第14話 異世界合コン
合コンと言っていいのだろうか。飲み会はいつも使う居酒屋より、少々洒落たお店だった。
先日、セレタさんに連れて行ってもらった店は、洒落てはいたが照明も明るめで開放的だった。今日の店は暗い雰囲気で、席も個室になっている。
「かんぱーい!」
ニールの音頭で会が始まった。ニールは水で割ったヴェナ、女性陣はちょっと質の良いカミェを頼んだ。俺もカミェを頼んでいる。奮発して行った高級店の物ほどではないが、普段飲んでいるカミェよりもワインに近づいた味で、非常にまろやかでフルーティだ。
食事もとても美味しい。まずは新鮮なサラダ。ドレッシングもフレンチドレッシングのような味で美味しい。スープはコーンのような穀物のポタージュ。かなり濃厚で、素材の特徴が引き出されている。口の中で余韻が残る味わいだ。ブールもふわふわの物と、イタリアのグリッシーニのような固くて細長い物がある。ほんのりと塩気があって、カリカリとつい食べ進んでしまう。
「しかしあんたの考えた『さすぺんしょん』とかいうの、アレ凄いみたいね!ライアルラーデ様が帰りのガレッド車の中で興奮してたよ」
「へえ、そんなに凄かったのか」
「全然ひどい揺れがなくて、ふわふわと乗っていられるって。長距離の移動でもお尻が痛くなさそうって喜んでたよ」
「結構いいお金が貰えたんで、こっちもよかったですよ」
「おおー。じゃあ今日は奢ってくれんのか!?」
「そうね!いやあ悪いねえ、こないだといい」
「いやいや、俺が一番下っ端じゃないですか。平民ですし」
「でも、テラードさんが一番年上です」
「シャーレさんまで。まあ女性陣にはいいんですけどね。ニール先輩は男なんだから奢りたくないです」
皆があははと笑った。
実のところ、俺以外の全員が貴族だ。ニールは子爵家の三男坊、セレタさんは男爵家の長女。もう一人の参加者、シャーレさんも男爵家の三女だ。
シャーレさんはちょうど二十歳くらいの、桃色のふわふわとしたボブカットで、童顔でたれ目、おっとりとした雰囲気の女性で、かなり巨乳。
この国でも結婚年齢は上がってきているが、それでも女性は二十台半ばを過ぎればほとんどが結婚する。二人ともライアルラーデ様を妹のように可愛がっているが、公爵家の使用人男性陣からはかなり熱い人気がある。この二人ならいくらでも奢っても損はない。
この世界の暦なら俺は三五歳くらいになるはずなのだが、どうも成長の仕方も生活の密度も違うらしく、実際の一年の日数を考えず、年齢で考えた方が地球の感覚にも合う。
基本的には俺も、この世界でも二九歳のつもりでいる。今後は誕生日もこちらの暦で考えるつもりだ。
どちらにしても一番年上で、でも貴族と平民で、一番下っ端。
それなのに、気さくな人たちだった。心地よく酔いが回る。
ユグルを焼いて、溶かしたガレッドのチーズをかけたものが来た。地球で言うラクレットのような感じだ。あれも結構、癖のある味だった。熱々でほくほくで、口の中でチーズの旨味が広がるのを、ユグルの素朴な味わいが包んでくれる。
「他にはどんな閃きを持ち込んだんですか?」
「いや、開発中は秘密なんですよ」
「そりゃそうね、ていうか新型ガレッド車が革新的だったから、開発の秘密を探られそうな感じなんだって。あんたを拉致して情報が漏れるかもしれないから、護衛を付けるって言ってたよ」
初耳だ。息が詰まりそうだが、日本とは違う。実際そんな危険があるのならありがたいな。
「お前が迷い人なのは、使用人や飲み屋の連中も知ってるしな。リスタード家で突然出てきた新型馬車に、同時期に現れた迷い人と来たら、関係を疑うのは難しいことじゃない」
「うへえ、いやだいやだ」
「でもそれだけ、いい思いもできるじゃないですか。聞きましたよ、ブルーマー肉で有名なお店、行ったんですよね」
「え、何で知ってんですか」
「屋敷の出入り業者のお花屋で働いているお友達が、入るのを見たって言ってました」
やはり同じ街だと、すぐ広まるな。まあでもそちらはいい。夜の店の方がバレなければ。
そう思ったが、しかし、
「四番街のお店にも行ったんだよねえ?」
セレタさんがにやにやとそんなことを言った。四番街は夜のお店がある区域だ。
「なんのことですか」
笑顔が固くなっている気がする。どこだ、どこから流れた。四番街に向かう時は細心の注意を払っていたのに!
「ニールに聞いたよ」
「ちょ、先輩!最低ですよ!」
「いや、なんか流れで?」
「最低なのはテラードさんです!がっかりです!思ってた人と違った!」
「あーあ、シャーレ、このくらいの年の優男が好みだったのに、勿体ないことしたねぇ」
「え、ほんとですか。てか、セレタさんが言うからじゃないですか!」
酒が進む。食事も進む。メインは黄色いがトマトのような酸味のブリエという野菜と一緒に煮込んだバンジェ肉。盛り付けも華やかだ。肉はしっとりと柔らかく、それでいて食べ応えはある。まずは酸味のあるソースの芳醇な味わいが口に広がり、それからソースと調和した肉の味が、味蕾を刺激する。噛めば噛むほど旨味が溢れて来た。
「てかテラードさん、細いけど、結構筋肉ありますよね」
「ああ、元の世界でも結構鍛えてたんで」
「そういう仕事だったの?」
「いや、普通の・・・何ていうか、この世界の基準で分かりやすく言ってしまえば、大商人のところの雇われです」
「どんな物を売ってたんだよ」
「えー、色々ですよ。外国から鉄とか、酒とか、食べ物とか」
「外国に行くこともあったんですか?」
「そうですね。現地の人と交渉したりもしてたんで」
なんと、デザートがあった。ブールともまた違う、甘い果物が入ったふわふわの甘い生地に、たっぷりと蜜がかかっている。日本のケーキに比べれば相当劣るが、砂糖や蜜は贅沢品だ。素朴で優しい甘さが口に広がる。この世界で初めての甘味に、甘党の俺の舌が歓喜した。
食事を終えると、二階に上がった。バーのような酒を出す店になっているのだ。
風に当たってくると言って、ニールはセレタさんとバルコニーの方に出て行った。何気にうまくやっている。セレタさんも満更でもなさそうだ。
シャーレさんと二人きりになって、ソファのような革張りの椅子に並んで座り、酒を傾ける。お互いかなり酔っていた。シャーレさんは腿や腕が触れるような距離だし、俺はシャーレさんの手を握っている。
「今日は楽しいですね」
「そうですね、ほんとはちょっと緊張してました。三人とも貴族だし、年も離れてるし」
「あはは、子爵や男爵くらいじゃ平民と大して変わらないですよ。うちも下手な商人よりよっぽどお金ないですし、庶民的です」
「故郷でも、だんだん貴族より商人の力が強くなっていった歴史がありますね」
「歴史が似るのも不思議ですね。獣は全然似てないんでしょ?」
「魔法もないし、亜人もいません。なのに、人間は故郷とほとんど変わらない見た目です」
「ふーん、美醜の基準も同じなんですか?」
「こっちで色んな人と話してる感じじゃ、同じような基準ですね」
「そうなんだ・・・。故郷では、モテてたんですか?」
「うーん、人並には」
「私は、結構カッコいいと思いますよ。このくらい年が離れてる人が好きだし。・・・四番街に行かなければ」
「いや、そりゃ恋人がいれば行きませんよ」
「ほんとに?」
「本当です」
これは・・・いける。
問題はどこへ行くかだ。ラブホテルなんて物はない。
まあ宿舎の部屋か?でも誰かに見られたら面倒だな。くそ!こっちではどうするのかニールに聞いておけばよかった!スマートに連れ込めないと、下手するとチャンスを逃しかねない。
そんなことを考えていた時だった。
ニールとセレタさんが戻ってきた。二人とも困惑気味の顔だ。
「どうしたんですか?」
「いや、なんか、戦争だって」
「え?」
「戦闘の音とかは聞こえないけどな。戦争だって騒いでる奴と、そんな馬鹿なって言ってる奴と、どっちもいる」
「こんな時間なのに、道路に結構な人が出ていて、かなり騒がしくなってた」
変な緊張感が走る。
「もし戦争だとしたら、紅龍連邦だろうけどな。でも、宣戦布告があれば、とっくに公爵家の全員が知っているはずだし」
「少なくとも、この騒ぎ自体が異常だね。とにかく公爵家に戻ろう」
「そうですね」