第19話 姫君はお酒に弱い
ライアルラーデ様は簡素なドレスで、ミクレもしていない。肌の露出はないが、今までお見掛けした中ではもっとも気楽な格好をしている。
王国では女性の肌の露出は非常に厳しく制限されているので、目のやり場に困るようなことはなかった。基本的に女神ヴィータ様が貞淑をよしとするため、この辺りのヴィータ教の影響の強い地域ではなかなか、目の保養になる格好の女性はいない。
セレタさんも同席していた。こちらはいつもの侍女服だ。だが控えているのではなく、同じテーブルを囲んでいる。衛士が外を警備しているし、安全の保証があるのだろう。ガトーさんやザスト隊長など、護衛はいなかった。
それにしても、侍女と同席するのは初めて見た。
完全にプライベートな時間と言うことだろう。同時に二人の気安さが伺える。
「テラード、こちらへいらっしゃい」
俺も混ぜて下さるようだ。気楽な一人飲みが、いきなりハードな接待飲みに変わるわけだが、衝撃的な美しさの姫君との時間なら、楽しみでもある。緊張しながらも中空階に行く。もちろん勝手に座ったりなどしない。
「あれは何の儀式なの?」
「故郷に、ワインというカミェに似た酒がございます。その味を最大限に楽しむ作法です。儀式ではございません」
「へえ、面白いわ。詳しく教えなさい」
そう言って俺と同じカミェを注文した。この世界ではほとんどの国で十代半ばには酒を飲むし、ドラクレアや王国では成人も十五歳からなので、問題はない。
それにしても、なんだか口調が違う。いつもの堅苦しい貴族言葉と言うか、お嬢様言葉がなく、偉そうではあるが年相応の女の子らしい話し方だ。
カミェが運ばれてきた。そして、俺にも正面の椅子に座る許可を頂けた。
向かい合い、テイスティング講座のようにレクチャーを始める。なんだか元カノにワインのことを聞かれて教えた時のことを思い出す。結局その子はカクテルばかり飲んでいたが。
「まず、杯を奥に傾けて色を見ます。カミェでも同じですが、熟成のしっかりした物や度数の高い物ほど濃い目の色だったり、液体の縁取りが奥深い色になります」
「確かに、色の明るい物は質が良くないと言われるわね」
説明とともに実演してみせると、ライアルラーデ様も追従してきた。つぶらな瞳で真剣にグラスを見透かそうとする様が、どんな絵画よりも絵になっていた。
「次に、軽く香りをとります。そして、軽く杯を回します。空気と触れ合わせることによって、香りをより花開かせるのです」
「ああ、少し時間を置くと美味しくなったりするわね。あれは空気のお陰だったのかしら」
「恐らくは。そして、再び香りを楽しみます。この時、最初とは違った香りが楽しめます」
「・・・確かにそうだわ。不思議ね」
「そして口に含み、空気を吸い込みます。ただし、これは高級な食事店などでは汚らしいので控えていました。こちらのマナーでも、控えるべきでしょう。あとは口の中で転がすように味わいます」
これだけで誰でも全部分かるわけではないが、意識してみるだけでも結構違うものだ。ライアルラーデ様は何度も繰り返していた。
そうして故郷の酒の話などしていると、ふとセレタさんが少し真面目な顔になった。
「テラード、シャーレのことだけどさ」
シャーレさんとはあれ以来気まずくて、ろくに話していないままだ。向こうも話しかけてこないし、目が合っても逸らしてしまう。
「やっぱり怒ってる?」
「いや、そういう訳じゃないですよ。ちょっとがっかりしましたけどね。単に何となく気まずいだけで」
「それならいいんだけど。あのね、一応、命令されたわけじゃなかったんだ。ただ、誰か気に入ったようなら積極的にいけって言われたくらいでさ。だから、あの子があんたのことをいいなって思ってたのは、ほんとのはずだよ」
「それなら嬉しいですけど。でもやっぱり、初めて飲んだ日だったのに軽率でした。自分で気付かない内に人恋しくなってたんだと思います。しばらくはちょっと。普通に話す分には話せるようになりたいんですけどね」
「そうだね、付け込んだような部分はあったね。それはごめん。あの子も罪悪感は感じてるからさ。テラードさえいいなら、話しかけてやってくれないかな。あの子、自分からは話しかけられないって悩んでるんだ」
「分かりました。あんまり得意じゃないですけど、頑張ってみます」
「ごめんね、ほんとはあの子が頑張らないといけないことなんだけど」
「随分優しいのね、テラード。やっぱり大きいのがいいのかしら?」
「はい?」
突然、ライアルラーデ様が大きく身を乗り出して話に割り込んできた。大きいって、あれのことか?シャーレさんの身長に似つかわしくない胸の凶器を思い浮かべる。
「殿方は皆そうですね。わたくしも意外とあるのですけどね!」
「お嬢様、いつのまにか結構飲んでますね。もうお部屋に戻りましょう」
「あら、まだ早いわ。テラードとは一杯しか飲んでません」
見ると、俺はまだ全然飲んでないのにライアルラーデ様のグラスは空だった。結構早いペースだ。俺のはまだたっぷりと残っている。
「俺が来るまでに結構飲んでたんですか?」
「そんなでもないけど。教わった飲み方が楽しくて、ついつい進んじゃったみたいだね」
「テラードの知識はとても面白いわ!わたくしをワクワクさせてくれるの!」
「お、お褒め頂き光栄に存じます」
「それに、意外と誠実な感じがするわ!媚びてこないところは褒めてあげます!」
「は、はあ」
思わず素の反応をしてしまった。やっぱり立場に媚びてくる人は多いのだろうか。容姿に媚びてくる人も多そうだが。というか、可愛すぎる。ちょっと目が潤んでいて、とろんとしていて、吸い込まれそうだ。
「あーあ、私は知りませんよ。明日起きた時に悶えることになっても」
「覚えてるんですか」
「まあ、記憶はあんまり無くさないね。後でだいたい恥ずかしさで頭抱えるんだ。最近は飲み方も分かってきて、あんまり飲みすぎることもなかったんだけどねえ」
「なんか、申し訳なくなってきました。俺が先に戻りますよ」
そう言って、席を立ちあがりかけた。ところがその腕をがしっと掴まれてしまった。
「だめよ。これは命令です!わたくしと飲めないと言うの?ちょっとこっちに来なさい!」
ぐいぐいと引っ張ってくる。隣に座らされてしまった。顔が近い。体温を感じる。というか服越しに腿とか当たってる!
「お嬢様!さすがにそれは・・・」
セレタさんも止めようとしてくれるが、腕を掴む手の力は緩まない。
「飲めないなどと言いませんよね。だって、あなたの人生はわたくしのためにあるのだものね?」
とろけるような笑みでそんなことを言ってくる。つい先日俺が言ったセリフだが、ここでそれは卑怯だ。
「ラ・アストラ。恐れながら、ちょっと光栄が身に余りすぎて困ります」
「ラーデでいいわ。特別よ。我が忠義の民」
「ええ?いや、そんな。あの、酔いを醒ましてから言ってもらえたら嬉しいですけど。あ、言ってほしいなんて出過ぎた考えはありませんけどね。嬉しいけど恐れ多すぎて無理ですからね」
「だいじょーぶ!わたくしが許します!」
「いえ、そのお言葉だけで十分でございます。ラ・アストラ」
腕をつねられた。
「いたたたたた!あ、あの」
強まった。半眼でじろりと見つめてくる。
「・・・ら、ラーデ様」
にっこりと笑った。
「うふふふふふ。悪くありませんね」
そうして、次の瞬間には俺の肩にことりと頭を乗せて、目を閉じた。すぐに可愛らしい寝息が聞こえてくる。
セレタさんを見る。ものすごく面倒くさそうな顔をしていた。
「・・・明日が大変そうね」
そう言ってため息をつく。明日が怖い。
幸せな気持ちと恐怖を同時に感じながら、俺もため息をついた。
翌日、迎えは宿ではなく、領主館に到着するとのことで、全員でそちらに向かう。ちなみに国境に面するこの領はアイディという。
領主館に向かうため、ガレッド車に乗り込む時のことだった。
「き、昨日のことは忘れた方があなたのためでしてよ」
ラーデ様がこっそりと寄ってきて、真っ赤な顔をして言ってきた。全く持って、いちいち可愛いのだ、このお方は。
「是非もございません。ラ・アストラの御心のままに」
昨日はこちらも少し態度を崩してしまったので、戒めの意味も含めて恭しく返答する。ところが、ラーデ様はちょっと口を尖らせて、顔を寄せてくる。
「そこまできっちり他人行儀になさらずともよろしくてよ。・・・そうね、小うるさいのがいない時なら、ラーデと呼ばせて差し上げます」
小悪魔めいたことを言う。小うるさいのとは誰のことを言うのか。
だが距離が縮まったように思えて嬉しかった。きっと、忘れられない夜になるだろう。




