第17話 これからのこと
数日後にはフェイグテスに入った。厳密には密入国だったが、この世界の国境など管理が甘いものなので、誰も気にしない。
フェイグテスでは十数日ぶりに宿に泊まった。この辺りには連邦の軍の展開もない。そして、その夜、ライアルラーデ様に呼び出された。
「テラード、あなたはどう致しますか?フェイグテスは資源的にも地理的にも、紅龍連邦にとって価値が低く、侵略の旨みがない国。軍事力も低いですから、近隣諸国が連邦の支配下に下れば、無条件で傘下に入るでしょう。誇りのない国ですが、同時にしたたかでもあります。戦場になることは少ないでしょう。貴方には、わたくしたちに付き従う理由がありません。離れるなら、この国が安全でしてよ」
ガトーさんやセレタさん達は貴族であり、公爵家に誇りを持って仕えている。ザストさんやグレアム達は軍人であり、任務に忠実だ。俺だけが、異分子だった。リスタードにもアステリードにも関係のない、無関係な他人。
「・・・これから、どうなされるのですか」
「戦争に勝てれば、どうもこうもありません。すぐに復興し、元通りの毎日を取り戻すでしょう。とはいえ、かつてなく厳しい戦いになりそうなのも事実です。連邦は力が全ての国。もしも負ければ植民地、あるいは属国となり、我が国、我が領地の民が、辛く苦しい日々を迎えるのは明白。わたくしはリスタードの血族として、それに抗うことになるでしょう」
遠い世界の話のように聞こえた。平和な日本に生きていた俺には、実感がわかない。漫画や小説でよくあるように、異世界に行ったら無双できるなんてことはない。
付き合っていられない。元の世界に帰りたい。帰れないのならば、せめて穏やかに生きていきたい。
だが。
「わたくしめが、何かのお役に立てるでしょうか」
なぜか、そう聞いていた。自分でも分からない。必要だと言われたら、付いていくのだろうか。
「・・・それを聞いてから決めることではありません。わたくしたちのことを気にする必要もございません。ただ、貴方の望むままに生きればよろしいのです」
必要とも必要ないとも言われなかった。はっきり言われれば、きっと楽だったのに。言われたままに、楽な方に決めただろう。
ガトーさんやザスト隊長は微動だにせず、虚空を見つめている。グレアム達は今頃風呂だ。セレタさんとシャーレさんは俺を見ている。じっと見つめている。
俺にチート能力でもあれば彼らを助けるのだろう。助けたいという気持ちはある。リスタードの色々な人達によくしてもらった。彼らのためならば力になりたい。しかし、何の能力もない俺が何の役に立てるか、という疑問もある。必要なはずがない。足手まといと一言言われれば、何の気兼ねもなく安全圏に逃げられる。
なのに、ライアルラーデ様はそうは言わなかった。
「・・・もし、今後も敵がそちらの世界の兵器を再現してしてくるなら、あなたの情報それ自体に価値があります。父はあなたを囲い込もうとしておりました。サスペンションや蒸気機関など、他所で開発されれば利益を享受できませんから。」
「テラード。お嬢様はお前が何も知らぬまま自由を奪われることを良しとせず、当主様に働きかけて下さっていた。他の領地ではそうはいかないだろう。ここで離れるのならば、今後は目立たぬようにしておくことだ。そして、もしこのまま我々についてくるのならば、簡単には離れられぬと思え」
「ガトー、おやめなさい。何の関係もない無辜の民を、権力を笠に着て縛り付けることはよしとしません」
「もちろん、無理に縛り付けるわけではございませんが」
一瞬考えて、はっとした。強制ではなく囲い込むなら、金か女だ。思わずシャーレさんを見る。目が合って、気まずそうに逸らされた。当然、ライアルラーデ様も気付く。
「・・・殿方の考えそうなことです。テラード、貴方も少し軽率でしてよ」
「み、未遂です!」
変な声が出た。何故言い訳してるんだ俺は。
「お好きになさい。ただし、そんな邪な考えでついてくるべきではなくてよ。わたくしたちは亡命者。もしも国がなくなれば難民です。公爵家の力にも何の意味もなくなります」
「そ、そんな考えではございません。わたくしめを拾い上げて下さったのはあなた様です、ラ・アストラ。あのときから今日まで、短い日々ではありましたが、わたくしめの人生はあなた様のためにありました。仲良くなった人達も大勢います。この世界においては、故郷です。力になれるのであればなりたいのです。もしかしたら、少しは連邦の兵器に対する対抗策など浮かぶかもしれません」
お金になるかもという算段もあったが、このお嬢様が喜んでくれるかと思って、向こうの技術を頭を絞って思い出して、提供した。別にそんなことをしなくても、ほどほどの職について生きていければよかったのに。チートなど諦めていたので、普通に生活したかっただけだ。それなのに、気付けばなんとか地球の知識を役に立てないかと動いていた。あまり考えてなかったが、今気付いた。このお方のためだ。付き合いたいとか恐れ多いことは考えてないが、少しでも役に立ちたい。だから今さっき、思わず聞いたのだ。
それに、地球の人間が兵器を開発してリスタードの人々を死なせたというのなら、こちらにも地球の味方がいないと不公平だ。
「わたくしめもリスタードの民でございます。恐れ多くも、ほんの少しでもラ・アストラのお力になれれば、これほど光栄なことはございません」
すると、ライアルラーデ様は少し意外そうな顔をした後、にこりと笑った。今まで出会った、どんな女性の笑顔よりも魅力的な笑顔だった。
「あなたの心はわかりました。リスタード公爵家はいつかその忠義に報いるでしょう」
「身に余る名誉でございます」
なんだかんだと元の世界に戻れないかと調べるため、図書館に通ったりもしていた。あまり考えないようにしていたが望郷の念はあった。だが、戻れないなら生きていくしかない。
生きていくなら、このお方やリスタードで出会った人々を見捨てる気になどなれない。例え役に立てなくとも、一人で逃げることはできない。
腹を括ろう。この世界に生きる限り、リスタードに囲い込まれてもいい。リスタードの皆の力になれれば万々歳。ライアルラーデ様のお役に立てるなら本望だ。
思えばこの日、この時が、異世界における俺の新しい人生の、本当の始まりだったのかもしれない。
第1章 ”新しい人生 アステリード王国” 完