第5話 街へ
やがて、鍋からいい匂いがしてきた。スープを作っているらしい。そこら辺からとってきたのであろう、見覚えのある草を入れているのが見えた。俺が試していない種類だ。さらに、荷物から干したと思われる小さな肉を取り出し、ナイフで切って入れていた。調味料も使っていた。
パンらしき物も用意され、まずは隊長と作っていた二人が食べ始めた。質素な食事だが、涎が出そうだ。だらしなく口を開けて、羨ましそうに眺めていた。
やがて交代し、他の者も食事に入る。隊長がスープの入った器とパンを持ってこちらに来た。
俺の前に置き、器を指差し、俺を指差す。そして、手のロープを解いてくれた。食べていいらしい。
通じないだろうが、何度もお礼を言った。スープを一口飲む。薄い塩の味だが、暖かい。塩気の強い、小さな固い肉がいくつも入っている。全然豪華じゃないのに、とんでもなく美味しく感じた。腹の中まで温まって来る。
行軍中なら食料は貴重だろうに、分けてくれた。
敵ではないと言ってくれたような気がした。もちろん隊長は監視しているが、それでもだ。
自然と涙が溢れた。
死ぬかと思った。
本当に死ぬかと思ったんだ。
パンは固かったので、スープに浸してふやかして食べた。ゆっくり噛み締めながら食べたが、すぐに無くなってしまった。器を返す。
何度もお礼を言って、両手を合わせたり、お辞儀をした。少しでも友好と感謝が伝わればいいのだが。
隊長は器を受け取った後、俺の肩を軽く叩いた。そして、ニカッと笑った。
再び手を縛られたし、監視はされているが、これは当然の対応なので気にならなかった。
荷物を片付け、一列に歩き始めた。俺は三番目に、ロープで引かれたまま歩かされている。恐らくはこのまま、俺を街なり村なりに連れて行って、身元不明の遭難者として、何かしらの処理をするつもりなのだろう。
もしかしたら奴隷にでもされるかもしれないが、この人達は優しいように思えるし、規律が取れている。最低限の人権がある奴隷なら、遭難よりはマシだろう。人権が確立されているかは分からないが、あそこでスープをくれるなら、あまり酷い奴隷制度はないと信じたい。
夕方近くになり、野営の準備を始めた。またスープとパンをもらえた。
その後、毛布のような物も渡される。彼らは交代で見張りをしながら寝るらしい。
毛布があるだけで、これまでと桁違いの安心感だ。この森に来てから始めて、すんなりと眠りに落ちた。
それから四日、同じように行軍した。
隊長はザストと呼ばれている。名前なのか隊長を意味する言葉なのかは分からないが、他は恐らく名前だろう。呼びかけているのを見ている内に、二日目には名前は覚えた。
それと、やり取りを見ていて分かったのが、イエスがアー、ノーがウン、という意味だ。
隊長を手で示し
「ザスト」
と言ってみた。次に自分に胸を当て、
「テラド」
すると、アストは俺を指差す。
「ティラドゥ?」
「ウン。テーラードー」
今度はゆっくりと発音してみた。
「テラード?」
「アー」
発音しにくいらしい。妥協することにした。
すると、他の隊員達も自分を指差しながら何か言ってくる。とりあえずそれぞれの名前だけ答えていくと、何人かが笑いながら肩を叩いてくれた。
それからはナイフを指差してソリュー、とか、パンを指差してブール、とか、単語を教えてくれるようになった。文法が分からないが、いくつかの単語の意味は覚えた。
そうして、やがて森を抜け、草原に出る。草原を出てしばらくいくと、馬車のような物があり、男が二人待機していた。
繋がれてあるのは馬ではなく、鳥に似た生物が二頭だ。馬車の後部に、さらに繋がれた二頭がいる。恐らく牽引するのではなく、誰かが騎乗するのだろう。
ずんぐりした体系で、小さな羽が生えている。首は長めで、顔は鳥とワニの中間のような顔だ。脚も馬の様に、毛に包まれたままだが、某有名RPGの黄色い騎乗動物に似ている気がした。
隊員の一人が指差して、ガレッド、と教えてくれた。
恐らく、安全な草原で部隊を待っていたのか、迎えに来たのか、そのどちらかなのだろう。
ザストと話した後、皆で荷物を積み込み、乗り込み、出発した。
ザストと、副隊長ぽい役割の、グレアムという男は、ガレッド車に乗らず、騎乗したまま並走した。
グレアムは赤髪に赤い目で、目つきが鋭いが、テンションが高く感じのいい男だった。道中、最も話しかけてくれたのもコイツだ。同年代に見えるが、日本人が童顔なことを考えると、二十代半ばとか、せいぜい後半だろう。ザストよりは背が低いが、俺よりは高い。
幌の無い馬車なので、景色を見ておく。
背後を見ると、全てが森だった。奥には山も見える。やはり、かなり広大だったようだ。
川に沿って草原を走る。
色んな動物がいるが、特に襲ってくる感じもなく、ザスト達も警戒はしているようだが、森の中を進んでいた頃に比べれば、各段にリラックスしていた。
ガレッド車の乗り心地は最悪で、すぐに尻が痛くなったが、そんな不満や異世界の心細さに勝るくらい、ワクワクしてきていた。少なくとも、日本の会社員をしていたら経験出来ないことではある。
向かう街が、いい人達との出会いになることを祈った。ザスト達がいい人達だったので、前向きに考えることが出来ていた。
ほんの数日前の地獄が嘘のようだ。
半日も揺られていただろうか、草原で野営することもなく、街が見えてきた。かなり大きな街に見える。建物も二階建てや三階建てがある。
日本人のイメージする中世ヨーロッパの街並みに近い。遠くの方にはお城らしき建物も見えた。
特に門での検問などはなかった。
ザスト達と一緒だったからだろうか。それとも草原の動物からしても、比較的平和な地域なのだろうか。
通行料や通行税を取っていないのなら、税は役所で徴収していると考えられる。行政がしっかりしているのかもしれない。
道行く人々にも、そんなに貧しそうな感じの人はいない。大通りだからかもしれないが。
髪の色や目の色はバラバラだが、黒髪黒目の人もいた。ただ、骨格はやはり白人のような感じだ。そして、亜人もいた。
数は少ないが、爬虫類がそのまま服をきて二足歩行しているようなの種族から、猫耳ぽい耳と尻尾のあるだけで、あとはほぼ人間と変わらない女の子もいた。通りで見た限りは、差別などもなさそうだ。
密林に目覚めたのは最悪だったけど、もしかしたら転移ものとしては当たりの世界なのかもしれない。
やがてガレッド車は、石造りの建物のところで止まる。恐らくザスト達の兵舎か基地なのだろう。荷物を降ろし、中へと連れていかれた。