第34話 敵地にて
薄暗い路地で、顔を見合わせる。一瞬の間を置いて、ラーデ様は顔を真っ赤にして俯いてしまった。耳まで赤い。
とはいえ、俺も似たようなものかもしれない。顔に熱が集まっているのを感じる。
「ま、まずはどこの街なのか確認しましょう」
「そ、そうですわね」
気まずさをごまかすため、当面の方針を提案する。魔女の言葉が正しければ、俺と一緒の場合は早めに帰れるという。
ここでふと思ったのだが、魔女の口ぶりからすると、転移先は制限があるようなことを言っていた。それはつまるところ、俺がいる場合といない場合で転移先に変化があるということなのだろうか。それとも転移先は同じだが、帰るまでの紆余曲折に変化があるのか。
なんとなくだが、後者のような気がする。魔女は人間に干渉することに強い制限を受けている印象だった。転移先は俺がいようといまいと変わらない可能性が高いのではないだろうか。
もしそう考えるなら、俺がいた方が早く帰れるとは言え、帰るのに苦労する場所であることは変わりないように思う。
「まずは通りの様子を見てみますね」
そう言って、ラーデ様を背中に隠しつつ、明るい通りの方に向かう。
ざわざわとした喧騒が聞こえるし、人の往来もかなり多いようだ。少なくとも、小さな村の類ではない。通りがある程度見渡せるような位置まで来ると、活気に満ちた広い通りであることが分かる。覗き込むように見てみると、すぐそこに広場もあった。
かなり多くの人が行き来しており、リスタードやグランテニア帝都にも遜色のない立派な街並みだ。ただ、フェイグテスを含むあの辺りの国々は石造りの家が多いのに対して、漆喰と思われる素材の家や木造家屋が多い。人種についても、そう違いはないと思うが、なんとなくだが少し身長が低く、細身の人が多い。また、亜人の割合がかなり多い。アステリードは人口の約二割程度、グランテニアで三割程度だと思ったが、この通りに関しては、半数くらいが亜人だ。
「ラーデ様、ここから見た感じでお分かりになりますか?」
「そうですわね…少なくとも、わたくしの知るアステリード近隣の諸国ではないように思います」
「そうですか…。俺から見たら同じような人種に見えるので違和感がないのですが、私達が通りに出ても、周りから奇異に見られはしませんか?」
「…わたくしは大丈夫でしょう。全く同じ人種とは言えませんけれど。それよりテラードの方が目立ちそうですわね…」
この世界に来てから三か国を歩いたが、確かにどこでもそれなりの視線はあった。黒髪や黒目はそれなりにいるが、両方揃った黒髪黒目はこの世界では珍しい。欧米人の顔立ちの人が多いので、アジア人顔も浮いている。
ただ、どの国も大森林には面しているため、昔からたまに迷い人が来るのだ。過去には巨人や、この辺りにいない亜人なども来た記録があったので、物珍しい目で見られる程度だった。もちろんあからさまに感じの悪い人もいたが、亜人への差別なども禁止されて久しいこともあり、人前で大っぴらに差別をするのは憚られるのだ。
迷い人の唯一の共通点は、人型であるということだけらしい。亜人などもいる世界なので、俺は迷い人の中でも比較的、この世界の人々に見た目が近いということも幸いした。
とはいえ、この街やこの国が同じとは限らない。安易に人前に出るのは危険かもしれない。
「それより、あの服…本で見た紅龍連邦の衣服のように思えます。言葉も…」
「まさか…最悪の転移先ですね」
戦争は終わったとはいえ、敵国のど真ん中に飛ばされたということか。
「紅龍連邦についてはアステリードとは国交がないため、あまり資料がないのです。最低限の国交があるグランテニアから取り寄せた資料で勉強したのですが、言葉もほんの少ししか分かりません」
「全く分からないよりは、非常に大きな助けになりますよ」
再び通りを見てみる。俺の感覚からすると割と似ているため、さっきは気付かなかったが、確かにアステリードよりも襟がしっかりとしたデザインで、ズボンがゆったりとしている。
アステリードでは男性はマフラーのような装飾品であるミクレをしていない場合、胸元が空いているが、女性の肌の露出は貴賤を問わずかなり少ない。しかし、この国の人々は胸元も空いていたり、脚を出している人もいる。貴族街ではないのか、ドレスの人はいない。そもそも俺には、貴族がドレスを着る文化なのかも分からないが。
ラーデ様は公爵家で仕立てた、格調高いドレスを着ている。ドレスのことは分からないが、胸元の露出が全くないだけで、地球の海外映画で見るようなドレスと同じようなデザインだ。
俺はミクレもせず、胸元の空いた上着に細身のズボン。
「人種もそうですが、服装の違いも目立ちそうですね…」
「二人揃ったら、さらにですわね」
二人の間に沈黙がおりる。
「通貨が違うから、アステリードのお金もグランデニアのお金も使えません。貴金属類を換金するか、少々割りに合わなくても物々交換するか…とにかく、服を調達しなければなりませんわね」
交渉しようにも、俺は言葉が全く分からないから余計に目立ってしまう。結局、ラーデ様が先に通りに出てなんとか買い物をする。俺は少し間を開けてついていくことになった。何しろ完全な敵地なのだから、何かあった時のため、駆け付けられる距離にはいなくては。
俺に荒事に対応できる力があるかどうかはともかくとして。
「少し、雰囲気だけでも寄せないといけませんわね」
そう言うや否や、ラーデ様はミクレを取った。真っ白な胸元が露わになる。
俺からすると、地球の感覚があるので、いくらラーデ様とはいえ女性の胸元には慣れているのだが、本人は顔を真っ赤にしている。多分、日本で言うならノーブラのような感覚かな?
ミクレをすることが前提のドレスのため、ドレス自体の胸元は元々少し開いているようだった。襟はないが、それだけでも少し雰囲気が寄った。
次に、ドレスのスカートをたくし上げる。装飾が少なめで、薄手の生地な上、広がりの少ないデザインだったものを膝下くらいまで上げて、その分持ち上げた生地を折り、腰の周りにまとめる。
ミクレでリボンのように巻き付けて生地の重なった部分を隠す。だいぶ印象が変わり、豪華なワンピースのようになった。
うまいもので、腰回りにも違和感はない。
そもそも素材が違うし細やかな刺繍などが豪華なので庶民に見せるのは難しいだろうが、貴族やお金持ちの娘のような雰囲気が出る。
「完璧とは言えませんが、これでなんとか行ってみましょう。何か不安な要素を感じたら、また路地に入ります。そうしたらテラード、すぐに来てくださいましね」
「承知いたしました」
そうして俺たちは、遠い異国の地、敵地紅龍連邦の街に足を踏み出した。




