第21話 交渉
「さて、では交渉をしようか」
目の前の男はそう言った。優美な男だ。柔らかく細められた目、すっと通った鼻筋の下にはこれまた柔らかく吊り上がった口元。ものすごく優しそうでいい男そうだが、なぜか俺の第一印象は”腹黒そう”だった。
とはいえ、それも当然かもしれない。優しいだけの男であるはずはないのだ。
ブラッド・グラン・フォン・グランテニア。帝国の誇る名家グランテニアの若き当主なのだから。
帝国において、父親が存命中なのに、当主が変わることはそうないらしい。それなのに、三十歳になると同時に父親が隠居した。帝国でそれが起きたということは、それだけでこの男が只者ではないことがわかる。
帝都に着いて、俺たちが連れられたのはグランテニアの邸宅。その日はゆっくり歓待されて、翌日呼び出されて向かった先に、当主様とラナスレーテラ様、そしてグランテニアの偉そうな人が二人。それと王国の方でラーデ様、ガトーさん、ザスト隊長。
つまりはまたも俺の情報を提供しろと言うことだろう。そう思ったが、交渉と言う。もちろん俺に権限などあるわけもなく、ラーデ様が口を開く。
「彼の情報も含めて、連邦の軍について必要な情報は全て開示致しました。協定に沿って、軍事協力をお願いしたく存じます」
「うん。軍事協定ね。この状況では簡単に効力を発揮できない」
「・・・フェイグテスですか」
「そう。我が帝国とアステリード王国は国境が接していない。我々が軍を派遣するためには、フェイグテスからの通行許可がいる。が、協定があっても王国のやられ具合をみるとねえ。私は通行許可を得るのは困難だと思うよ。あの国にそんな度胸はないさ」
その問題については俺も聞いていた。フェイグテスにいる最中にはフェイグテス側と交渉すべく連絡を取ったが、門前払いだったそうだ。既に戦争は膠着状態であり、最初の急襲で国境が動いて、今は停戦中。それで終わり、協定の効力が発揮される状況にない、という言い分だった。国際的にそれが通じるのかと疑問だったが、実際に通っているようだ。
「最初は新兵器にしてやられましたが、今は渡り合っています。フェイグテスに圧力をかけ、通行許可を。そして連邦には外交での交渉を。それに、我が国に前掛かりになっている今なら、帝国から連邦に攻め入れば領土拡大を見込めるのではないでしょうか」
「まあ私の力ならそれも可能と言えば可能だが、そこまでのことは協定に含まれていない」
「連邦の領土を奪い取ることは有益では」
「そうでもない。我々との国境の方に新兵器がないとも限らないのだから、こちらの被害を軽視できない。従って、我々としてはもう少し旨みがないと協力する意義がない」
「それでは、協定に何の意味もないではないですか」
「あの協定の実効範囲はそんなものだよ。そんなことも知らずに来たのかい?姉が助けてくれるって」
「そんなことは・・・。失礼致しました」
「ここへ貴方達を受け入れて、交渉しようと言っている。私がレーテの頼みを聞いていなかったら、それ自体もないということを理解してほしいね」
「・・・それについては感謝致します」
「うん。我が愛しの妻の頼みだからねえ。といっても、貴方から交渉で引き出せるものは限られている。もちろん在国大使よりは権限があるだろうがね。アステリード王とも連絡は取っている。唯一、私の妻の血縁というだけでは弱いよ」
「では、交渉で何をお求めでしょうか」
「彼の知識だ」
全員が俺を見た。
「サスペンション、蒸気機関、人力の二輪機械。その他にも研究している技術全てが面白い」
随分詳しそうだ。ラーデ様からラナスレーテラ様への情報なのだろうか。
「・・・随分お詳しそうですね」
ラーデ様も同じことを言った。どうやら違うらしい。
「ふふ、我が国の情報網を甘くみないで頂きたいな。君がレーテに何も言わなくとも、色々なことが耳に入ってくるのさ」
「そのようです。では研究中の情報の公開をご希望でしょうか」
「それと、彼の身柄を頂きたい。もちろん王国以上の待遇を約束するよ」
「それはできません。彼は我が公爵家の従者です」
「今は上級使用人の服装だが、設備管理の下働きだろう。公爵家が後見したり保護する身分にはない」
「いいえ、わたくし付きの従者です」
いつのまに。いや、ラナスレーテラ様との会食に際して服をもらった時から、一応立場はそうなっていたのか。一時的なものだと思っていたが、交渉のためにそういうことにしているのだろう。
「ふむ、そういうことにしておこうか。しかし、公爵家と本人の同意があれば退職できるだろう。それで我がグランテニアで雇い入れる」
というか、それで戦争への援軍に対する対価になるのか。しかし、それだけ俺の半端な知識に価値があるということだろうか。
だとすれば、思ってた以上の価値だったということになるが。再現できる知識がなくても、アイディアだけでそこまでの価値があるとは。正直こちらの技術で再現できないなら意味がないと思っていた。
ラーデ様が押し黙る。これは、俺が売られる流れだろうか。
まぁ故郷と家族のためだ、異世界人一人と天秤にかけるものではないのは分かる。俺の待遇が悪いわけでもなさそうだし。
とはいえ、その待遇面が心配ではある。公爵家ではよくしてもらったが、他の国で同じとは限らない。
こんなことを言っているが、結局知識だけ吸い取られて放り出されるだけの可能性もあるわけだし。
もし引き渡されるなら、何とか俺の要望を聞いてもらって、条件面に口を出さなければならない。
「・・・少なくとも、彼自身が納得しないのならば、要求には応じられません」
「ほう。では彼が応じれば交渉は成立だね。テラード君、発言を許可するよ。話を聞いてどう思った?」
再び俺に注目が集まる。どうすればいい。ラーデ様や皆のためだ。行くのがベストだ。そう思ったが、軽く深呼吸をする。頭を回転させる。
違う、このままでは王国は要求を呑むだけで終わってしまう。交渉なら、もっと王国側にも利益を引き出さないといけないはずだ。
「発言をお許し頂きありがとうございます。その交渉が成立という場合の、援軍の詳細な中身について存じ上げませんので、判断致しかねます」
当主は片目を少しだけ開いた。
「ああ、ここまでの協議内容も知らないしね。フェイグテスに塩の輸出制限を勧告し、通行許可と連邦への寝返り等について圧力をかける。連邦へ声明を出し、王国へ援軍を派遣、同時に二面作戦で我が国の国境からの連邦への攻勢をかける。こんなところだ。具体的な期間や範囲まで聞くかい?」
「いえ、そこまでは専門家ではないので分かりません。専門家であるガトー様やザスト隊長と協議させて頂きたいと存じます」
「今ここで答えろ、と言ったら?」
当主が薄く笑った。実際、俺にはさっきの条件を聞いても妥当かどうか分からないし、さらに何か引き出せるのかも分からない。
「その場合は、ライアルラーデ様のご判断に従います」
「ほう、随分高い忠誠心だ。・・・まあいいだろう、今日の夕食に君も同席したまえ。それまでに話し合っておくように」
そう言って、妻を連れて出て行った。ラナスレーテラ様はほとんど発言しなかった。問題ないということなのだろうか、それとも今は帝国人ということなのだろうか。
それすら俺には分からない。何がベストなのか、何も分からない。




