第40話 首都への旅路
次の日、早速買ってきた豆の調理をしてみる。
とりあえずは炒めてみることにする。
厨房を借りて、フライパンのような取っ手がついた浅い鍋に油をひき、まずは肉を炒める。
今まで食べた野菜の中で、なんとなく米に合いそうに思える野菜を入れて、最後にイウというその豆を投入。
一応、肉や野菜とイウを炒める料理はこちらでもあるそうなので、食べられないことはないだろう。
結果、食感はもち米っぽい感じになった。木べらにくっつく。
食べてみると…なんと言えばいいのだろうか。米よりはパンのような味だった。ブールやクーパより小麦っぽい味である。が、豆の形は残っていて、もち米っぽい食感。
味としては普通にそれなりの美味しさであった。
変わった味と食感でラーデ様やヤミィ家族にも好評だった。が、俺としてはなんか違う。
また別の日には鍋に水と一緒に入れて蒸してみた。イウはパンを作るときに水は使わない。油をほんの少し垂らして捏ねるらしい。炒める場合も油であり、水を使うと味が変わると言われた。
この世界では調理法や処理法で、驚くほど味の変わる食材が多い。
俺からすると不思議なことに、米を炊く要領でやってみたら、もち米っぽさが薄れ、味も白米っぽい味になった。
魚醤とツェルをもらって、肉と野菜を煮込んだ料理を作ってみたら、とても合った。
が、やはり白米とは何かが違う。違うが、これも皆には好評だった。
ある日、皆の制止を振り切って、新鮮な生卵で魚醤の卵かけご飯をやってみた。
美味しかったが、皆にドン引きされた。卵はよく知らない家畜の卵である。
でも、一番日本を思い出せる味になったので、とりあえずそれで満足した。
ちなみにその日から数日、ラーデ様はキスもしてくれなかった。
その他にもいろいろ試行錯誤してみたが、一番好評だったのは固めに炊いてからバターを使って炒め、オムレツのように焼いた卵を乗せ、魚醤と肉汁とツェルで造ったソースをかけた『なんちゃってオムライス』だ。
炊いてからならバターで炒めても米っぽい味なのは、ヤミィの両親も知らなかった。
イウを使った料理は元々宿でもたまに出していたが、なんちゃってオムライスは宿の定番メニューになり、結構好評だった。
料理名も"オムライス"である。これが広まったらウケるな。
そうして紅龍連邦での日々も過ぎていった。
半年が経つ頃には、俺も日常会話には困らない程度になったし、ラーデ様はかなり流暢に連邦語を話せるようになっていた。
さらに余裕を持って一か月ほど長く働き、旅費を確保した俺たちは、やっと首都に向けて旅立つことにした。
紅龍連邦は南北に長い国土を持ち、首都まではガレッド車か、西の海から船で行くしかない。
船で北の港に行ってから内陸の首都を目指すのが最も早い旅路だが、海賊などもいて安全とは言い難いうえ、北の町の方が栄えていて宿代などもかかる。
港から首都までも距離があるため、多少日程がかかるとしても、陸路が無難とのことだった。
とりあえず隣町まで人力車で行き、ヤミィの叔父夫婦の宿で一泊、そこからは乗合ガレッド車を乗り継いでいくことになる。一日に進める距離は町ごとの距離に左右される為、首都までは順調にいって二十二日かかる。王国の暦では一か月近くだ。
途中にある大きな町では二、三日観光し、一か月での到着を目途に旅をする予定である。
『もう会えない?』
『いつかきっとまた会いに来るわ。ヤミィも、もしアステリードに来ることがあったら、リスタードに来てね』
『大人になったら絶対行く!』
『大きくなったらね。待ってるね』
出発の日、ヤミィが涙ぐみながら見送ってくれた。宿の常連客などは周期的に行ったり来たりしている商人だし、そうでない旅人はこれほどの長期宿泊はしない。定住するなら部屋を借りたり、一人なら住み込みの仕事もある。
半年以上の間、自宅として使っていた仲良しさんが遠いところに行ってしまい、もう会えるか分からないというのは、ヤミィにとって初めての経験だったらしい。
一か月前には十三歳の誕生日も一緒に祝ったし、俺たちも悲しい。
働いていた店のライゲさんや従業員、常連さんとは普通に別れたラーデ様も、ヤミィのことは長く抱きしめた。
思えば、最初に町に来た時にヤミィに会えなかったら、こんなに順調にお金を貯められなかっただろう。
俺もハグをして、ヤミィの両親にも良くしてもらったお礼を言って旅立った。
人力車の中でも、ラーデ様はぐずぐずと泣いたままだった。
あまり感情を大きく見せないラーデ様には珍しい。半年以上の庶民生活で、感情豊かになったかもしれない。
「わたくし、家族のことは愛しておりますし、仲も良い家族だと思っていますけれど…貴族とは違う、温かい家族みたいで…テラードが夫で、ヤミィが妹で…本当に、楽しかったですわ…」
「いつか、また会えるといいですね」
この世界ではネットもないし、長距離移動も簡単ではない。ましてや国をまたいだ移住にはとてつもない困難がある。生まれた町の周辺で人生を終える人の方が圧倒的に多いのだ。
特に紅龍連邦は戦争状態でなくても、あくまで停戦であり国交はない。わずかな商人などの行き来がある程度であり、庶民相手では手紙のやり取りも難しい。正真正銘、これを最後に二度と会うことも、手紙などで連絡を取ることもないかもしれない。それでも、別れの挨拶は『ドゥー・タン』だった。
現代だと、そういう言葉はただの社交辞令程度だろうけど、こういう時代では『そうなればいい』と、願いを込めて言うんだってことを実感した。
乗合ガレッド車は、小さめのバスのような、一部金属と木製の客車を四頭のガレッド車で曳く。北と南では業者が変わるが、どちらも非常に大きな組織らしく、護衛もちゃんといて安全性も高い。盗賊の類もいるらしいが、大手輸送会社を襲うと報復が凄まじいらしく、滅多に襲われることもないらしい。
その代わり、こちらでは気候のせいでガレッドの飼育費用も高い為、船で行くより宿代などを含めた総合的は安いとはいえ、乗合ガレッド車の運賃は非常に高い。
長い旅路で余計な面倒に遭いたくもない為、会話は連邦語、それも言葉が拙いことを知られない様、最低限に済ませておく。宿の部屋で小声でしか、気の置けるヴィト語での会話もできず、揺られているだけでも非常に体力と精神力を消耗した。
一応、どの町でも中級街区の宿に泊まるようにしているが、ヤミィの宿ほど食事の美味しい宿もなく、町を越えるにつれ料金も高くなっていった。
そうして十四日の旅を経て、俺たちは中継地点の大きな町に来たのだった。
大きな湖にあるその町は、交通の要所でもあり、また連邦有数の観光地でもある。
転送された時は夏。ヤミィの町で秋と冬を過ごし、季節は春の半ばである。
『今日はもう宿でゆっくりして、明日少し観光しようか』
『そうね、二、三日のつもりだったけど、思った以上に疲れたわ。もう少し長くゆっくりしてもいいかもね』
ちなみに連邦語にも敬語はあるが、ラーデ様も俺も平民の口調である。素性を隠す目的もあるし、二人とも敬語を使いこなすほどは喋れない。ヴィト語に比べて敬語が難しいのだ。語尾の変化が多く、ラーデ様としても今は必要ないだろうと判断した。
半年以上を恋人として過ごしてきたので、駆け落ちした恋人という設定ですんなり生活できるし、かなり親密度の高い生活をしている。
せっかくなので普段より奮発して、中級街区の中では最高級の宿にした。少し高い丘になっている街区にある宿で、木造だが部屋も広く、重厚感のある造りになっている。
障子のような紙製の窓を開けると、大きな湖が一望できた。心地よい風が吹き抜け、湖周りの木々からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。
『いい景色…。湖に隣接した公園にはいつも屋台が出てるらしいわ。明日一緒に行こうね』
『ヤミィの宿を出てからあんまり美味しいもの食べてないもんね』
夕食も旅の途中に泊まった宿の中では一番だった。
久しぶりに質のいい寝具に包まれて、その日は早めに寝るのだった。




