第九十六話
村長の家は、村の中心部に当たる小高い丘の上に建っていた。年季を感じさせる古い造りだが、途中で目にした他の村民の家とは比べようもなく大きい。
「どうぞ、トシュマと各種野菜を煮込んだスープです。こんなものしか出せず、真に恐縮でありますがの」
大広間に設えられた長机の前に並んで座った僕達に、オズマ村長はそう言って食事を振る舞ってくれた。調理したのは彼に負けず劣らず年齢を重ねていると思しき、彼の奥さんだ。
「ありがとうございます。長旅に疲れた身にはこの上ない施しです。御二方の深甚なるお気遣いに感謝し、頂きます」
メルエットさんは優雅にお辞儀し、一緒に配られた木の匙を使って静かにスープを口に運ぶ。旅の汚れに塗れてはいても、そんな彼女の所作は美しい。ついつい見惚れそうになる。
「おお、こいつは旨い! ナオル、お前も食えよ」
「え? ああ、はい」
マルヴァスさんに促され、僕も器を手に取る。中には味噌汁にも似た濁り汁に、山菜や里芋のような具材が入れられていた。トシュマとはこの里芋らしき具の事だろうか?
それとなく、隣に座るコバを見やる。オズマ村長もおばあさんも、奴隷でゴブリンだからとコバを差別せず、同様に遇してくれていた。
コバもまた、器を前に僕の様子を恐る恐るといった感じで窺っていた。僕が食べない限り、自分も口をつけないつもりだろう。
「頂こう、コバ」
にっこりと笑って彼を促す。するとようやく彼もホッとした表情を浮かべ、そろそろと器に手を伸ばした。
それを尻目に、僕は木の匙でスープを掬い上げると、里芋らしき具と汁の乗ったそれを思い切って口に運んだ。
……うん、確かに美味しい。ダシが効いているし、コクが有る。思った通り里芋と同じ味と食感だった。作ってくれた人の思いやりが五臓六腑に染み込むようだ。穏やかな食卓で、温かい食事を摂る
のなんて何日ぶりだろうか。
「見た所、此処にお越しになられるまでかなりの難儀をなさったと思われますな」
スープに舌鼓を打つ僕達を眺めながら、染み染みとオズマ村長が言う。
「門前で仰っておられたが、マグ・トレドから来なすったと? あの街は先日、竜の襲撃を受けたと聞き及んでおりますが……」
「はい、相違ございません。街は炎上し、多くの者達が生命を脅かされ、住処を追われました。私達も被災した身でして、王都に居る親戚を頼って落ち延びる途中なのです」
スープの器を机に置き、メルエットさんがすらすらと事前に考えていたカバーストーリーを説明する。村長は特に疑う様子もなく、同情を顔に表した。
「それはそれは、なんとも御不憫なお話でございますな。手前様のような、やんごとなきお嬢様には一層お辛いでしょう?」
「えっ……!?」
メルエットさんが困惑した表情を浮かべる。なんで分かったんだと顔が言っていた。
「おや、違いましたかな? 言葉遣いやら立ち居振る舞いやらに何処とのう気品が漂っておられると思いましたゆえ、何処か高貴な身分の御方かと」
「あ、ああ! そうですね、実を申し上げますと私はとある商家の出でございまして……。貴族の方にお目見えする時もあるからと、幼少の頃より厳しく躾けられて参りましたので左様にお思いになられたのでしょう、おほほ」
口に手を当てて愛想笑いを浮かべるメルエットさん。……自分で気付いていなかったのか。分かっててやってると思ってた。
「どうやら、大変なのはこの村も同じようですね」
マルヴァスさんが絶妙なタイミングで間に入る。
「噂には聴いていましたが、ランガルの領内は本当に酷い有様みたいだ。あのようなゴロツキ紛いが徒党を組んで襲ってくるなんて、村長としては頭が痛い問題でしょうな」
「いやはや、全くです」
オズマ村長は弱りきったように頭をかく。
「今日のように、盗賊共が押し寄せて来たのは一度や二度ではございません。これまでは辛うじて撃退してきましたが、それもいつまで保つか……。怪我人も日に日に増え、近頃は警備もままならない有様でございます」
「この家に来るまでに村の様子を拝見させてもらいましたが、確かにどこかしら負傷を抱え憔悴している人が多かったですね。それであのエルフに門番を任せたのですか?」
「はい、左様にございます。あの御方も当村のお客人。本来であれば我々の戦いに巻き込むなど道理に悖ると承知してはおりますが、弱い我々を見兼ねたのでしょう、彼の方から手助けを申し出て下さいました」
村長ははっきり『彼』と呼んだ。つまりフォトラは男か。
「『自分と妹を此処に置いてもらえる、その恩返しをさせてくれ』……と、熱心に申してくれましてな。ついついそれに甘えてしまいました」
「妹、ですか。そう言えば彼もそんな事を言っていましたね。妹さんはどちらに?」
「お兄様共々、我が館に逗留頂いております。今は怪我人の看護の為に家々を周っておられる最中です。後ほど、お引き合わせ致しましょう」
フォトラときちんと話す機会を設けてもらえるのはありがたい。お互い、第一印象が最悪だったからなぁ。このままじゃモヤモヤするし、蟠りは解いておきたいところだ。
「しかしまぁ、盗賊に関しちゃもう気にしなくて良いだろうよ、じいさん」
と、それまで黙ってスープを啜っていたローリスさんが大きく胸をそらして言った。……あ、汁が口元に付いてる。
「あれだけ痛めつけてやったんだ。ちょっと戦ってみて分かったが、連中どいつもこいつも数に頼るだけの根性無しだったぜ。無様に逃げ散った後はそのまま総崩れさ。もう一度群れて此処を襲おうなんて気は起こさねェだろうよ」
「さて、それはどうかな…………」
楽観論を口にするローリスさんに、例のごとくマルヴァスさんが疑義を呈した。得意気だったローリスさんの表情がたちまち不満で塗り替えられる。
「なんだよ、テメェも見ただろマルヴァス。ああいう手合いは、一度敗北したらまとまりを欠くようになって自然と解散、って相場が決まってンのさ」
「たしかに、アイツら“だけ”ならな」
そして、含みのある視線をオズマ村長に対して向ける。村長はそれを受けて、気まずそうに目を伏せた。
「……そのマルヴァスという御方の読み通りです。今日見た連中は、いわば末端に過ぎません。母体とも言うべき大盗賊団が存在するのです」
「大盗賊団!? それは……!?」
メルエットさんが驚愕に身を乗り出す。僕も緊張した。
僕達はこれから、ランガル領を抜けて王都へと向かわなければいけないのだ。その盗賊団の規模や活動範囲如何では、大きな障害となり得る恐れが十分すぎるくらいにあった。
「はい、それは…………」
「おじいさん、もうそれくらいでよろしいじゃありませんか」
重々しく口を開こうとした村長を、おばあさんが詰るように制した。
「お客様にいきなり全部をお話しせずとも、まずはゆっくり休んでもらって、それから今後の事を考えてもらえれば、ねえ。ただでさえお疲れの御様子ですのに、この上辛気臭い話をいつまでも続けられたらたまったもんじゃないでしょうに、ねえ」
「いえ、お構いなく。大切なお話ですから」
「そうは言っても、ねえ。お嬢さん、顔も服も汚れが酷くて折角の美人が台無しになってるじゃないの。そんな様子じゃ、考えても名案なんか浮かびませんよ。まずはお風呂に入って、お布団で寝て、疲れを取ってもらいたいのよ、あたしゃあね。お嬢さんだけじゃないのよ? 他の皆さんも同じよ? ちゃあんと全員分、ご用意しますからね。部屋や寝具の心配は要らないのよ? 無駄に広い家だから、ねえ」
柔和に微笑み、しかし有無を言わせないような調子で、おばあさんはどんどん話をすすめる。どうやら、かなり押しの強い人のようだ。オズマ村長も強く出られずに黙り込む。かかあ天下だ。
「しかし……」
「まぁ待てメリー。ここはおばあさんの好意をありがたく受け取ろう」
なおも抗議しようとするメルエットさんを押し留めたマルヴァスさんを見て、おばあさんが満足そうに笑う。
「そうそう、辛い時は我慢せずに休む。若いからって無理しなくて良いんだよ。あんた達はこの村を守ってくれたんだ。出来る限りのお礼はしないとねえ」
何処と無く醒めた空気の食卓に、おばあさんの朗らかな笑い声だけが響いていた。




