第9話 新しい生活
公爵邸に着いた。
というか、奥に見えてた城のようなアレだった。
まず何よりも、でかい。そして広い。青い屋根と、白で統一された壁面、大きな窓がいくつもある。三階建てで、離れもいくつかあるようだ。離れひとつで教会がすっぽりと入ってしまいそうなほど、一つ一つが大きい。
メイドさんや執事っぽい人達も大勢がお出迎えしている。
城に見えたのは、敷地をぐるりと囲む外壁が強固な作りだったからだ。見張り塔もいくつかある。
「素敵でしょう?我がレ・リスタード邸は。ここは領地に作られた最初の邸宅ですけれど、その後王都に建てられた本邸は、これよりもさらに広いのですよ」
公爵令嬢様が自慢気に言った。
「本当に素晴らしいです、ラ・アストラ。故郷にも、これほど美しいお屋敷は滅多にございません」
「それは嬉しいことですわ。魔法の世界も、負けてはおられませんからね。では、わたくしはこれで。ガトー、後は任せます。後ほど報告を。テラード。よく仕えれば、レ・リドーアは必ず報います」
「微力なるこの身なれど、拾い上げて頂いたご恩に報いるため、誠心誠意努めさせて頂きます」
俺の言葉に、にっこりと笑って、メイド・・・侍女と言えばいいのか?女性達を引き連れ、最も大きな建物へ歩いて行った。
とりあえず、失礼がなくてよかった。この世界の敬語が、日常会話を覚えれば、比較的簡単に敬語にできる言語だったので助かった。日本語のように複雑だったら、粗相をしていたかもしれない。
「さて、テラード。こちらだ」
ガトー執事が無愛想にそう告げて、離れに向かう。慌てて後を着いていった。
召使い用の宿舎だろうか。それでも教会より、外観も内装も綺麗だったが。
「実際に従事する業務内容は、侍従長に任せる。一応教えておいてやるが、教会の孤児で就職できる仕事の中で、最も待遇の良い職場だぞ。給料もいいし、週に一回休みがある」
一月が二十五日、一週間は五日なので、四日働いて一日休み、月に五回休みがあるということだ。確かに文明レベルからすれば、かなり待遇が良さそうだ。
それに、得体の知れない異世界人が公爵家に就職だ。かなりの幸運と考えていいだろう。
「とりあえず、今日は休め。宿舎管理人を呼ぶ。食事も今日は他の者が来る前に済ませて、部屋へ行け。仕事が決まって紹介されるまでは、あまり他の侍従や下働きに関わらないように。それと、仕事の一環として、魔法について、誰かに教師として指導させる。何でもいい。再現できそうな道具だったり、公爵家に益をもたらさそうな知識でも。何か思いついたら言え」
「分かりました。気遣い、ありがとうございます」
夕食は緑の野菜が入ったパイ、肉団子の入ったスープとパンだった。パイはふわふわで、たっぷりと卵の味がする。野菜はほうれん草のようなニラのような物で、かみ切りにくかったが。肉団子は風味を出すためにしっかりと煮込まれたのか、形こそ崩れていないがパサパサだった。その分、スープの味はしっかりとしていた。それでも、ブールもかなり柔らかいし、久しぶりの豪勢な食事だ。
教会では穀物の粥や、ブールとスープのみ、というのがほとんどだった。粥もスープも、肉や野菜は申し訳程度にしか入っていない。こちらに来てからのまともな食事と言えば、街に来た初日に宿舎で食べた夕食のみだった。
ただ、食費は徴収されないのだが、お代わりは別料金らしい。
料理の作り手である宿舎管理人に聞いたところによると、食事は一日二食、決まった時間に食堂で食べられる。家賃も徴収されず、その上で給料もいい。昇給や昇格もあり、王都でも高水準の、素晴らしい職場だと言っていた。但しその分、成果に対する査定も厳格で、きっちり仕事をこなさないと、解雇や減給もあるらしい。
せっかくありついたホワイトな職場だし、目指すは出世だ。
あまり地理が分かっていないが、結構、国の端っこらしい。
昔は大森林から野生の獣が多く出て来て、農業に向いた豊かな草原地帯に対する守りのために、当時はただの裕福な商人だったリスタード家が、砦を構えて開拓していった。ある程度拓けると、褒賞の意味で子爵位を賜り、そのまま領地としたのが始まりとのこと。
やはり獣と戦う城だったらしく、外壁はその当時の城壁の機能や外見を残しながら、今も維持されている。
屋敷の反対側に農業地帯があり、協会や兵舎を含むこちら側は、比較的新しい年代に広げた居住区域だった。獣の数をかなり減らし、付近の平和を確保した時に、長年の功績を称えられ、伯爵になった。
またさらに時がたち、大森林とは別な方角から、王都に向けて隣国が攻めて来た時に、リスタード領にも攻めて来た敵を蹴散らし、そのまま王都へ向かう敵軍の横っ腹を叩いて大打撃を与え、戦局を大きく変えた功績で侯爵に。
そして近年、政治的背景から王家の第三王子が婿入りし、ついに公爵にまで上り詰めたとのこと。
ということは、あの公爵令嬢様は王家の血を引いた、正真正銘やんごとない御方だったのだ。
一緒のガレッド車に乗せてもらえるなんて、奇跡のような名誉だったらしい。
今日は通常の食事時間の前に食べることになったものだから、ふくよかな管理人おばちゃんに延々と話かけられ、公爵家の歴史にだいぶ詳しくなった。
通された部屋は二人部屋だが、いまは同室の者はいないとのこと。勉強を部屋でする関係で、教師役が決まったら同室にすると、ガトーが言っていた。
侍従や下働きと話さないように言われていたが、多分そこそこ上位の役職だろうし、構わないだろう。
というか、逃げようがないな、あれは。
それにしても、魔法か・・・。使えるのなら誰もが一度は夢想した夢が叶うということだな。
遭難中は地獄だったけど、脱出してからはうまくいきすぎだ。
こんな時ほど気を引き締めよう。