第26話 帝都での姫君
ラーデ様は連日、帝都のお偉方と社交を重ねている。
リスタードとも頻繁に連絡を取り、指示を受けながらの外交だ。
国交が結ばれてから五年。色々な貴族や官僚が行き来しているが、リスタード家はその中でもかなり格の高い貴族だ。
帝国にも王国にも、女性が政治に関わることを厭う風潮はない。まだ若く、成人したばかりで実務経験がないとはいえ、これほどの高位貴族が持つ権力や影響力は計り知れない。夜の舞踏会では十剣家をはじめとする、少しでも繋がりたい帝国の有力者が連日ラーデ様の周囲に集まるらしい。
昼間もお茶会や視察で忙しい。
もちろん俺が同席することはないが、常に同道するため、俺も連日色々なところへ行くことになる。
雑用をこなしながら、話す機会も以前より増えた。
「殿方からご覧になって、髪飾りはどちらがよろしいかと思いまして?」
「わたくしは異郷の者ゆえ、帝都のやんごとなき方がどう感じるかは保証できかねますが、ラ・アストラの美しき銀糸の髪には、金の羽飾りがよく映えるかと存じます」
最近は男性側の意見を求められることも多い。平民で異世界人の俺の意見が参考になるとも思えないのだが、たいがいは機嫌よく俺の選んだものを使って頂ける。
今日は帝国で大きな勢力を誇る大商会、バゲランデロ商会の会長と、王国の大商会であり、リスタードに本拠を置くログエイラー商会の会長との昼食会だ。
現在、王都とリスタードは厳戒態勢にある。
全く行き来ができないわけではないので物資の補給は何とかなっているようだが、経済は滞っており、戦争に必要な武器や備品の開発、生産にログエイラーを初めとする王国、リスタードの商会はかなりの労力や資金を取られている。
他の地方での商売はできているが、多くの戦争関係の商売は国庫からの支出になり、国全体としては赤字となる。
戦後の復興を見据えて、帝都の商会とのつながりを強化しておくための会合だ。
ちなみにログエイラーは王家の後ろ盾を持つ、実質的な国営企業らしい。
グランテニア御用達の食事店に向かう。
豪華な小舟で奇麗な川をゆっくりと進む間、ふと先日シャーレさんと行った食事店が目に入った。
その時の移動は歩きだったので反対側の入り口から入ったが、間違いない。
「川の方から見るとまた雰囲気が違って見えますね」
「え?」
シャーレさんが首を傾げる。
「あそこの店、こないだの店ですよ。二階の席もあったんですね。屋根や壁がない席は景色が奇麗そう」
「ああ、あの店ですか?川からだと分からなかったです。夜に通してもらえたら夜景が素敵そうです」
「料理も美味しかったですしね」
「カリアレでしたっけ。近くの海で獲れるらしいですけど、ああいうのも新鮮な内にリスタードでも食べられるようになるといいですね」
「冷蔵、冷凍の魔道具はありますから、そう遠くない内に実現できるんじゃないですかね」
長時間稼働すると周囲の魔素を消費し尽してしまう。移動し続ければいいのではないかと思ったが、ガレッド車にしても人間にしても、夜通し移動し続けることはできない。恐ろしく短時間で稼働が止まってしまうらしいので、食料などの輸送には現時点ではあまりにもコストに見合わないらしい。
カリアレは脂ののった赤身の魚だ。バターを回しかけながら焼いた料理は濃厚で、口の中に豊潤な香りが広がるジューシーな味だった。
バターはこの世界ではクレミエというが、やはり贅沢品らしくあまり出回っていない。俺もこの世界では初めて食べた。
先日の食事の味を思い出していると、ふとラーデ様がこちらを見ていることに気付いた。目が合うと、澄ました顔で口を開く。
「随分楽しんだようですわね」
「あ、はい。その節はお休みを頂き、ありがとうございました」
シャーレさんがくすりと笑う。
「お嬢様。気になるようでしたら、テラードさんに連れて行って頂いてはいかがですか?」
ラーデ様は少し意表を突かれたようで、少し目を丸くしていた。
「・・・それもよろしいかもしれませんわね」
「私はテラードさんを独占するつもりなんてございませんよ。お嬢様も、もっと気ままにテラードさんを連れ回してはいかがですか」
「そ、そうなの。でしたら、誘われてあげてもよろしくてよ」
「は、はい。光栄でございます、ラ・アストラ。是非ともご一緒させてもらえましたら」
つんと澄ました顔で言うラーデ様を、シャーレさんはあたたかな目でみている。
うすうすもしかして、とは思っていたが、どうやらラーデ様にはかなり気に入られているようだ。
もの凄く嬉しいが、身分差が大きい。王国では政略結婚も恋愛結婚もあるが、高貴な者ほど政略結婚が多いのだ。
もし仮にラーデ様と結婚すれば、俺が貴族になるか、彼女は平民になるということだ。美談に聞こえるかもしれないが、現実的ではない。
シャーレさんとも少しずつ距離を縮めていたのだが、今の対応はラーデ様に譲るように見える。
と思ったが、食事屋に着いて舟から降りるとき、シャーレさんは小声でこっそりと告げてきた。
「ヴィータ教は妻も夫もひとりと定めてはいませんから。他の人なら許せないですけど、お嬢様をもし射止められたら、私は二番目でもいいですよ」
「いやあ、難しいように思いますが」
苦笑いで言うが、シャーレさんはニコニコとしたままだ。
「最初は変わった男に興味を持っているだけだと思っていたんですけどね。結構本気っぽいから、それなら応援したいんです。どうなるかは分からないですけど、もし泣かせたら私も許しませんからね」
「そんなつもりはありませんけど・・・」
「でも、お嬢様が二番目を許さないって言ったら、悲しいですけどね」
それは、その場合は身を引くということだろうか。
確かにラーデ様は今までに見たこともないほど美しい容姿をしているし、居住まいや優しい性格も好きだが、年も離れているし、今のところはそういう対象に見ていたわけではない。
それよりはシャーレさんと対等な関係を楽しんでいたのだが。
まあ、今考えても仕方がない。大きな戦闘はないが、それでも戦争中だし、今は毎日を精一杯生きていくだけだ。




