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サバイバル異世界  作者: ノワール
第1章 新たな人生 アステリード王国
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第13話 手に入れた日常

 グレアムと飲んで以来、休みの日にはちょくちょく飲んだり遊んだりするようになった。

 兵舎にも行って、ザスト隊長や大森林の時の隊員と話したりもして、教会にも差し入れを持って遊びに行った。


 侍従や下働き、侍女にも仲の良い人がちらほらと増えてきた。酒場の常連の男や、給仕の女の子とも仲良くなって、気安く過ごせる場所がふえていく。仕事も、徐々に出来る仕事が増えていく。

 日常が、日常らしくなっていった。元の世界への恋しさがないと言えば嘘になるが、この世界で生きる自分が、当たり前になっていった。

 そして、公爵家に就職して、こちらの世界の暦で半年が経った頃、リンク式の新型サスペンションが完成した。

 俺は元の世界の暦で誕生日を迎え、二九歳になっていた。


 また、自転車の情報を提供した。

 歯車は実用化されていたので、スプロケットや空気入りのゴムタイヤ、チェーンなどの機構について、絵や言葉で説明をした。

 これもシンプルな物なら再現可能そうだった。


 原始的なベアリングの概念や輪っか状の軸受はあったが、車輪の軸にボールベアリングを使うなどはしていなかったため、その発想についても提言しておいた。

 精度の高い完全な球体の鉄球を作るには技術がいるが、恐らくは、よほど小さくて精密な物でなければ大丈夫とのこと。


 やっと現代知識が役に立ち始めた。

 技術体系が違う上に、地球の技術にも専門知識がなければ、そうそう活用などできない。


 いくつかの分野では、地球より進んでいる技術すらある。

 代表的なのは魔素を動力とする技術だ。

 地球ではバッテリーの小型化や蓄電へ苦心していたし、エネルギー問題が根強いが、こちらでは空気中や生物の体内の魔素を利用するので、エネルギー問題がない。

 その代わり、瞬間的な出力に難があるので、飛行機などの再現に対する難易度は上がりそうだが。

 とはいえ、日常においては、そんな出力がいる状況はそうそうない。


 もし原子力発電のような、莫大なエネルギーを発生させる装置を作れたら、戦争が大きく変わるので価値があるだろうが、全くそんな方面の知識はないし、兵器開発に加担したいとは思えない。


 ほどほどに金を稼ぎつつ、なるべく楽しく生きていきたいものだ。


 サスペンションが完成してすぐ、街の外での試験運転に理論提言者として試乗させてもらえたのだが、ここへ連れてこられて以来の、公爵令嬢様と会話する機会があった。


 俺の試乗に合わせて、わざわざ労いの言葉を掛けに、足を運んで下さったのだ。

 通常、貴族は目下の者の元に自分から向かわない。用事があれば呼びつけるものなのだが、いち早く試乗したいこともあって、戯れに顔を出したらしい。


「全然揺れがないのですね。これほど劇的に改善されるとは、正直思っていませんでしたわ」

「光栄でございます。素晴らしい完成度です。リスタードの職人達の技術に感服しております」

「他にも面白そうな提案がいくつかありましたわね。その調子でこれからも努力なさいませ」

「勿体なきお言葉に御座います。それだけで、わたくしめの凡庸な頭でも、故郷の技術の新たな活用法が閃くことでしょう」

「期待しておりますわ。通常業務にも慣れまして?貴方の故郷に比べて、労働環境はどうなのかしら」

「はい。非常に楽しく毎日を過ごさせて頂いております。仕事もやりがいがあり、喜びを感じます。労働環境にも満足しております。地球では法整備がさらに先進的な国もございますが、それらは時代とともに少しずつ移り変わっていくものであるゆえ、私めから出過ぎた口を聞くつもりはありません」


 この言葉が失敗だった。公爵令嬢様はにこりと笑った。


「あら。その先進的な法整備とやらについて、教えてくださるかしら。時代で変わるというのなら、その時代を作るのは我がリスタード家の役目でしてよ」


 笑顔ではあるが挑戦的な目つきで言われてしまった。

 意思の強そうな佇まいだと思ったが、やはり、ただ微笑んでいるだけの深窓の令嬢ではなかったようだ。


 仕方なく、日本の基準になってしまうが、ネットでの拙い外国の知識も含めて、社会保険や労働基準法、年金制度などについて、知る限りのことを話した。


「年金制度とやらは、破綻しかかっているようでは参考になりませんわね。退職金をしっかりと支給するのが一番でしょう。少子高齢化だなんて、羨ましい悩みでしてよ。労働基準法や社会保険というのは興味深いですわ。まだまだこの国でも、幼い子供がほんの少しの薬を買えずに、命を落とすことも多いのです」

「ただ、病気などの理由で働けないなどの例外を除き、収入の少ない層もそれに対する税金を納めることになります。今より税の負担が増して生活が苦しくなってしまったら、本末転倒でございますゆえ、差し当たり、税金から医療機関などへ、補助金などを支給する形がよろしいかと存じます」

「そうね、今までは個人的な寄付で教会や治療院は運営しているわけですけれど、そろそろ行政が主体となるべきなのかもしれません。なかなか面白い着眼点でしてよ。寄付が当たり前と、惰性に身を任せて頭を固くしていたようですわね」


 参考になったのならよかった。しかし、お貴族様と話すのは疲れる。口調に仕草に、どうにも慣れないマナーなので、妙に肩が凝る。


「お嬢様、そろそろお時間でございます」


 お付きの侍女、セレタさんが言った。

 ライアルラーデ様は激励の言葉を残して、先に別な馬車で屋敷に戻っていった。


 それからさらに十日ほど経ったころ、アイディア料を頂けた。

 新型サスペンションの効果は絶大で、早速王都へ乗り付けて宣伝したところ、順調に公爵家お抱えの工房に注文が増えていったとして、アイディア料はかなりの金額だった。

 その内技術は盗まれるだろうとして、なるべく早い内に売りまくってブランドを確立させようと、領地の工業関係者全体で取り組んでいるらしい。


 大きな臨時収入を得て、もちろん貯金にも回したが、高級な料理屋や、夜の店でも贅沢ができた。


 とはいえ普段は安い酒屋なのだが、ある時侍女のセレタさんにたまたま遭遇した。

 セレタさんは二十代前半くらい。黒に近い青色の髪をアップにしていて、切れ長の目をした美人さんだ。男爵家の長女で、仕事中はデキる美人の雰囲気だ。実際に侍女の中では位も高いのだが、休日は気さくでさっぱりしたお姉さんだった。背も高くてスタイルもいい。男装したら同性のファンが多そうだ。

 安い酒場にばかり行ってるのを聞いて、侍女達の中で流行りの店に連れていってくれた。奢らせたかっただけなのかもしれないが。


 明日はニールとセレタさんと、セレタさんの仲の良い侍女とで飲みに行く予定だ。どうもニールはセレタさんを狙っているらしい。二人で飲んだと言ったらセッティングを頼まれた。

 セレタさんの連れは話したことはないが、先ほども同行していた侍女の一人だ。こちらは可愛らしい感じで、童顔巨乳で年も二十歳くらいに見える。はっきり言ってセレタさんより好みだ。美しさはライアルラーデ様には及ばないが。

 とはいえ、あちらは身分も違うし、懸想したらロリコンだ。この世界では成人だし、法的な問題はないけどな。


 正直、ここで働いて過ごしていくなら、地球に帰る手段なんて見付かりそうにない。

 公爵家の中の一般開放されている図書室なんかでも調べてはいるが、そもそもどういう経緯で飛ばされたのかも分からない。気付いたらこちらにいたわけで、手段など見付かる気がしない。


 明日の出会いを楽しみにしつつ、最近体調が悪いと言っていた母親の顔が浮かんで、心配させているだろうに、なんだか申し訳ない気持ちになった。


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