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竜の階  作者: ムルコラカ
第三章 エルフの誓い
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第九十五話

 「おのれ……! 謀ったな!!」


 彼方から大挙して押し寄せてくる盗賊の集団を見て、櫓の上の金髪エルフ、フォトラが毒突く。すっかり余裕を失った顔で、憎々しげに僕達と盗賊達を見比べている。


 「私と押し問答をして注意を引いている隙に、アイツらを呼び寄せる段取りだったんだな!?」


 「ち、違いますよ!? とんだ誤解ですって!!」


 「とぼけるなッ!!」


 言いざま、出し抜けにフォトラが引き絞った弓をこちらに向けて放ってきた。


 「うわっ!?」


 思わず首をすくめるが、矢は意外にも明後日の方向に逸れ、誰にも命中することなく虚しく地面に突き立った。


 「……くそっ!」


 口汚い言葉を吐きながら二本目をつがえるフォトラ。……どうやら素で外したらしい。この距離で。エルフが。


 「ちょこまか動きおって、猪口才な! 次は当てるぞ!?」


 ……いや、僕動いてませんけど? あなたが勝手に外しただけですけど!?


 「やめなさい、貴方! 争っている場合ではないでしょう!?」


 メルエットさんの叱咤が飛ぶ。フォトラは気勢を削がれたかのように動きを止めたが、メルエットさんはそれに構わずマルヴァスさんに向き直った。


 「マルヴァス殿、此処で撃退出来ますか?」


 「……ああ、問題ない。ざっと見た所、数は百弱だ。俺とローリスでやる」


 「ひゃ、百!? 大丈夫ですか!? いくらお二人が強いと言っても……!」


 「へっ! ガキが、見損なうな! あんな雑兵、どれだけ群れようとこの俺が遅れを取るかよ!」


 不敵に笑い、《トレング》を構えるローリスさん。いつも通り、彼の肝は据わっている。でも、だからと言って『じゃあ後はお二人にお任せして僕は休んでますね♪』と言う訳にはいかない。マルヴァスさんの矢だって尽きているし、人数では圧倒的に不利なのだ。

 僕だってもう戦える。


 「マルヴァスさん、僕も……!」


 「お前はメリーの傍に居ろ、ナオル!」


 前に出て印契を組もうとした僕の肩をマルヴァスさんが掴んだ。


 「えっ!? で、でも……!」


 「あの程度、お前の魔法に頼るまでもないって事だ! それより、《ウィリィロン》でメリーとコバを守ってやれ!」


 ニカッ! とウィンクして、マルヴァスさんが剣を抜く。


 「よし、行くぞローリス!」


 「おうっ!」


 そんな掛け声を交わして、二人は躊躇いなく盗賊の集団に向かって駆け出していった。


 「なんだァ、アイツら!? たった二人で来やがるぜ!」


 「死にてェんだろ! 望み通り、なますにしてやれェ!」


 「今日こそあの村を落とすぜ! 邪魔するヤツは全員皆殺しよォ!」


 風に乗って、盗賊達の下卑た声が飛んでくる。もうそこまで近付かれているのだ。


 「くっ! メルエットさん、コバ!僕の後ろに!」


 やむを得ず僕は魔法の短剣ウィリィロンを抜き放ち、二人を背後に庇うように立った。


 「なんだ……!? 何故お互いに武器を向け合う!? 仲間じゃないのか!?」


 頭上から困惑した声が降ってくるが、もう応えるゆとりは無い。マルヴァスさん達と盗賊の集団がぐんぐんと近付く。

 先頭を走る何人かの賊が、弓を手に執って矢を放つ。が、マルヴァスさんもローリスさんも躱すまでも無いと言わんばかりに動じなかった。実際、走りながらの射撃という芸当は彼らには無茶な技術だったようで、放たれた矢は二人に届く前に飛ぶ力を失って地面に落ちた。

 それで、彼らの質の低さが僕にも分かった。ローリスさんの『どれだけ群れようと遅れは取らない』という言葉は決して過信ではない。

 マルヴァスさん達と盗賊達がぶつかる。

 直後に、流れがどちらに傾いたのか明らかになった。


 「ドォリアアアア!!!」


 大地すらも割らんばかりの気合いを発したローリスさんが、《トレング》で先頭のひとりの頭を叩き砕く。勢い余って下敷きにした頭ごと振り抜いて地面を叩きつける。爆風のように舞う土埃。

 その煙幕を破ってマルヴァスさんが踊りでる。ローリスさんの怪力を見せつけられて怯んだ敵方の数人を、隼のような剣の軌道で容赦なく斬り捨てていく。ローリスさんも、マルヴァスさんの死角をカバーするように立ち回り、目についた盗賊を片っ端から殴り倒していく。

 たちまちの内に、周囲の地面に盗賊達の死体が積み重なる。


 「ヒ、ヒィィ!!?」


 「なんだコイツら!? こんな奴らが居るなんて聴いてねェ!?」


 「新しい用心棒か!? クソッ!!」


 あっという間に恐慌に陥る盗賊達。胆力からして哀れを誘う程に脆弱なようだ。よく見ると持っている武器もまちまちで、剣や斧や弓といった対人用の得物を手にしている者は少なく、大多数が収穫用の鎌やら鍬やらだ。中には笊を両手で構えて盾代わりにしている奴まで居た。

 ソラスから流入した、行き場の無い民。今、ダナン王国で猛威を奮っている盗賊達は、元はそういった罪のない人々だったな……。


 「ええいっ! テメェら怖気づくんじゃねェ! 相手はたった二人じゃねぇか! 数で囲んで……」


 盗賊のひとりが浮足立った味方を鼓舞しようとする。しかし、彼は最後まで言葉を口にする事が出来なかった。

 マルヴァスさんの剣が、目にも留まらぬ疾さで開いた彼の口に飛び込む。一瞬の後、彼の頭は下顎を残し消失した。切り離された上顎から上の部分がくるくると放物線を描いて地に落ちる。

 それで、勝負はついた。


 「う、うぎゃああああ〜〜〜!!?」


 「お、お助け……っ!!」


 「逃げろ! 逃げろオメーらぁぁぁぁ!!!」


 完全に戦意を喪失し、蜘蛛の子を散らすように逃げていく盗賊達。マルヴァスさんもローリスさんも、追撃はしなかった。

 程なく彼らの姿は完全に消え、後には二人に討たれた死体だけがごろごろと転がっていた。


 「ようナオル、メリー。終わったぜ」


 「もう安全ですぜ、お嬢様」


 ひと仕事終えた後のような気安さで、戻ってきたマルヴァスさん達が声を掛けてくる。


 「凄いですね……本当に二人だけで片付けちゃいましたよ」


 「ご無事で何よりです。ご苦労様でした、御二方」


 「見事なご活躍でございますです。マルヴァス様、ローリス様」


 感心半分、呆れ半分で僕達は二人を迎える。もう戦闘はこの二人だけで良いんじゃないかな?


 「よう、どうだエルフ。これでも俺達が盗賊だと言うつもりか?」


 気だるげな調子で、マルヴァスさんが櫓の上を見上げる。あ、そう言えば彼が居たっけ。二人の戦いに目を奪われてすっかり忘れていた。


 「……………………」


 フォトラは言うべき言葉を探しているようで、何度も口を開きかけては閉じて、を繰り返した。まだ僕達を信用出来ないのか、それとも疑った手前気まずくてどう言えば良いか分からないのか。

 しょうがない、こっちから助け舟を出そう。そう思って彼に言葉をかけようとした時、不意に柵門が動き出した。


 「――っ!?」


 「おっ、どうやら話の分かる奴が来たみたいだな」


 マルヴァスさんの期待に応えるかのように、柵門が上へと上がってゆく。


 「村長! あなた自らが出ていかれては……!」


 櫓の上でフォトラが焦る。村長?この村で一番偉い人が僕達を出迎えようとしているのか?

 僕の疑問を他所に、柵門が開ききる。中から出てきたのはおおよそ想像した通りの人物だった。曲がった腰に杖を突き、顔に深いシワを刻んだ白髪の老人。如何にも長老といった風情のおじいさんだ。


 「初めまして旅の方々。今、エルフの御仁が申された通り、ワシはこのモルン村の村長を務めております、オズマと申します」


 見た目に似合わない、矍鑠かくしゃくとした声で老人はそう自己紹介する。


 「失礼ながら、あなた方の御様子は隠れて窺わせて頂きました。信用出来る方々だと判断し、こうして門を開けました。まずは此処に至るまでの非礼をお詫び申し上げます」


 慇懃な態度で、しかし油断は感じさせない所作で、オズマ村長が静かに頭を下げる。シワの刻まれた顔の向こうで一瞬見えた目が、ギラリと光ったような気がした。


 「疑ったお詫びとして、精一杯のおもてなしをさせて頂きましょう。さあ、どうぞ中へ…………」


 僕達は皆で顔を見合わせる。目でのやり取りを交わした後、おもむろに皆で頷きあった。

 一同を代表して、メルエットさんが応える。


 「村長からお招きに預かり、幸甚の至りです。ありがたくお受け致します」

 

 そうして、オズマ村長の導きを受けて、僕達はモルン村へと足を踏み入れる事となった。

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