第27話 商会長たちとの昼食会
グランテニア家御用達、帝都でも最高級の格式と歴史を誇る店の中、王国の商会と帝国の商会の会長を交えて昼食会が行われている。
俺たちは貴賓室とは別の部屋、通常の客を通す大食堂の中で、豪華な食事を頂いていた。
主菜が圧巻だった。
地球で言うアクアパッツァのような、カミェと水、油で魚といくつかの野菜を蒸し煮にした料理なのだが、魚がとにかく大きい。人の身長ほどもある魚が、巨大な深皿にたっぷりのスープとともに鎮座している。言うなれば、マグロを丸ごと使ったような料理である。持ち運びは台車を使い、二人掛かりで、テーブルの大半を埋めてしまう。
給仕が特徴的な長いナイフとフォークを使って切り分けてくれる。
まずはスープを一口。ものすごく濃厚な出汁が出ている。それだけでは少々塩辛いくらいだ。パンを浸したら美味しそうだ。
魚の身は意外と淡泊で、スープの塩気と一緒に食べるのがちょうどいい。ぷりぷりとしているが柔らかく、口の中でとろけるようだ。
魚の名前はユルグリ。巨大で気性も荒く、獲るのも大変な魚らしい。
「テラード、ちょっといい?」
食事後のお茶の途中で、貴賓室でラーデ様の傍に控えていたセレタさんに呼ばれる。
「バゲランデロ商会の会長様が、お会いしたいって」
「ええ、なんでですかね」
まだ科学技術については一般の商会に情報は流れていないはずだ。
「それが、会長様の亡くなったお父様が、迷い人だったらしいの。同郷の者がいると聞いて、話をしたいって」
「本当ですか。それならお会いしてみたいですね」
三階にある貴賓室に通される。部屋の中にはラーデ様とブラッド当主、それと男女二人が着席しており、周囲には給仕と侍女、侍従が控えている。
ものすごく場違いだ。
当主様が商会してくれる。
「こちらがログエイラー商会の会長、ライゼンシュール・アグエル・レ・ログエイラー公爵だ」
一人は男性で、黒髪を後ろに撫でつけた中年だ。肩が広く、がっしりとした体つきで、厳めしい顔つきをしている。アステリード王国の貴族が着る衣装を身にまとっている。王族を祖母に持つ公爵であり、実質的な国営企業の長でもある。眼光は鋭く、口元は気難しそうに引き締められている。
ちなみに、リスタード家ともかなり近い親戚筋である。
「そしてこちらが彼女はバゲランデロ商会の会長、アスカ・シンドウ・バゲランデロ」
もう一人は亜人の女性だった。
ラーデ様にも近い銀色の長い髪。ところどころに黒髪が混ざっている。その頭の上にはぴんとたった犬耳。顔は人間と同じで、すっと鼻筋の通った美人さんだ。銀色のまつ毛に彩られた切れ長の瞳は漆黒。座っているが、長身なことが見て取れる。そして胸が凄い。ここ重要。帝都の正装を着て、背筋の伸びた奇麗な姿勢で座っている。帝都でも最大手の商会の会長とのことだが、随分若い。まだ三十代になっていないように見える。
「はじめまして、テラード様。急にお呼びだてしてしまって申し訳ありません」
「いえ、お会いできて光栄でございます。テラードと申します」
「父と同郷の方と聞いて、いてもたってもいられなくなってしまいました。迷い人は過去にも例がありますが、私はお会いしたことがなかったのです」
「私としても、故郷の血が流れる方にお会いできて光栄です」
「父も故郷を恋しがっておりました。それにしても残念です。父はほんの三年前に亡くなったのです」
「それは残念です。お会いできれば、懐かしいお話ができたでしょうに」
「父はおよそ四十年と少し、こちらの世界で生きましたが、同郷の方には一人しか会ったことがないと申していました。それも同じ世界でも言葉の違う国の方だったようで、時代すら違ったとのことです」
それは衝撃の情報だった。つまり時間の流れが違うということか。それともランダムで異なる時代に飛ばされるということか。
迷い人はこれまでにいたというのに、なぜ科学技術が発展していなかったのか疑問だったが、知識のある人間がいなかったのかもしれない。
「お父様は、どこの国のどの時代だったかご存知でしょうか」
「二ホンという国ですが、すみません、時代までは・・・」
「そうですか・・・。でも二ホンは私の故郷です。アスカという名前は二ホンの名前ですね」
「故郷の名前で、この国でも通じやすい響きを選んだ、と申しておりました。とても故郷が恋しかったようです。何を教えるときも二ホンの言葉を一緒に教えてくるので、結構ニホン語も分かるんですよ。コンニチワ」
「こんにちは。発音も結構奇麗ですよ。」
「今のはどういう意味なんだい?」
「はい、今のは午後の挨拶でございます。いい午後ですねと同じ使い方と考えて頂ければよろしいかと」
「難しい発音ですわね」
その後も、日本について色々な話をした。ライゼンシュール様は口数少なく、俺たちの話を聞いているだけだったが、アスカ様はとても楽しかったようで、いつでも面会の申し込みをして欲しいと言われたし、ラーデ様や当主様との会合には必ず参加するように厳命された。
「テラード、今日はよくやってくれました」
夜、グランテニア家の娯楽室に呼び出され、ラーデ様から労いの言葉を頂いた。
「いくら公爵家の娘とはいえども、あの方々相手では、わたくしだけでは小娘と侮られてしまいますし、お父様は戦争もあり多忙を極めております。貴方があれだけ気に入られれば、取引においても少なからず有利に進められる可能性が高まりますわ。ライゼンシュール様もしっかりと接待させるように、と仰っていましたの。協力して頂けるかしら?」
「当然でございます、ラ・アストラ」
ライゼンシュール様とはほとんど話せなかったし、気難しそうに見えたので心配だったが、どうやらそれも杞憂だったようだ。
「皆、本当によく働いてくれています。明日は予定がありませんし、身の周りの世話はシャーレとグランテニアの方に頼みます。他の者は休日としましょう。今夜は無礼講ですわ。存分に楽しみましょう」
ガトーさん、セレタさんをはじめ、護衛のザスト隊長やグレアムまで呼んでいる。
今日のラーデ様は相当に機嫌がいいようだ。
護衛部隊は当然、全員とは言わないが、ザスト隊長とグレアムはお酒を手に取った。
リスタードを出てから、人数も少ないので当然ながら通常のように毎週休みを取ることなどできない。帝都に入ってから一か月が経つが、俺もシャーレさんと出掛けた際の一回しか休んでいない。久しぶりの休みに皆が笑顔になった。
ラーデ様もとても寛いでいる。ガトーさんやセレタさん達は常に一緒にいるとはいえ、それでも一緒に飲むことは多くはない。俺が知っているのは、ドラクレアに入った直後にラウンジでセレタさんと一緒に飲んでいたのを見たのが最初で最後だ。
護衛まで含めて下々の者と同席するのは輪をかけて珍しいはず。
「では、リスタードの安全と平和、もし戦争が激しくなるようならば勝利を祈って、乾杯」
既にドラクレア帝国軍の援軍は王都付近まで進軍している。
実はラーデ様が交渉していた頃には、既にフェイグテス国境付近まで進軍しており、フェイグテスの通行許可を取り付ける交渉中だったらしい。
数日後、アステリード王国の王都近くで連邦軍と帝国軍が接敵したとの報せが入った。




