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竜の階  作者: ムルコラカ
第三章 エルフの誓い
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第九十七話

 村長老夫妻の温かい心づくしの食事を頂き、お腹も気持ちも満たされた僕は、斧を両手にコバと連れたって表へと出てきた。


 「一番風呂は当然、お嬢様だ」


 ローリスさんの主張に異議を唱えたのは当のメルエットさんだけだ。彼女は僕を優先すべきだと思っていたようで、しきりに肩や腕の怪我を理由に上げて先に入浴するよう促したが、僕は固辞した。メルエットさんの気遣いには心の底から感謝したいけど、難行軍を経て塵土に塗れた女の子を差し置いて先にお風呂を頂くのは忍びない。体面もあるし。

 

 「それでは、皆さんのご厚意に甘えて……」


 最終的にメルエットさんが折れて、村長とおばあさんに深くお辞儀をしてから遠慮がちに浴室へと向かっていった。ローリスさんは入り口に仁王立ちになって護衛に付き、マルヴァスさんは盗賊達の死体の後片付けをしている村人達を手伝ってくると言って外出して行った。

 そして僕はというと、何もせずぼーっとお風呂の順番を待っているのもアレなので、村長の許可を貰ってから薪割りをする事にした。


 「外からこっそり覗こうとしてるのを見つけたら、目ン玉くり抜いて握り潰してやるからな!」


 そんな物騒なローリスさんの脅し文句を背中に受けて、僕とコバは裏の薪置場へと回った。老朽化の激しい変色しかかった棚の中には、まだ割られていない薪が所狭しと敷き詰められていた。


 「ささ、ナオル様。コバめが致しますので、どうぞそちらでお休み下さいまし」


 案の定というか、コバは自分が代わりに薪を割るつもりでいるようで、斧を受け取ろうと恭しく両手をこちらに差し出した。


 「駄目だよコバ。僕が願い出た仕事なんだから、ちゃんと僕がやらないと」


 「ですが……。……いえ、承知致しましたです。それならばコバめが支えますので、遠慮なく斧を打ち付けて下さいませです」


 コバは食い下がろうと言いかけた言葉を飲み込むと、今度は棚から薪を一本取り出し台座の上に立てかけて両手でそれを支える。


 「コバ、気持ちは嬉しいけど危険だよ。誤ってコバの手を傷つけるかも知れないし」


 「ですが、支えなしで薪を割るのは骨が折れるかと……」


 上目遣いで遠慮がちに異見を呈してくるコバ。確かにそうかも知れない。気軽に申し出た役目だが、考えてみれば僕に薪割りの経験は皆無だ。たとえ万全の状態であったとしても、熟練の木こりのように一撃でスパッと薪を両断する事は難しいだろう。

 しかし、何事もやってみなければ分からない。


 「良いから下がってて。取り敢えずやらせてほしいんだ」


 「……承知致しましたです」


 心配そうにしながらも、コバは静々と素直に離れる。

 僕は改めて台に置かれた薪を見据え、両手で高々と斧を大上段に構えると、上になった断面から覗く年輪目掛けて思い切りそれを振り下ろした。


 「やあっ!!」


 鋭い気合いと共に縦真っ二つに薪が分かれる…………などという事も無く、斧の刃は中央から大分左に逸れた位置を捉え、中途半端に中に食い込んで止まった。

 痛い沈黙が辺りを支配する。


 「…………やっぱり、最初からそう上手くはいかないね」


 爽やかにそう言って微笑んで見せる僕。良し、取り繕い方としては我ながら上々だ!


 「ナオル様、やはりまだお怪我の具合がよろしくないのでは……?」


 残念ながら呼吸を読んで調子を合わせてくれる事もなく、コバは真剣そのものな表情で僕を案じる。真面目な彼にこの辺の機微を汲めというのは酷だったか。僕はさっと気持ちを切り替えてコバを安心させようと右腕を軽く振ってみせる。


 「いやいや、こんなの全然大した事無いよ。オークに負わされた肩の傷ももう殆ど痛みは無いし、腕にしたってちょっと薄皮が切れた程度さ」


 「ですが、仮にも毒で一度危篤に陥られてしまわれたお身体でございますです。右腕の裂傷に致しましても、あれ程の魔法を使用された反動という話ですと、目に見えないところで悪影響が生じる可能性もあるのでは無いかと……」


 「あはは、もしそうだったら怖いけど、あれから特に何も無いんだ。心配要らないよ」


 「左様でございますですか……。しかし、もしお身体に異変を感じられるような事がございますれば、その時はすぐさまお教え頂きたく存じますです」


 「勿論だよ、ありがとうコバ」


 コバの懸念を払拭させたくて、僕は麗らかな調子で応える。

 しかしその一方、心中では様々な疑念が未だ解消されずに燻っているのも確かだ。


 「(……あの時、ワームとの戦いの最終局面で、僕は確かに姉さんの姿を見た。そして、記憶してなくて描けない筈の“火の魔法陣”を完成させ、ワームを斃して気を失った……)」


 目覚めてから後も考え続けたが、納得の行く結論は出ない。一体、あの一連の出来事は何だったのだろう?

 分からないと言えば、ヨルガンに仕掛けられた呪印もそうだ。ヨルガンに危害を加えれば僕の生命を奪うという術式だと言われたが、実際発動した際に痛みは伴ったものの生命に別状は無く、代わりにワームの接近を知らせるかのように紋様が赤く浮かび上がっただけだ。

 これについては、ヨルガンが嘘をついたのだろうと見当はつくが、今度はその理由が不明である。僕を牽制する為の単なる脅し文句だったにしてはどうにも違和感がある。僕がワームを感知出来るようにする事で何か彼に益があったと言うのか?


 「ナオル様、お顔色が優れませんです。やはり痛むのでは……?」


 気付かない内に思考に没頭していたようで、再び曇ったコバの声を聴いた僕はハッと現実へ引き戻される。


 「ああ、違う違う! ちょっと考え事してただけ! さ、早く薪を割ってしまおう!」


 僕は強引に目の前の作業へと場の流れを戻す。いつまでもコバと堂々巡りのやり取りを続ける訳にはいかないからね。

 ……とは言ったものの、さてどうするべきか。不細工な形で薪に突っ込んだ斧をまずは引き抜かなくてはいけないが、思いの外深く刺さっており取り外すのは難儀に思えた。


 「……あ、そうだ。《ウィリィロン》使えば良いじゃん」


 不意に最も簡単な、そして最も確実性のある方法に思い至った。

 “斬りたい”と念じたものだけを斬るこの魔法の短剣なら、こんな薪の山なんて流れ作業で処理出来るじゃないか。どうして最初に思いつかなかった、自分。


 「ねえコバ! ちょっとこの薪持っててくれない……か?」


 と、改めてコバを見て、僕は首を傾げる事となった。

 コバは、何処か陶然とした様子で明後日の方向を見ていた。僕が居る事も忘れてしまっているかのように、完全に意識が別の対象に向けられている。そんな様子のコバは初めて見たから、僕も面食らった。


 「コバ? どうしたの?」


 もう一度声をかけると、コバはハッと気がついて僕に視線を戻した。だが、その顔は相変わらず心ここにあらずといった感じで緩んでいる。


 「ナオル様……。うたが、唄が聴こえますです……」


 「唄?」


 夢見心地のように言うコバを訝しみつつ、僕も耳を澄ませてみる。

 すると、確かに彼方から小さな歌声のようなものが聴こえてきた。


 




 土よ

 我等の手入れが恋しいのか? 

 水に渇き 光に飢え

 流れ出た血だけを糧に


 土よ

 我等の安息を担う者

 鍬の振るう音も今はなく

 馬蹄と具足に踏み荒らされ


 土よ

 我等と共に生きる者

 火に追われ 風に曝され

 ただ虚しく痩せゆくのみ


 土よ

 我等がやがて還る大地

 敵も味方も区別なく

 皆等しくお前の懐に抱かれよう






 「………………」


 段々と“それ”は大きくなる。何かの弦楽器が奏でる音に乗って、鈴を転がすような歌声が僕の耳を浸す。

 心地良い唄だった。切ないような、温かいような、様々な情感が胸の内に呼び起こされる。身体の芯からほぐされるような、聴いている者を否応なく惹き付けて離さない魅力がある。コバが我を忘れて聴き入るのも分かる気がした。誰が歌っているのだろう?

 すぐにその正体は知れた。

 ウクレレのような楽器を手に、朗々と歌いながらこちらへ歩いてくる人物がひとり。流れるようなサラサラの金髪と、そこから覗く尖った長耳はよく覚えている。


 「……フォトラさん?」


 思わず声を掛けてからはたと気付いた。

 顔は瓜二つという程似ているが、服が違う。櫓の上で見た彼は革のジャケットを着込んだ狩人風の出で立ちだったが、こちらは長袖のロングスカートだ。弓も携えておらず、発している雰囲気もまるで真逆で穏やかだった。

 という事は…………。


 「あら?」


 僕に気付いて、“彼女”が足を止める。

 そして、軽く会釈をするとにこやかな笑みを浮かべて言った。


 「初めまして。あなた達が先程モルン村へとやって来た旅人さん達ね? 私は吟遊詩人のフィオラ。フォトラの双子の妹です」

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