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サバイバル異世界  作者: ノワール
第2章 魔道具と機械 ドラクレア帝国
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第31話 再びの遭難

 光が収まると、急に椅子がなくなり、尻餅をつく。

 目の前ではラーデ様も同じように尻餅をついて唖然としている。


 夜の海に浮かぶ船にいたはずなのに、周りは一面森だった。


 俺たちがいるのは、少し開けた草原だ。

 月明かりに照らされているので、時間はそのままなのかもしれないが、明らかに転移だった。


 開けてはいるが、周りに木々が立ち並んでいるためか、海よりも暗い。

 その暗さが恐怖を掻き立てる。


 パニックになりかけたが、ラーデ様の動揺は俺以上だった。


「テ、テラード!」


 勢いよく抱きついてくる。俺にも、柔らかな身体の感触に気を取られる余裕すらない。


「ななな、何が?」


 ガクガクと震えるラーデ様。いくら気高い精神を持つ高位貴族でも、やはり若い女の子だ。見たこともないくらい狼狽している。


 俺は従者だが、年上だし男で、そして何より転移は二回目の経験者。


 そっと、優しく抱きしめる。


「どこかは、分かりませんが、転移してしまったようです」

「そ、そんな。落ち人が落ちてくる以外の転移なんて、与太話とばかり…」

「与太話では聞いたことがあるんですね。それが真実だったと…。原因も何も、私にも何も分かりません…。通信機は持っていませんか?

「毎日の定時報告は終えてましたから、部屋に置いたままでした」

「そうですか…とにかく、火を起こさないと」

「火?どうやってですの?」

「枯れ木や枯葉を探します。幸い、避難中の不測の事態に備えて、火打ち石や非常食や待たされたのを服に入れたままです。ラーデ様はここで待っていてください」


 離れようとすると、華奢な体からは考えられないような力で服を掴まれた。


「ひ、一人にする気ですの?行かないでくださいませ!」


 涙目で懇願されては、何も言えない。


「見えないような距離に行くつもりはなかったですが…承知いたしました。一緒に参りましょう」


 引っ付かれたままで動きにくいが、ゆっくりと歩く。臭いで感知されるかもしれないし、夜目のきく野獣がいるかもしれないので大した意味はないかもしれないが、不必要に音を立てるべきではないだろう。



「一体、どちらに飛んできてしまったのでしょう」


 しばらくして、とりあえず草を抜いた空間に火を起こすのに成功した俺たちは、しばらく無言で火にあたっていたが、やがてぽつぽつと話し始めた。

 ラーデ様は相変わらず、俺に絡み付いたままだ。


 しばらく時間が経って落ち着いたので、感触を楽しみたいところだが、事態は甘くない。これからのことを考えなければ。


「この世界にはこういった転移の伝承などはないのですか?」

「噂は聞いたことがありましたが、正式な記録は存じませんわ。落ち人の伝説はそれなりの記録が残っているのですが…」

「魔法では不可能なのですよね」

「不可能ですわ。ヴィクタなら可能かもしれませんが…」

「ヴィクタ…なんですか、それは。魔法(グレイッジ)とは違うものなのですか?」

「魔法とは違う、文字通り世界の理を超えた術のことですわ。それを操る人ならざる者のこともそう呼ばます」


 グレイッジが魔法なら、ヴィクタは魔術、といったところか。そして魔術師…魔術師もヴィクタと表現するが、そういう超常の存在もいるらしい。女性の魔術師は魔女で、こちらはヴェラという。


「けれど、魔術師(ヴィクタ)魔女(ヴェラ)は基本的にヒトに干渉いたしません」

「そうですか…」

「そもそも、滅多に出会うことのない存在ですしね」


 結局、現時点では情報が少なすぎて、話しても原因は分からない。

 原因解明は後回しにして、とにかく生き延びることを考えないと。


 一人じゃないし、前回よりマシかもしれないが、持っているのは火打ち石と非常食の他にはナイフくらいだ。


 恐らく、動物を仕留めるのは難しいだろう。前回と同じ大森林ならトリューがあるはずだが、どうなのだろう。


 まさか地球だったりなんて奇跡はないだろうか。

 もしそうなら、異世界の美少女との楽しい日常回の始まりだ。


 そんな下らないことを考えているうちに、ラーデ様はうつらうつらとし始めた。


「もう寝ましょう。明日から過酷な旅になりますよ」

「そう、ですわね…」

「草で寝床を作っておきました。私は寝ずに見張りをしております」


 だが、ラーデ様は離れようとしない。


「恥ずかしいことですが、恐ろしいのです。一人になって、また見知らぬ土地に放り出されたらと思うと…。このままでいてはいけませんか?」


 炎に照らされるラーデ様の瞳は濡れているのが見てとれた。

 唇も艶やかで、吸い込まれそうになる。

 口紅か何かのCMで、キスしたくなる唇なんて謳い文句があったが、こんな唇のことを言うのだろう。


 今、ラーデ様は俺に依存しきっている。

 突然見知らぬ森に飛ばされ、頼れるのは俺だけなのだ。

 きっと、今俺が欲望や願望に身を委ねても、全てを受け入れるだろう。


 …だから今は、卑怯だ。


「膝枕してあげますよ。離れませんから、安心して眠ってください」


 そうして、柔らかな草の上に寝かせ、頭を撫でてあげて寝かしつける。

 ラーデ様は安心したように、すぐに寝息を立て始めた。


 明日からはまた過酷な生活が始まる。

 この世界での最初の遭難はなんとか生還できたが、体重は落ちたし、何度も死ぬ思いをした。ラーデ様にそんな思いをさせたくはないし、ましてや死なせたくなどない。


 幸い、その日は獣に襲われることもなく、夜が明けた。




 一睡もしていないが、とにかく歩き出す。

 ラーデ様はやはり不安らしいが、流石に一晩経って落ち着いたようで、ひっつき虫は卒業したらしい。


 俺の二歩後ろをついてくるラーデ様を気にしながら、木々を掻き分けて歩いていく。


 幸い、トリューはすぐに見つかった。

 最低限の生命維持はなんとかなりそうだ。大陸に広く分布し、見つけやすいとバーテンダーは言っていた。

 貧しい庶民の貴重な甘味として重宝される、素晴らしい果物だ。


「でも、やはり貴族向けに栽培されたものに比べると酸っぱいし、苦味が強いですわね」

「まぁ、野生ですからね」


 苦笑しながら歩く。少しは冗談を言える余裕もできてきたようだ。


 できれば、ラーデ様に草をそのまま食べさせるのは避けたいところだ。前回は結局まともな水場は得られなかったが、水さえ手に入ればかなり違うのに。


 もっとも、状況が切迫してくれば無理をしてもらう必要があるが。


 その日は一日中休み休み歩き続け、獣に出会うこともなく夜を迎えた。

 昼間の休憩時には何度か仮眠を取った。ラーデ様は不安そうにしていたが、火を起こし、何かあればすぐに起こすように言いおいて、多少なりとも睡眠を取った。


 暗い森の中、焚き火にあたりながら考える。トリューがあったということは、世界は移動していないだろう。広く大陸に分布する果物ということを考えると、大陸も同じ可能性が高い。ただ、他の大陸にもトリューがある可能性もあるから確実とは言えない。


 何しろ、気候にかなりの違いがある。ドラクレアは冬を間近に控えて冷え込むようになっていたのに、だいぶ暖かく感じる。熱帯とか南国というほどではないが、緯度は大分違うように思える。


 そうすると、アステリード西の大森林ではない。帝都よりは南に位置するが、アステリードと同じくらいの緯度の大森林は、ドラクレアほどではないが、こんなに暖かくはないと思われた。


 公爵家で働く際に支給された時計を持っていなかったことが悔やまれる。日の入り時刻なんかで、ある程度は推察できたかもしれないのに。




 四日ほど歩き続けた。日に日に話すことはなくなり、今や二人とも口数は多くない。というより、ほとんど喋らない。精神的にも体力的にも、そんな余裕はない。


 小動物は見かけるが、体の大きい動物は見かけない。そういう生態の森なのだろうか。


 そして五日目の午後、湧き水を見つけることができた。


「水、水ですわ!」


 俺が一人で遭難した時は一月以上も歩いて見つからなかったのに。ラーデ様が一緒だからだろうか。


 疲れも忘れて近づいていく。足場も悪くないし、透き通った湧き水だ。安全を確かめることもせず、二人とも無言で飲みまくった。


「今日はもうこの近くで休みましょう。明日から、この湧き水から繋がっている川に沿って下ります」

「嬉しいですわ。本当はもう、かなり足が痛かったの」


 この数日間、ラーデ様は何一つ文句を言わず、黙って俺についてきた。自分が無力であること、俺は遭難の経験があること、そういったことを踏まえても、泣き言ひとつ言わないのは本当に凄い。


 強い人だ。絶対に、こんなところで死なせるわけにはいかない。

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