第35話 これから
とんでもなく時間が空いてしまいました。
最後まで書ききったので、投稿再開します。
路地からラーデ様を見守る。幸い、通りに並行して裏路地が通っているので、離れすぎることもなくついていくことができた。
通りは明るく活気があるのに、裏路地は薄暗く汚い。ちらほら人も見かけるが、どう見ても真っ当な人種とは思えない人たちばかりだった。
とはいえ、チンピラのように絡んでくるわけではない。恐らく幸せから程遠い人生なのだろう。昏い目をしていて、生気がないように見えた。
もちろんアステリードにもスラムなどはあったが、もう少し活気があったように思う。こちらの方が、格差が酷いのかもしれない。
ラーデ様を見ると、時折珍しいものを見るような顔で見られるものの、話しかけられることもなく通りを進んでいた。
やがて、雑貨屋らしき店を見つけて、中に入っていく。
その店は高価な貴金属類は取り扱っていなかったが、片言の言葉でなんとか対応できる店を聞く。貴族の旅行者のふりをして、なんとか三店舗ほど回り、服と通貨を調達できた。足元を見られたり、大変そうだったので、力になれず申し訳なかった。すぐに戻れるわけではないのであれば、言葉を覚えなくては。
「はしたなくて落ち着きませんわね」
アステリードの価値観からすれば、この国の一般的な衣服は煽情的すぎる。目立たないために迷いなく現地に合わせるラーデ様の度胸と合理的思考はこんな状況では有り難いが、恥ずかしくないわけではないらしい。
「お似合いですから、大丈夫ですよ」
気休めのつもりでそう口にすると、やっと満更でもなさそうに笑ってくれた。
もう辺りは薄暗くなってきた。
ひとまず食事と宿を決めなくてはならない。
「お金は無闇に使いたくありませんが、今の私達が治安の悪い所に行くのは危険ですわね。旅行者として、それなりの店や宿を探しましょう」
「停戦中とのことですが、アステリードからの旅行者がいるものなのですか?」
「普段なら行き来している商人はおりますし、商会に関係する貴族なども多少は来ているはずですわ。戦争中は退去していたはずですが、もう来ている者もいるでしょう。一応、戦争をしたアステリードやグランテニアではなく、フェイグテスから来たことにしておきましょう」
なるべく大通りから外れないように注意しながら歩く。服装を合わせたので、俺の黒髪でもなんとか、それなりの注目度で済んでいる。ラーデ様は買い物ついでにある程度の街の地理を聞いておいたらしく、この辺りは中級街らしい。
下っ端貴族や裕福な平民が暮らす区域だ。
お洒落な店、中級街にあって比較的高級そうな店、庶民向けの店、色々それらしいものはあるが、事前情報のない俺たちにはどこがいいのかは分からない。とりあえず、一通り見てから決めることにした。
店員が声を掛けてくる店もあるが、やはり少し浮いているからか、それほど多くはない。しばらくして、ふと店構えが素朴で、なんというか暖かい、飲食店らしき店を見つけた。清潔感もあり、非常に好印象なのだが、何より入り口で掃除をしている少女が良い。
『どんなお店を探してるの?』
俺には意味は分からなかったが、恐らくそんなことを言ったのだろう、とても明るい笑顔で、他の客引きとは印象が全く違う。
辺りを見回している俺たちを気にしてくれたのだろう、ラーデ様が通訳してくれたところによると、店に入れようというより、困っていそうだから声を掛けてくれたようだ。
『安くて美味しくて、静かなお料理屋さんと、安全な宿を探しているの』
『なんだ、それならうちにおいでよ!母さんの料理は街一番だよ!それに、二階に泊まれる部屋もあるよ!』
そう言って笑った少女は、自分の宿の良さを一通り言った上で、さらには自分なりのおすすめの他店を安さや味など、色々な視点から教えてくれた。
「ラーデ様、ここでいいんじゃないでしょうか」
「そうですね、わたくしも異存ありません」
少女はヤミィと言った。
黄色がかった金髪をショートにして、うさぎのような白くて大きな耳が垂れている。つぶらで大きな瞳や小さな口はコロコロと表情を変え、情緒豊かな少女に見える。この世界の人間の年齢は分かりにくい上に亜人はさらに分からないが、一二歳らしい。お尻から生えているしっぽは身長くらい大きくてフサフサだ。恐らく、地球のそういう趣味の人たちからは絶大な人気を得られるだろう。
建物の中に入っても、豪華ではないが清潔感があり、居心地の良さそうな空間が広がっている。ヤミィをそのまま大人にしたような美しいお母さんが説明してくれた料金も、ヤミィの言っていた通りの値段で、これまで歩き見てきた宿と比べても割安で、当たりだと感じられた。
とりあえず夕食と一泊分をお願いして部屋に上がる。
ここで問題が起きた。俺は当然二部屋と思ったが、ラーデ様は一部屋だけしかとってなかったのだ。
「テラード、今は緊急事態です。贅沢に個室を使う余裕はありません」
「それはもちろん承知しておりますが、あの…色々とまずいのではないでしょうか」
「とにかく部屋に入ってください。今後のことを話さなければ」
部屋に入ると、一応ベッドは二つあるが、それほど大きな部屋ではない。未婚の、恋人でもない貴族と平民の男女が泊まるには明らかに不適切だ。
戸惑う俺をよそに、ラーデ様はさっさと片方のベッドに腰掛ける。
目線で促して来たので、俺も正面のベッドに腰掛け、向かい合った。
「テラード、わたくしは貴方を信用しているし、人間として好ましく思っております」
急に真面目な顔でそう切り出される。
「この国のことはわたくしも多くは知りません。頼れるのは貴方だけです。国に戻れるまで、わたくしの運命は貴方に託します。大魔女様が仰っていた通り、きっと帰れると、帰してくださると、貴方を信じます。故郷よりもわたくしの傍を選んでくれた、貴方を」
そう、気丈に言ったラーデ様の瞳は不安に揺れていて、俺がいかに頼りないかを痛感してしまう。同部屋だとか、そんなレベルの問題ではなかったのだ。今、もし俺がよからぬことを考えたとして、ラーデ様は抗うすべがない。
また、一人になって何かが起きても、対応できるとは限らない。もちろん、俺がいればどうにかなる保証はない。それでも彼女は、俺を信じ、頼ると心に決めていたのだ。恐らく、転移してそれほど時間の経ってないうちに。いや、大魔女に転移させられると聞いた時には決めていたのかもしれない。
見知らぬ異国の見知らぬ宿で、部屋に一人になるのが怖いのもあるだろう、俺よりも余程年下の少女なのだ。
そんなことにも頭の回らない俺は馬鹿だ。言葉が話せないからと、ラーデ様に大変な思いをさせて、俺はついていくだけだった。
ゆっくりと息を吐く。
よく見れば、ラーデ様は拳を握り、とても緊張しているのが分かる。
「ラ・アストラ」
俺は跪き、アステリード式の最敬礼をする。
「貴女の傍が私の世界と言いました。けれど、違うと今気付きました。貴女が私の世界です。必ず守ります。一緒に帰りましょう」
立ち上がり、ラーデ様の手を取る。
「大丈夫です、大魔女様が言ってましたから」
「そこは他人任せですのね?」
そう言って、ラーデ様は微笑んだ。
「怖いから…国に戻るまで、わたくしから離れないでくださいね」
俺の手を握り返してくる。
抱き締めれば、抱き締め返してくる。
そうして、それから、キスをした。
熱に浮かされたように、そのまま先へ進もうとする。
「ダメです、すぐに夕食ですわ。それに…体も綺麗にしてから…」
紅龍連邦での一日目はそうして過ぎていった。




