第38話 働くラーデ様
翌日から早速、紹介された店で働き始めた。
中級街区にしては豪華な外観と内装の店だった。ライゲは背が高く、厳しい目付きの怖そうな男だったが、これで評判の良い料理人らしい。
実際、ピークタイムなどは見事に満席だった。
俺が担当するのは洗い場や掃除、簡単な皮剥きなどの下処理だ。
一度見せられれば理解できる程度の内容のため、すぐに覚えて黙々とこなしていく。
注意するべきは、洗い場に持ち込まれる陶器の皿を割った際は、給料から引かれるという部分だけだった。
この世界においては取り皿は木の板だし、カトラリーは個人が持ち込む物であり、店の洗い場に持ち込まれる"高価で取り扱いに注意が必要なもの"が陶器の皿なのだ。
カトラリーと言っても、ほとんどはナイフを持っている程度で、二枚刃のフォークを木製でも持っていればマシな方。金属製のフォークを持っていたらかなりのステータスである。
下級市民ともなるとまだまだ手掴みが当たり前であり、特にこの国はアステリードやドラクレアよりカトラリーの普及が遅れているようだった。
実は俺がいくら金があるとはいえ、それなりの高級店に入れたり、ラーデ様の上級使用人になれたのも、高い水準での教育を受けているのが明らかであり、マナーも現代日本のマナーの知識があった為、かなり容易に合わせられた部分が大きかった。
服装は金で揃えられても、マナーはそうはいかない。
中級市民でも、基本的なマナーを身に付けるのに金と苦労をかけている世界なのだ。
数日働いて、あっさり仕事を紹介してもらえた理由も分かった。
ラーデ様の容姿は、多少遭難などの苦労があったとしても、長年手入れされた髪や肌など、明らかに上流階級なのが分かる。
また当然ながらこの世界のトップレベルの教養とマナーを身に付けている。
中級街区の店において、そんな女性が給仕をしているだけで、とてつもないメリットなのだ。
仕事自体も、働いたことがないなんて心配は要らなかった。
片言でも、注文を受けるのと配膳はそんなに難しいことではない。ましてや、元々この店よりかなり高級な店に行き慣れており、その従業員の動きも見てきている。使用人をうまく使うのも貴族の仕事であるから、当然仕事内容も把握している。
やってみれば、すぐに高水準の仕事ができたらしい。
一か月もすれば、とんでもない美人の給仕が話題になり、元々人気だった店が中級街区で不動のナンバーワン人気店となった。
仕事中は、下膳のタイミングで洗い場に俺がいれば少し顔を合わせる程度だが、変な客もいないようで、ラーデ様は思ったより楽しんでいる。
「結構、心付けを頂けますの。皆様気前が良くてありがたいですわ」
「そういう文化があるんですね。アステリードやドラクレアはそういうのなかったですよね」
「そうですわね。店側が料金に設定した金額の範囲内で、できることをするという考え方ですわ」
「しかし、仕事が見つかった理由も給料的にも、ラーデ様の力ばっかりですね。不甲斐なくて申し訳ないです」
「何を言っておりますの。あの森の中ではとても頼りになりましたし、それに…そばにいてくれる。それが最も大事なことですわ」
「ありがとうございます…」
「わたくしも頑張りますから、夜はたくさん愛してくださいね」
ラーデ様も身体を重ねることの楽しさや快楽を分かってきたらしく、夜は毎晩幸せに過ごしている。
いやほんと、この世界に来て、一番幸せかもしれない。
そうして二ヶ月程過ごしたある日のことだった。
その日は俺とラーデ様は休日である。二人組の給料なので、基本的に休みは同じ日になっていた。
宿の用事で、隣町の叔父夫婦のいる町に調味料を買い付けに行く必要があるらしく、ヤミィを行かせるのに同行を頼まれた。
ヤミィはしっかりした子だが、流石にヤミィの年齢で一人、隣町まで行かせられるほどには、治安が良くはない。
両親とも仕事や用事が詰まっており、誰か同行者を頼まなければならない。
そこで長期宿泊で、ライゲの店での働きぶりも良いと評判の俺たちに話が来た。
移動代と、三日分の宿代を無料にする条件で頼まれたので、他の町を見ておきたかったこともあり、引き受けることにしたのだ。
一泊二日の予定であり、叔父夫婦も宿を営んでいるのでそこに泊まる。
この世界では通常二連休などないのだが、親父さんがライゲに掛け合って話を通してくれた。
この国でも富裕層の長距離移動はガレッド車なのだが、東の気候はガレッドに過ごしにくいらしく、中級市民が使うほど安価で普及していない。
その代わり、爬虫類の様な亜人の牽く人力車があった。陸地でも生きられるのだが、信仰の関係で海沿いの近くに生きる種族らしい。ドラクレアの北の海では寒すぎるし、アステリードの南の海は水竜オレアラがいる為、大陸の西か東でしか見かけない種族ということだった。
非常に力が強く、持久力に優れていて、人間の足の半分の時間で移動できる。
四人乗りの車はガレッド車より視点が高く、慣れない内は少し怖かった。
『わぁ〜、おじちゃん速ーい!』
『おお、あったりめぇよ!俺っちは連邦一の韋駄天だぜ!』
ヤミィは何度も乗ったこともあり、速さが楽しいらしくきゃあきゃあはしゃいでいる。
対してラーデ様は乗り心地の悪さと高さであまり具合がよろしくない。目を閉じてぐったりとしている。
翻訳させるのも申し訳ないので、この二ヶ月で覚えた片言の連邦語でヤミィと話しながら過ごす。
『ヤミィは、いつも、楽しそう』
『楽しいよ!毎日いろんな人が泊まりに来てくれるもん!』
『ヤミィは皆と仲いいもんな』
お客さんは皆いい人そうだ。リピーターも多いらしく、皆がヤミィを可愛がっている。
戦争を仕掛けてくる国は民が蔑ろにされ、困窮していたりするイメージがあったが、下級街区はともかく、中流以上の人々は平穏に、豊かに暮らしている。
貧民層が厳しい生活なのは、文明水準的に難しい部分もあるのだろう。西の国に比べて、わずかながら文明が遅れている気はするが、経済的、文化的にはそうレベルは変わらない。
資源的にも困っていないのに侵略戦争を起こすということは、国のトップが野心的な人物なのだろうか。
銃を開発した人間も、政治的中枢の近い立場にいるのだろうか。この魔法的世界で、地球の知識のない人間が開発したとは考えにくい。恐らく迷い人と思われるその人に、帰るまでに会うこともあるのだろうか。
天気は快晴。
とりとめもなく考えながら、旅路は続く。
今から行く町、金を貯めてから向かう町や首都。一体どうなることやら。
そして、夕方に隣町に到着した。




