第29話 島の視察
「今日向かう島はプリーエ島という島です」
舟に揺られながら、視察先の話を聞く。
「教会があり、そこで生産される伝統工芸の帽子が有名な島ですの。教会では孤児を受け入れておりまして、その中から才能のある子を職人にするのですわ」
「それは素敵ですね」
「数代前の皇妃陛下が慈善事業の一環として、積極的に公式の場でお召しになって、流行をおつくりになったそうですわ」
「なるほど、それ以来、そこで作られる帽子には、一定の価値が認められているわけですね」
「その通りです。さらに島の住民は、今では大半が教会出身の者達です。森は小さいので狩りはあまりできませんが、漁をして畑を耕し、島全体で助け合いながら、自給自足に近い生活をしておりますの。孤児救済の理想形として、参考にできないかと考えているのですわ」
プリーエ島は結構広いように見えた。自然も多く、一日で全体を回るのは無理な程度はある。
白塗りの家が立ち並ぶ様は美しく、海の水の奇麗さも相まって素晴らしいリゾート地のような趣だ。実際、富裕層の避暑地としても使われているらしい。
島民は皆笑顔で、日に焼けた陽気な人達だった。見知らぬ俺達にも多くの人が挨拶してくれる。
ラーデ様と二人、ゆっくりと島を歩いていく。視察といっても文官が色々とみているらしく、ラーデ様は実際に目にしておく程度らしく、気楽な散歩といった感じだった。
あれこれ見たことのない作りの建物や自然などの風景を眺めながら、感想を言い合った。
海風が心地よく髪を揺らしていく。島のあちこちに風車があり、川には水車。あまり魔道具はないように思えた。
「お昼はどうなさいますか。庶民的な店しかないみたいですが」
「別に構いませんわ。テラードが選んでくださいませ」
「ええと、知らない土地なので、外れたら申し訳ございません」
「貴方は平民の割に舌が肥えているようですから、お店の雰囲気などで選んでも、ある程度は当たるのではなくて」
「そうでしょうか・・・」
「貴方の故郷は随分と食事についても洗練されていたみたいですわね。こちらで再現はできませんの?」
「似てるようで違う食材ばかりなので、あまり自信はありません。私は食べる専門でして、色々な美味しい店を食べ歩くのが趣味のひとつだったのですが、あまり自分では作りませんでしたし」
「それは残念ですわね。もし作れそうなものが思いついた時は言ってくださいませ」
「かしこまりました。とりあえずお店を選びますかね。とはいえ、地元民に聞くのが一番ですよ」
そこらの青年に声をかける。どうせならこの島で一番人気の料理が食べたい。
「そんなら、あっちの店でライダ貝焼いたのが一番だ!」
わざわざ店の前まで案内してくれて、注文する料理まで伝えてから、青年は爽やかな笑顔で去っていった。
店内では、ふさふさの耳としっぽがある、亜人のおばさんが愛想よく接客している。島で採れる穀物から造ったイェーラを飲んで待っていると、じゅうじゅうと音を立てた貝が、たっぷりと大皿に載せられてきた。
なかなか大きな貝で、サザエのような形をしている。
「ライダ貝に魚醤を入れて強火で焼くだけなんだけどね、この島で造ってる魚醤はちょっと他では味わえない美味さだって、金持ちの皆様にも人気なんだよ」
確かに、絶妙な塩辛さで旨みがたっぷりとあり、ナンプラーのように生臭くもない。貝はぷりぷりで、噛めば噛むほどに味わい深い。
さらに、ライダ貝と魚の身を、穀物と一緒にブリエと水で茹でた料理がでてきた。
日本の米のような甘みや粘っこさはないが、リゾットやパエリアのような感覚でとても美味しかった。
米よりはクスクスに似ているだろうか。ブリエの酸味と貝や魚の風味が絶妙に混ざり合い、何とも言えない味わいだった。
「おばさま、とっても美味しいわ。イェーラも普段はあまり嗜まないけれど、熱々の貝や魚醤にはとても合いますわね」
「ありがとうねぇ。カミェだと、金持ちの方達は飲み口の強いカミェなら合うって言ってましたよ」
「ああ、合いそうだ。それに、イェーラを冷やしてみたいなぁ。絶対に美味しいんですけど」
「以前に言ってらしたわね。貴方の故郷ではイェーラは冷やして飲むのでしたっけ」
「正確にはイェーラではないんですけどね、まぁかなり似ている酒です」
ライダ貝はラーデ様にも満足して頂けたようだった。
食後は教会に向かう。
教会はこじんまりとした佇まいだったが、工房が併設されていた。
中には自由に入れるようだったので、覗いてみる。
若者と言える年齢から老人まで、多くの男女が帽子を作っていた。
基本的な形はキャペリンに見えるが、様々な飾りが付いている帽子だった。
ある者は針金を通し、造花をあしらう。
ある者はリボンを大きく巻きつける。
大きさも様々で、色鮮やかないくつもの帽子が職人の手で形にされていく様は、ひとつのエンターテイメントのようだった。
「この基本形となる形もこの教会の職人が考えた物だったそうです。それが王妃様の目にとまり、一気に流行が広まったのですわ。その後も様々な形や飾りを生み出していて、同じ形の帽子でも、この教会で作られている物には一段上の価値があるのですって」
「へえ・・・。いやぁ、どれもこれも綺麗ですね。基本は婦人用なのですか?」
「そうですね、富裕層のご婦人向けで、質も高い物が多いらしいですわ」
「あちらに完成品がたくさん置いてありますね」
工房の一角にたくさんの帽子が飾られている。
近づいてみると、ひとつの帽子が目に止まった。
鮮やかな赤い帽子だ。
小さめサイズのつばが広いキャペリンに大きな黒いリボン。リボンの紐部分は長く、複雑に帽子に絡ませられている。日除けにはならないお洒落用の帽子で、リボンにも帽子にも、随所に白のラインがアクセントとして入っている。
「あら、素敵な帽子ですわね。テラード、貴方なかなかいい感性をお持ちでしてよ」
「いいですよね、これ。それにラーデ様の瞳の色に似ています」
「え?」
ラーデ様は美しい紅の瞳だ。地球では見ない鮮やかな紅。
しかも、銀髪に赤い帽子も黒いリボンもピッタリだ。
「よろしければ、お召しになってみませんか」
恐らく販売担当であろうリーメが声を掛けてきた。
「そ、そうですわね。テラードが似合うと言うなら、試してみてあげなくもないですわ」
照れた様子で帽子を手に取る。
すっぽりかぶるほどの大きさはなく、ヘアピンの様な物で頭に留めるタイプらしい。
ちょこんとのった帽子に大きいつば、そして大きくて長いリボン。
「とても似合いますよ」
「ええ、お似合いでございます」
俺も店員もそれしか言葉が出てこなかった。
この帽子はラーデ様に使われるために作られたかのようだ。
素早く決心してリーメに声を掛ける。
「リーメ、これを購入したいのですが。このままお嬢様にお召しになって頂いても構いませんか?」
「もちろんですとも。それでは、こちらでお会計を賜ります」
「え!?テラード!?」
驚くラーデ様に笑いかけて、会計に向かう。
「私が最初に見付けた帽子です。ぜひ献上させて下さいませ、ラ・アストラ」
「そ、そう・・・。ありがとうございます」
ラーデ様は戸惑いながらも、照れた様子で微笑んでくれた。
ちなみに、たかが帽子と思ったらアホみたいに高かった。手持ちでギリギリだったのは内緒だ。




