火の輪の夢
ひだまり童話館「くるくるな話」参加作品です。
ある日小人のピノは、羽糸を運んでもらおうと鳥さん便のヒノのところへ行きました。ところがヒノは具合が悪いらしいのです。
「ヒノ、ヒノ。こんにちは」
ピノが声をかけると、いつもの場所でうずくまっていたヒノが頭をあげました。
「ピノさん」
「具合が悪いって聞いたよ。風邪ひいたの?」
「風邪じゃないんです。実は最近、怖い夢を見るので、怖くて眠れないんです」
いつもうたたねばかりしている、サボりん坊のピノには考えられないことですが、ヒノはどうやら眠れなくて困っているようでした。
「つらそう。可哀想に」
ピノはヒノのそばに立ってヒノの頭や背中を撫でました。仲良しのピノに優しく撫でられてヒノは少し気分が落ち着くのを感じたのでしょう。夢のことをピノに話して聞かせました。
「本当は、怖いかどうかなんてわからないんです。真っ暗な空に赤く光る火の輪が現れる夢なんです」
「火の輪?」
「そうです。それがくるくる回って、私のことをおいでおいでって誘っているように感じるんです。それはなんだか怖くて、私がそっちへ行ったらその火の輪の向こうから手が出てきて、悪魔に掴まってしまうような気がするんです」
ピノはヒノの話を聞きながら、暗闇に浮かぶ火の輪を想像してみました。確かにちょっと怖い光景でした。しかもその夢を何度も見ると言うのです。
「そうなの。それは怖いね」
「はい」
ヒノは話し終えるとまたうずくまってしまいました。
「じゃあさ、その夢を見たら僕のことを思い出してよ。夢の中の僕がその火の輪に水をぶっかけてあげる!それに、毎晩夢の外からも君のことを呼ぶよ。大丈夫、僕が呼べば、君は悪魔に掴まらないよ」
ピノはそう言いながら、うずくまっているヒノをギュっと抱きしめました。ヒノはなんだか心がほんわか軽くなるのを感じました。
仲良しの友達に怖い夢のことを言えて良かった。それにこうして勇気づけてもらえて嬉しかったのです。それでもやっぱり、夢は怖いままでした。
「じゃあ、今日は配達無理だよね。他の鳥さんに頼んでくるね」
ピノが立ち上がると、ヒノは顔をあげました。
「大丈夫です。ピノさん」
ピノに勇気づけてもらったので、ヒノは羽糸を運ぶ配達をすることにしました。
さて、ヒノが荷物を背中に乗せて出発する頃は、もう暗くなっていました。ヒノは明るく光る火の鳥なので暗くても大丈夫ですが、ピノを乗せている小鳥はあまり暗いとよく見えません。
「ヒノを追いかけて行くよ」
明るく光るヒノの後ろを小鳥は一生懸命飛びました。
しかし大きな火の鳥の羽ばたきに、小鳥は付いていけなくなってしまいました。
「あっ、ヒノー!」
小鳥がバランスを崩した時、ピノが叫びました。
ヒノが振り返ると、小鳥にしがみついているピノが暗い森の方へ今にも落ちそうです。
「ああっ、ピノさん!」
これは大変です。こんな真っ暗な森に落ちたら、小人のピノがぺっちゃんこになってしまうかもしれません。
小鳥は真っ暗になった森の中でも一生懸命立て直して飛ぼうとしていましたが、ふらふらと森の中へ入っていきました。
小鳥とピノは、大きな池のそばになんとか着陸しました。
「ふう、小鳥さんちゃんと降りてくれてありがとう。えっと、ここは?」
着陸したところを見ると、ちょうど池があって木があまり茂っていません。上を見ると暗い夜空に赤い火の鳥が飛ぶ姿が見えました。
「ああ、ヒノはあそこだ。僕たちを探している。ヒノー!ここだよー!大丈夫だよー!」
ピノは大声で叫びました。
その声を聞いてヒノは少し安心しつつ、地上に落ちたピノを上空から探して飛び続けていました。
小鳥はヒノのところへ飛ぼうと準備をしていましたが、空を見ていてピノは気付きました。
「見てごらん、ヒノがくるくる回っていて、まるで火の輪みたいだよ」
池のそばから空を見ると、ヒノは円を描きながらピノを探して飛んでいました。それはとても綺麗でした。
「うわあ、本当。とても綺麗」
小鳥が言いました。
「「うわあ、本当だ。とても綺麗だ」」
気が付くと、池の中の魚たちもみんな水面に顔を出して暗い空をくるくる回る火の輪を眺めていました。
空からピノを探していたヒノは、森の中の池を見つけました。池は空を映し、澄んだ暗い空とヒノの姿も映していました。だけどそれが自分の姿だとはなかなかわかりませんでした。
くるくると旋回しながらピノを探す自分の姿は、夢の中に出てくる火の輪と同じでした。
「ああ、あんなところに火の輪が」
ヒノはどうやらそれが、水に映る自分の姿だとわかると、よく見ようと池のそばまで降りてきました。
「ヒノ!」
「ピノさん、ああ、よかった」
池のそばに降りると、ピノが駆け寄ってきてヒノの首に抱きつきました。
「小鳥さんがちゃんと降りてくれたから大丈夫だったよ。それにヒノ…火の輪は君だったよ。とっても綺麗だった」
そう言われてヒノはとても変な気がしました。だって、怖がっていた火の輪は自分だったのです。
すると池の中からたくさんの魚たちが言いました。
「「夜空に火の輪が出たら、絶対に見なきゃならん。それは幸せの印だからさ。俺たちは良いもんが見れた」」
どうやら、魚たちの言い伝えなのでしょうか。
それにしても、池中の魚が集まってきたようで、池にびっしりと魚たちが顔を出しているのは変な光景でした。
「あはは、魚さんたち、みんな見にきたんだね」
ピノは大笑いでした。
夜空に火の輪が出たら見においで。それは幸せの印だから。
それを知って、ヒノは夢が怖くなくなりました。
ヒノは無事に仕事を終えて帰ると、今度はちゃんとゆっくりと眠ることができました。もう夢を見ても怖くて目を覚ますことはありません。
暗い空に火の輪が出てきたら、そこには魚たちがたくさん集まってきて、水をぶっかけようとバケツを構えているピノの姿もいる、そんな楽しい夢を見るのでした。