第43話 バゲランデロ商会にて
まず、一般人が普通に入れるところにいる従業員の中で、最も位の高そうな従業員に声を掛ける。
基本的に、俺は従者よろしく後ろに控えているだけの予定だ。
『この店にヴィト語を喋れる方はいない?』
『少しなら私が喋れます』
『少しではなく、流暢に話せる人に相談したいことがあるの』
その従業員は少し怪訝な顔をしながらも、人を呼んでくると言って二階に上がっていった。
一回が販売フロアで、二階以上に従業員の事務所や上客向けの部屋などがあるのだろう。
現在、ラーデ様も綺麗めの服は着ているが、どう見ても一般庶民である。
中級街区の宿に泊まっていたし、それに相応しい程度には小奇麗な恰好ではあるが、上級街区にあるこの店にふさわしいとは言えない風体なのに、嫌な顔もせず人を呼んでくれた辺り、教育が行き届いた店と言えるだろう。
やがて二階から、先ほどの従業員よりさらに上等な服を着た中年の男が降りてきた。
「ヴィト語を話されるとお伺いしました。私は支店長のギットーリと申します。こんなご時世ですから、私どもに何かお力になれることがあれば、ご協力いたします。なんなりとご相談ください」
戦争後の現在、ヴィト語を要求する、つまり西の人間がここにいるのは理由があると考えてくれたのだろう。だからこそ丁寧に対応してくれているのかもしれない。
「ありがとうございます。実は、こんな身なりではございますが、わたくしはアステリードの貴族なのです。事情があって、旅費のないままこの国におりまして、家族に連絡を取りたいのです」
「なんと、それは大変なことでございますな。失礼ですが、家名をお伺いしても?」
「あなたはアステリードの貴族に詳しいのですか?」
「以前、アステリードの支店にいたこともありますので、ある程度は。とはいっても、家名をお伺いして分かるかどうかは不明ですが」
とはいえ、正直に話していいものかは考えどころである。普通に考えて、公爵家であるリスタード家の姫がこんな形でこんなところにいるわけはない。ある程度アステリードの貴族の事情に詳しい者に見せなければ、紋章入りのペンダントも偽物や盗品と判断され、名を騙ったと思われてしまう可能性がある。見せる相手は選ばなければならない。
しかし、あまり身分の高い人間への取次を頼むのも怪しまれてしまったりする可能性がある。
ラーデ様は少し考えてから、質問をした。
「最近、アステリードの貴族に行方不明者などの噂はありませんでしたか?」
これはかなり際どい質問だ。もし、ラーデ様の行方不明が隠されていたとしたら、誘拐されたなどという話が広まって、公爵家の醜聞になる可能性がある。貴族が行方不明になるなど、駆け落ちや誘拐といった、不名誉な噂にしかならない。
ギットーリは少し考えて、ヴィト語などそう周りに理解もされないだろうに、声を潜めて言った。
「とある大貴族家の姫君についての捜索願がございます。まさか…」
「では、これがお分かりになるでしょうか?」
ラーデ様がペンダントを見せる。ギットーリは目を瞠り、
「こちらへ」
俺たちを二階に案内した。
恐らく貴族との商談に使われると思われる、豪華な応接室に通されると、ラーデ様を座らせ、ギットーリは跪く。
「リスタードの姫君。御身がご無事で何よりでございます」
「ありがとう。こんなところまでわたくしの捜索を広げてくれていたのですね」
「転移という特殊な事態なれば、大々的に、広範囲にとリスタード公爵様はお考えになったようでございます」
「助かりますわ。家へ帰れるよう、取り計らってくださるかしら?」
「は。お力になれること、光栄でございます。それと、ちょうど会長がこちらに滞在しております。今は貴族家との商談中ですが、夜にはお戻りになると思いますので、会食のお席をご用意させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「会食は構わないけれど、適切な服の用意ができませんわ。簡易的な会にしてもらえるかしら?」
「既製品ではございますが、最高級品をご進呈いたします」
「それでは、任せます」
「ありがとうございます。すぐに最高級の宿をご用意いたしますので、お寛ぎくださいませ。また、会食用の衣服も含め、これから連邦に滞在中の費用につきましては、無事のご帰還を祝し、わたくしどもにて持たせて頂きたく存じ上げますが、よろしいでしょうか」
「もちろん、ありがたく頂きますわ。それと、こちらの従者はアスカ会長と懇意にしている迷い人です。上級使用人として扱うように。会食には同席させてくださいませ」
「承知いたしました」
そうして、最高級の宿に通され、すぐに湯浴みをした。
ラーデ様は用意された侍女に磨き抜かれていることだろう。一気に遠い存在になってしまった。
今は帰還が大事であるから、俺との関係については積極的に話す必要はない。そもそも、仮に結ばれたとしても、俺をどこかしらの貴族家の養子にでもして、ラーデ様に婿入りの形になるだろう。
公爵家は俺の会ったことのない長男が継ぐので、もともとラーデ様は嫁に行くか、婿を取って領内の家を与えられる予定だったはずである。
その場合、婿の仕事や立場が何であれ、基本的にラーデ様より下の立場になる。
ましてや俺では対外的にもつり合いが取れないのだから、身分差は一生つきまとう。
それでも、俺からラーデ様の元を離れる気はもうないけれど。
覚悟を決めたばかりだというのに、ほんの少し気が重くて、長めに湯に浸かる俺だった。
やがて夜になり、会食への案内が来る。
宿も最高級なら、その最上階の食事店も、連邦内で最高峰の店らしい。
ますは俺が一人で案内される。先に待っているホストの後、身分の低い者が先に着席し、身分が上の者が来たら立ち上がって迎えるのが、この世界の会食のマナーだ。
アスカ会長は立ち上がり、柔らかな笑顔で迎えてくれた。
今日は濃い青の衣装で、少し黒の入った銀色の髪がよく映えている。正装ではないが、帝国の上等な服を着ている。
「また会えて嬉しいです、テラード様。事情を聴いて、お二人のこと、とても心配しておりました」
「こちらこそ、また会えて光栄でございます。何とか無事、ここまで来ることができました」
そしてラーデ様がやってきた。
既製品とはいえ、バゲランデロ商会の用意した服は一目で最高級と分かるし、非常に似合っている。アスカ会長よりさらに輝く銀色の髪に、王国風の赤いドレスとミクレをしている。
つい先ほどまで、半年以上にわたり平民として生活していたのに、その高貴さは少しも陰りがなかった。
もう深い仲だというのに、思わず見とれてしまった。慌てて立ち上がる。
「リスタードの姫君。ご無事で何よりでございます。ご帰還の一助としてお力になれることは、大いなる女神ヴィータ様のお導き。公爵家まで、不都合のないよう務めさせていただきます」
「ありがとうございます。こちらに支店があって助かりました。それに、偶然アスカ会長がいる時に来て、こうしてご一緒できて嬉しいですわ」




