第20話 久々の魚料理
夕方頃、領主館に到着する。二階建ての豪勢な館だ。とりあえず姉君と今後の方針を話し合う。といっても細かな話は付き従うだけの俺達には関係ないが。
夕食は労いも含めて全員で、ラナスレーテラ様と同席する名誉を賜った。
食事の前に身を清め、衣服を整える。会食ともなれば平民の恰好という訳にもいかないらしい。公爵家の制服もボロボロで、とても使えなかったが、ガトーさんから上級使用人の衣服を頂いた。状況が状況なので、傍仕え扱いしてくれるとのこと。
広々とした食堂に入ると奥に侍女達が控えていて、奥の席にのみ、女性が座っている。
ラーデ様に非常によく似ている。銀髪の長い髪はふんわりとウェーブしていて、妹より優し気な目つきだ。ラーデ様以上に華奢で儚げで、まるで女神のような雰囲気の女性だ。
「お姉さま!」
「ラーデ!」
ラナスレーテラ様は立ち上がり、ラーデ様と抱擁を交わした。
「ああ、よかったわ。よく無事で!戦争になったと聞いて、血の気がひいたのよ」
「大丈夫です。リスタードも王都も無事ですわ。残念ながら、多くの民が犠牲になりましたが」
「そうね・・・。それでも、あなたにまた会えて嬉しいわ」
ひとしきり再開を喜びあったあと、姉君はこちらへ向き直った。
「ガトー、それに皆様。本当にありがとうございました。わたくしはラナスレーテラ・クレス・グランテニア。妹の護衛、感謝致します」
右手を腰の前に、手のひらを自分に向けておろし、優雅な所作で礼をした。どうやら頭を下げる習慣のないアステリードとは礼儀作法が違うらしい。同じヴィータ教の国なので似ている部分が近いと聞いていたが、マナーが心配になる。
「我が妹、リスタードやアステリードのため、我が夫も協力を惜しまないと申しております。まずは我が屋敷でお越しになり、これからのことを話し合いましょう」
「は、ありがとうございます。」
「ガトー、皆様を紹介してくださるかしら」
「は。こちらが護衛部隊の小隊長、ザストです。我が領地の基地に所属する王国軍所属ですが、要人警護ということでラーデ様に付けさせました。私の昔の部下です。領地の騎士は全て残しました。騎士たちには防衛に全てを懸けさせましたし、この小隊が我が領地の部隊で最も精鋭です」
初耳だった。ということは、ガトーさんが昔は王国軍だったということだろうか。
グレアムと小隊員、侍女の二人も紹介される。というかグレアムも精鋭ってことか。
「それと、彼は迷い人のテラードという男で、連邦の新兵器についての見識を持つことから、保護致しました」
「あら、あなたが」
「お会いできて光栄です」
とりあえず、王国式の礼をする。右手を握って地面と水平に胸に当て、左手は背中の腰に回し、右足をそのままに左足を引いて足を折り、左の膝を地面に付ける。
「妹の手紙で読みました。なかなか面白い方だと伺っております。こんな時に妹に着いてきて下さるなんて、感謝致しますわ」
「は、光栄でございます」
一体手紙に何が書かれていたのか。ちらりとラーデ様を見ると、素知らぬ顔で明後日の方を見ていた。
「では、食事に致しましょう。皆様、緊張なさらないで。これは褒賞の意味もございますし」
そうして、食事が始まった。コースの出し方は以前のリスタードで行った高級店と同じだ。とりあえず、その時さんざん覚えた作法でいく。周りを見ていても、特に問題はなさそうだった。
まずは前菜。さっそくドラクレアの名物である魚料理だった。まだフェイグテスとの国境の街なのに。どうやら海の魚ではなく、ユモという川魚らしい。
小さく切って、みじん切りにした野菜と混ぜ、ソースとあえてある。火は通しているようだが、地球のタルタルのようだ。非常に丁寧に下処理をされているようで、臭みは全くない。
この世界で初めての魚はあっさりとした味で、甘酸っぱいソースとよく合っていた。少し辛い玉ねぎのような野菜が食欲を刺激する。
次にスープだ。ユモの骨や小さな身をたっぷりと入れて、ブリエと野菜と水で煮込んだという。魚のだしがしっかりと出ていて、酸味と野菜の甘さが絶妙の、トマトスープのような味わい。
ブールは堅めのブールで、油の風味がしっかりと付けられたタイプ。フォカッチャのような感じだった。
それから、魚のメイン料理。細長い焼かれた白身魚に、黒っぽいソースがたっぷりとかかっている。
口に入れて懐かしさが広がった。完全にウナギだ。香ばしいほくほくとした身に、甘いソースをしっかりと絡める。
白米が欲しい。この時にはもちもちとしたブールが出てきた。
フォカッチャのような物よりは合うが、米を見たことがないのが残念すぎる。この世界にはないのだろうか。異世界ものの定番で考えるなら、紅龍連邦のさらに東の島国にあったりするのだろう。
魚の名前はノーグ。なんだか名前まで似ている気がする。ドラクレアでもそんなに出回っていない川魚だという。また食べられれば食べたい。
それから、肉のメイン料理。そういえば、コースの順番は地球のフレンチと変わらない。王国では魚がなく、高級店では肉が二種類出てきたが。
塩をかけて焼いたブルーマーは香草をあまり使っていないらしく、臭み取りにだけ使って、肉本来の味を引き立てた調理法だ。それに肉汁とカミェを合わせて煮詰めた、豊潤なソースがかかっている。いい肉で、かつ塩に困らない地域でないと作れないと思われる。
王国では高級店でさえ、香草をもう少し使っていた。使い方は絶妙だったが。
ブルーマーは非常に柔らかい赤身で、分厚く中はロゼ色だ。かめば簡単に口の中でほぐれ、ソースと混ざり合う。肉の旨みと、肉の旨みをそのまま使ったソースの二重奏が口の中で広がる。カミェとの相性も抜群だ。
食後にはケーキも出た。ふわふわで甘い生地。
以前にも食べたが、ブリーと言って、粉はブールと同じらしい。高級品である植物由来の砂糖を入れて作る。
それにクリームがたっぷりとのっている。アグスという木の実の一種を炊いて、ふわふわでほくほくになった身を潰し、ブルーマーの乳から造る生クリームと混ぜた物だ。
さらにたっぷりの蜜がかかっている。蜜にも何種類かあるが、虫ではなくモーネと呼ばれる獣が厳選された花から集めた、最高級の蜜らしい。
間違いなくリスタードの高級店を超え、この世界でこれまでの最高評価にできるコースだった。
食後に度がきつめの酒も出てきた。カミェから造ったブランデーだ。甘い口当たりで最後を幸福感で締めくくってくれた。
皆、最初は緊張していたが、ラーデ様と姉君が二人で話し始めて、酒が進むにつれて、割と自由に喋っていた。合計半月ちょっとの旅だったが、気安い仲間だ。楽しい時間だった。
会食の翌日には、朝から帝都へ向かう。
ここから帝都までも、半月ちょっとかかるようだ。
グランテニア領は東の方なので距離は変わらないが、今は主要な政治家がほとんど帝都にいるので、そちらへ向かう。
帝国はまだ王国と国交が結ばれてそれほど長い期間の経ってない国。五年前にアステリードの王女とラナスレーテラ様が輿入れした時に国交と連邦への軍事協定が結ばれたと聞くが、協定自体の歴史も浅いのだ。この戦争にどれだけの協力を引き出せるか、それはこれからの交渉にかかっている。
もちろん駐在官はいて、今も交渉しているはずだが、グランテニアと親族であり王国でも非常に力をもつリスタード家の姫君の力は大きい。
十五歳のラーデ様に、国と領、家族や民の命がかかっている。
ガトーさんが言うには、戦争が膠着状態なのは俺の情報により、連邦が計算していたよりも迅速に王国側が対抗策を展開したせいだろうと言う。
当初の予定では新兵器による短期決戦。ところが、想定の兵力では攻めきれなかった。そこで連邦は奪った領地の実効支配を強めて体制を整えつつ、本国で銃や大砲をさらに生産していると思われる。
体制が整えば、連邦は再び侵攻を開始する。和平交渉は全く聞く耳を持たないらしい。
一刻も早く帝都に行き、なんとか協力体制を整えなければならない。大勢の護衛と共に帝都へ向かった。
ラーデ様たち姉妹は侍女とともにグランテニアのガレッド車へ。俺は小隊の皆と今まで乗ってきたガレッド車に乗らせてもらえた。グレアム達は交代でガレッドとガレッド車を運用するようだ。
これまでと違い、夜は街に宿をとることができた。美味しい魚料理に舌鼓をうつ。王都のこともリスタードのことも心配だが、今俺になにができるわけでもない。基本的には野営のときより皆の表情は明るかった。とはいえ、時々思い出したように空気が沈む時があった。もし戦争が激化すれば、家族や友人を失うかもしれない。
もどかしい思いを抱えつつ、十四日かけて、俺達は帝都へ入った。




