら、コイツを見てみろよ」
と、マルヴァスさんは無造作にその忍者の死体を地面に転がす。それから顔を覆っていた布に手をかけると、躊躇いなくそれを取った。
「……! これは……!」
現れたのは、オークの顔だった。ただし、その体躯は通常のオークよりも小さく、引き締まっている。
「シャープオークの隠密だ。裏の仕事を主な専門として扱う暗殺部隊の兵士。恐らくはヴェイグ直属の部下だろう」
フォトラさんがそう分析する。
「これが、あの……!?」
僕はそのオークの死体を見ながら、あの夜のヴェイグの姿を思い出していた。
「確かにコイツら、中々手強かったな。三人斬り捨てたが、残りは逃げられた。見晴らしの良い平地だったから良かったものの、もっと入り組んだ地形で相手にしたらかなり厄介だぞ」
「三人とは流石だな、マルヴァス殿。私は二人だけだ。この者達、モルン村に夜襲を仕掛けてきたオーク兵達とは練度が比較にならない。今後も注意が必要だろう」
「ああ、そうだな。……で、お前は何人討ち取ったんだ、ローリス?」
マルヴァスさんとフォトラさんが、さっきから黙っているローリスさんをじっと見る。
「……ひとり」
プイッと顔を背け、ローリスさんが短く言った。
「あ〜、そっか〜。ひとりだけか〜。そりゃー惜しかったな〜?」
途端にニマニマと笑い出すマルヴァスさん。
「るせッ! 今日はちっと調子が出なかっただけだ!!」
「あー、まあそうだよな〜。慣れない事しようとすると調子狂うよな〜? でもよ、成長する瞬間って得てしてそういうものじゃないか、なあ?」
と、マルヴァスさんはニヤケ顔をローリスさんと僕に交互に向けた。
「ぐっ……!」
ローリスさんは言い返しかけたが、結局そのまま口をつぐんだ。
僕もまた、いたたまれなくなって顔を伏せる。
それを言うなら僕なんて、今回の戦闘中でまるで役立たずだったんですが…………。
「気にする事は無いぞ、ローリス殿、こやつら相手に大槌のような長柄の武器では分が悪い。それを鑑みればひとり討ち倒しただけでも大したものだ。ところで……」
と、真面目な顔でローリスさんをフォローしていたフォトラさんが、何かを探すように辺りを見回した。
「……フィオラはどうした?」
「――!!?」
僕達の間に緊張が走る。確かに、フィオラさんの姿だけが此処に無い。
「っ!!」
最悪の予想を押し殺し、僕は急いで女性陣用のテントに手を掛ける。
そして、開いた入り口の向こうにあったのは――!
「むにゃむにゃ…………も〜歌えないひょぉぉぉ……」
本気で酔い潰れてすっかり夢の世界を旅している、フィオラさんのあられもない寝姿だった。
「…………間抜けなのは僕だけ、じゃあ無かったみたい……です、ね…………」
僕の言葉に応える声は、何も無かった…………。