第41話 湖のほとり、そして首都
翌日は朝食は摂らず、昼近くまでゆっくりと寝て過ごした。
それから屋台で昼食を買うべく、湖の公園に行く。
かなり広い公園だった。散策する前に屋台のある場所に向かう。甘いソースのかかった果物、イウの粉で焼いたクレープのような物、串焼きの肉。沢山の屋台で色々な物が売られている。
気になった食べ物を買い、食べ歩く。転移したばかりの頃は礼儀作法の観点から抵抗があったラーデ様も、今では歩きながらかぶりつくのに慣れたものだ。
特に美味しかったのは、ユグルを薄切りにして揚げたポテトチップスのようなものだ。ユグルはこの辺りでも栽培でき、やはり庶民の味方である。
フェイグテスでも似た様なものはあったが、この国独特の酸味の強い果実のチップをまぶしてあるのがすごく美味しい。サワークリームオニオンをさらに爽やかにしたような味わいだ。
保存もきくそうなので、持ち帰り用にも買ってしまった。いきなり背中の荷物入れの容量を使ってしまったな。
俺たちは自然と腕を組み、それぞれ片手に食べ物を持ちながら湖のほとりを歩いた。
木々の隙間からさす春の日差しに、少し冷たい風が気持ち良い。
やがて少し開けた広場にベンチがあったので、並んで座る。
『はー、やっと首都まで半分くらいだね』
一応、周りに人がいるので連邦語で話す。内容までは聞こえないだろうが、アクセントなどで違和感を持たれたくなかった。
『そうね。でもリスタードへの旅も終わりが見えてきたわ』
『みんな心配してるでしょうね』
『セレタの目の前で消えたから、特に心配してそうだわ。テラードと一緒だったし、転移だろうと考えてはいるだろうけど…』
『大魔女は異世界単位と違って、距離を越えるだけの転移は事故みたいなものだって言ってたけど…』
『それが本当なら世界的な大発見よ』
『異世界転移の事故にあった俺が、また転移されたのは偶然なんですかね?』
『?…どういう意味?』
『俺がこの世界の異物だったから、転移しやすいみたいな原因があったんじゃないかと思って…』
そう、それはずっと考えていたことだ。二回も転移を経験し、片方は世界間の単位だなんて、可能性で言ったら非常に低いのではないか?
それこそ、この世界の転移の話も聞いたことはなかったのだから、天文学的な可能性のはずだ。
『大魔女の話を聞いてから、思ってたんだ。ラーデのことは俺が巻き込んだんじゃないかって』
少なくとも、アステリードの人たちはそう思っているだろう。
『そうだとしても、そんなこと誰にも予測できなかったわ。なんで急にそんなこと…』
『大魔女がどう言ってたとしても、とにかく君を国に帰さなきゃって、それだけ考えてたから。でも、そろそろ帰った後のことも考えないと』
『…帰った後?』
『君を危険にさらした俺を、リスタードの人たちは許してくれないかもって思ったんだ』
『みんな、そんな心の狭い人たちじゃないわ』
『それに、君には立場もあるし…。リスタードが近付いて、怖くなってきたよ。帰っても、俺は君のそばにいられるのだろうか』
『許されなかったら奪うくらいのこと、言えないの?』
ラーデ様の声も固くなっている。俺の手を握る力は強い。
『そんなことできないよ。君が…えーと、連邦語でなんで言うんだ…公爵家の一員として、誇り高く生きていることを知っている』
『それでも…言って欲しかったわ。帰らないで、ここでこのまま二人で生きていこうって』
『君は必ず無事に帰すと誓ったよ』
そう言って、俺も強く手を握り返す。
『離れるつもりだったなら…一線を越えるべきでもなかったんじゃないの?』
『いや、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ』
『じゃあ、どういうつもり?』
『君を離すつもりなんてなかったよ。ごめん、弱音を吐いて。一緒に国に帰って、それからもなんとかして一緒にいてみせるさ』
気持ちをしっかり持ち、そう言うと、ラーデ様はやっと肩の力を抜いて微笑んでくれた。
「あなたの世界はわたくしの傍なのでしょう?離れることは許しませんわ」
「もちろんです、愛する人」
公爵家の人たちも、一緒に働いた人たちも、いい人ばかりだった。時代も恋愛結婚が許されないような時代でもないし、身分の垣根はあるが格差婚も増えてきていたはずだ。
ぶん殴られるかもしれないが、帰ってから考えよう。
公爵と、特にガトーさんが怖いなと思いつつ、ラーデ様の肩を抱いて身を寄せた。
それからまた公園を散策し、市場を覗いて、その日は宿は戻った。
翌日は一日中宿でゆっくり過ごし、さらに翌日、また乗合ガレット車に揺られて湖の町を後にする。八日間の旅路を経て、予定通り丸一ヶ月をかけて、首都に到着したのだった。
『すごい、かなり栄えてるね!』
『ほんと!流石に首都ね!』
帝都ほどではないが、リスタードの都よりは大きく栄えている。人もかなり多く、お店も多い。
『バゲランデロ商会は明日探すとして、まずは宿を決めよう』
『宿も多そうね』
ガレッド車の御者などは提携している宿しか教えてくれない。これまでの町でもやってきたが、基本的には色々見て回って情報を集めるしかないのだ。ヤミィのような気がきく従業員は滅多にいない。
とりあえずは、いつも通り中級街区を目指す。バゲランデロ商会は恐らく高級街区だろうが、もしアステリードやドラクレアに関係する商品や店があったら情報収集もしなくては。
そうして中級街区を歩き回り、へとへとになった頃、とりあえず宿は決まった。
『やっぱりさっきのところが一番ね、あそこに決めましょう』
『ヤミィの店からしたら、首都の物価はだいぶ違うね』
『仕方ないわ。あともうしばらくの辛抱にしたいわね』
その時、ふと遠くを歩く男が目に入った。
服装は連邦の一般的な意匠だが、その男は黒髪だったのだ。すぐに銃のことが頭に浮かぶ。もしかしたら日本人かもしれない。
だが、すぐに人混みに紛れてしまった。ラーデ様を一人にするわけにもいかないし、荷物も多い。
『…どうしたの?』
『いや、なんでもない。行こうか』
もし会う機会があれば、なぜ武器の情報など提供したのか聞きたいと思っていた。
黒髪の男の情報も、怪しまれない程度に探りを入れたいな。




