閑話 とある迷い人
「あら、あなたは確か・・・」
「グレアムです、リーメ。テラードを預けに来た、ヴァーレイン小隊の一人です」
「そうだわ、そうだわ。今日はどうかなさいましたか」
「様子見に来たんです。休みなもんで」
(実家もあまり敬虔な信徒じゃないし、教会なんていつぶりに来たっけなぁ)
そんなことを考えながら、確かマーシャという名前だったリーメに連れられ、グレアムは馴染みのない、いかにも神聖ですと言わんばかりの建物の中を進む。思い出すのは、先日の任務中の出会い。
大森林の哨戒任務。危険でしんどいし、ろくな食事もできず、野営の日々が二十日も続くこの任務、当然のことながら楽しいことはない。
だが、歴史あるこの国で最も誇りある任務だし、手当もたっぷりと付く。栄えある王国軍に嫌がる者などいない。ましてや、ザスト・ヴァーレイン率いるこの小隊は危険とも無縁だ。
伝説の傭兵、竜殺しのガトーに鍛えられたあの小隊長は、普段は気さくで豪快なおっちゃんだが、戦いになればグレアムの知る限りあれほど恐ろしい男はいない。
まぁ、その辺りの数々の逸話は今は関係ないが。
とにかく、その哨戒任務で、全くもって珍妙な男に出会ったのだ。
最初はまだ発見されていない原住民でもいたのかと思った。だが、ボロボロではあるがまともな衣服を着ていた。といっても、この国で公共の場においては非常に不適切といえる・・・端的に言えば扇情的なデザインの衣服だったが。
だが、言葉が通じなくとも、嫌な感じはしなかった。少なくともグレアムや小隊の仲間にとっては。
彼は全く抵抗せず、軍のクソまずい野営用の質素な携行食に涙を流し、数日後にはいくつかの単語も覚えた。
恐らく迷い人だ、と判断された。この地に赴任してから長い隊長のザストすら、これまで遭遇したことはなかったという。
身振り手振りと指の本数で、テラードに何日森を彷徨っていたのか確認したところ、一月と二週もの間、一人で生き抜いたのだ。発見時にはかなり衰弱していた。
さて、もうそれなりの日数が立つが、グレアムはまだ宿舎で別れて以来テラードに会っていなかった。これでもなかなか忙しい身なのだ。
再会して、とりあえずは多少健康そうだったので安心した。教会の食事などろくな物ではない。それでも、大森林でまともな物を食べられない日々よりは健康的な生活なのだろう。
そこそこ喋れるようになっていたので、差し入れの肉を教会の皆と食べつつ、前の世界の話を聞いた。ところが、これが今まで聞いたこともないような、とんでもない世界だった。
子供たちは純粋に聞いているが、グレアムとマーシャは顔を見合わせた。あまりにも信じがたい世界だ。ところが、テラードの話には矛盾点や適当なところがなく、全てがあたかも当然、実際に見て、生きてきた経験を伴うものだった。
とりあえずザストにも報告した。すると、少し硬い顔で対応すると言っていた。
通信機は子供でも持っているし、ガレッドがいなくとも鉄の車が動く。空も飛べるし、宇宙にも行った。世界中の情報が小さな端末で調べられるし、戦争は都市一つを丸ごと消え去る悲惨な物があったというのだ。
グレアムは深く考えていなかったが、この時ザストはその知識の有用性に気付いていた。
気持ちとしては、そんな世界などありえないと思うが、その中の技術のいくつかは、こちらの世界で再現できればとんでもない技術的、魔道的ブレイクスルーを起こしかねない。
本人は、そんな風に異世界で無双する話も故郷にあったが、自分には何の知識もないと言う。だがこの世界の人間達が思いもつかないような斬新な発想や技術が存在するのだ。本人が実現できなくとも、何らかの有用な発見があるかもしれない。
本人は仕事を見つけてのんびり生きていきたい、できたら故郷に帰りたいと言っているが、どうなるか。この教会のリーメは公爵家と深いかかわりを持つ。リスタード家は誇りある貴族であり、かなり下々に寛容な家だが、放置するわけにもいかないだろう。報告が上がれば最後、囲い込まれるのは間違いない。
案の定、テラードが生活に慣れた頃、公爵家に雇われたと連絡が来た。それもライアルラーデ様が直々に連れて帰ったという。少し心配になったが、そうなってしまっては、ザストにも何もできなかった。
グレアムが公爵家に行ってからさらにしばらくして、ザストが昔の上司であるガトー氏に話を聞いた話をしてくれた。リーメは異世界のことはあまり話さず、ライアルラーデ様の慰問の日に引き合わせただけだと言う。
「じゃあ、とりあえず面白そうだから連れて帰った、って感じなんすか?」
「そういうことらしいぞ。普通に就職するなら待遇もいいしな。色々と異世界の技術について情報提供させてるみたいだけどなぁ。ま、リスタード家は寛大な御方達だ。悪いようにはされないんじゃないか」
「あいつ、危機意識なさそうっすよね」
「なんか住んでたところ平和だったらしいしな。俺たちが先に聞いてりゃともかく、グレアムが異世界の話を聞いたときにはリーメがいたわけだしな。どうにもできん。公爵家がきっちり保護してくれることを祈るしかないさ」
ザストはそう言った。グレアム程度の立場では公爵家と接する機会などないが、この領の評判は非常によい。それにザストはガトーとのパイプもある。グレアムはとりあえず、飲みにでも行くか、と考えた。
テラードと飲んでみれば、確かに問題はなさそうだった。情報についても広めないように指示しつつ、普通に仕事もさせ、それでいて技術開発にしっかり関わらせている。褒賞もしっかりと約束されているようだ。
これが平民を人とも思わない貴族だったらこうはいかない。大森林に放り出されて、何かあると口癖のように遭難よりはマシだ、と言うテラードだが、こいつ結構運いいんじゃねえの。グレアムはそんなことを思った。
第2章の前を少し書き溜めてから投稿します。仕事も忙しくなるので何日か空くかもしれません。