第12話 様々な国
ガレッド肉が来た。骨付きの肉を香草や野菜と一緒に蒸した料理だった。これまでこの世界で食べた料理に比べれば、香草の風味が程よくて美味しい。スープもユグルという芋のような野菜と肉がたっぷりと入っており、肉のうまみがたっぷりと出ていた。パンもふわふわで、スープとも肉とも合うフラットな味だった。正直、トータルでこの世界で今のところ最も美味しい。
「俺も、まだ王都に赴任していた頃、任務で一度だけ外国へ行ったことがある。ドラクレア帝国というところだ。観光する暇なんてなかったけどな」
「一日くらい休めないのか」
「当時は外交のない国だったしな。任務以外では、宿として宛がわれた建物から出ることは禁止されたんだ。そもそも貨幣が違う。北のフェイグテス王国の、さらに向こうの国だ。ドラクレアの第二皇子殿下に、我が国の第三王女様が正妃として輿入れした。花嫁行列の護衛任務だったんだ。通商条約や外交条約が色々結ばれた。フェイグテスも含めて、東の紅龍連邦に対する軍事連携についても、色々と取り決めがあったらしい。まぁ、とにかく同盟国になったのはそれからだ」
「東の国とはまだ停戦中のままなんだよな」
「ああ。もう数十年は停戦しているけどな。そちらとも最近は終戦に向けて動いていると聞く。まあそれはいい。ドラクレアの帝都は美しい水の都でな。至るところに大小様々な川が流れていて、移動にも舟をよく使う。魚料理が絶品だった。しかも、冬は氷に包まれるんだが、特殊な技術で氷の中を流れる水は凍らない。噴水や滝も凍っているのに、中を水が流れていて、それはそれは幻想的な光景らしい。我が国の王都も美しいが、あれはまた違った見応えがあった」
「故郷にもそういう町があるな。一度行ったことがある。観光名所なんだ。でも、氷の中を水が流れるなんてのはない。いいなあ、行ってみたい」
この国、アステリード王国は、南に少し海に面した部分があるが、王国の西側に位置するリスタードでは新鮮な魚は食べられない。保存食でもほとんど出回っていない。川魚は多少取れるが、大森林から流れる川の近くではよく食べても、少し離れるとやはり流通が落ちる。一部の魚は高級魚として、富裕層なら食すらしいが。
冷蔵庫は同じ場所で長時間稼働させると周囲の魔素がなくなるが、移動しながら稼働すればその問題は解決される。ところが、非常に高価な上、重すぎて運搬効率が落ちる。従って冷蔵庫を利用した新鮮な魚や食物は、恐ろしいほどの高額になる。
「故郷は島国で、魚が多く食べられた。こっちでは食べる機会はなさそうだな」
「まあそうだな。この辺じゃ、川魚も含めて一生食べないで終わる人間もいるんじゃないか。ドラクレアの海の北には、レングテックって島国があって、冬の長い国なんだが、ドラクレア以上の氷と水、芸術の国と言われている。あの辺りの魚は南の海とはまた違うしな」
食べたい。穀物や肉はそこそこ出回っているんだけどな。
「フェイグテスなんか、大いなるグレナ川からも離れていて、大きな川があまりない。万年水不足状態なんだ。昔は貧しい国だったんだぜ。今は水路の整備が結構進んだから、そうでもないけどな。国の全体が水のあまり要らないユグルの畑ばっかりで、今ですら、王都でもリスタードより栄えてない感じだった」
グレナ川は俺も見かけた、大森林から海まで流れ続ける川だ。雄大な川だが、大森林の辺りですでに濁ってしまうので、生活用水としてはあまり優秀ではない。
ユグルはとにかく栽培が簡単で、土地が痩せていて、全然水が降らなくても育つ。庶民の味方だ。この国でも多く栽培されているし、フェイグテスからの輸入も多いそうだ。
「ふうん、紅龍連邦や、他の国はどんな感じなんだ。なんとなく勉強はしたけど、まだまだ文化とか特色は知らないんだ」
「連邦はまあ、紅龍を崇めてるから、同じヴィータ教のドラクレアやフェイグテス以上に文化が違うな。東の果ては、島国もいくつかあって、さらに変わった国もあるらしいけど、そっちはあんまり俺も知らん。閉鎖的な国が多いみたいだ。ドラクレアの北東には、寒くて広い国土を持つアイザの国がある。アイザの北の方なんて、年中氷に包まれていて、とんでもない厳しい環境らしいけどな。それでも住んでいる人がいるんだからすげえよなあ。それと、この国の西は大森林と大いなるエヴェッサ山があるが、南西には広大な海に面した国土を持つグレーイル法王国。ヴィータ教の総本山なのは知ってるな?その西、海を渡った先にも国があるが、まあそれこそ、行って帰ってくるのは途方もない旅になる。かなり昔に大陸が見つかった時は大航海時代になって、大勢の人間が危険を省みず開拓に向かったんだがな。今でも長い航海は危険だし、向こうの大陸は、こちらとは大分違った文化になっていっているらしい」
なんとなくだが、ドラクレアがイタリア、フェイグテスがイギリス、アイザはロシア、グレーイルは大きなバチカン、新大陸はアメリカ。そんなイメージを持った。紅龍は中国とイメージすると、その東は日本みたいな国だろうか。鎖国時代とか、共通してそうだ。この国はなんだ、フランスかスペイン、ドイツ辺りかな。
「亜人だけの国はないのか」
「ないわけじゃないけど、小国ばかりで、ほとんど大きな国に飲み込まれたな。昔に比べれば差別も減ったし、多い少ないはあるけど、どこの国にでもいると思うぜ」
やはり差別の歴史はあったようだ。黒人や褐色肌の人間も見かけるが、地球では黒人だった奴隷は、この世界では亜人だったらしい。竜人やエルフのような種族がいて、それらは神聖視されていたが、人間と見た目が違えば違うほど、つまり獣のような特徴が強ければ強いほど下賎とされ、虐げられてきた。
「ま、今は亜人も普通に暮らしているさ。この国は大国だし、治安もいい。いい国だぜ。だいたい、そうでなかったらお前みたいな迷い人、どんな扱いだったか分かったもんじゃねえぞ」
それはそうだ。この世界の、この国でよかったと思う。
「それにしても、三か月程度しか教会にいなかったのに、いきなり公爵家に拾われたって聞いたときはびっくりしたぜ。ライアルラーデ様が取り立ててくれたんだって?」
「まあそうだけど、リーメ・マーシャが押し付けた感はあった」
「あそこのリーメは何気に教会内の地位も高いし、領主である公爵家との関係も深い。だからこそ教会から公爵家に就職できる。公爵家への推薦はリーメのお墨付きだ。あんな短期間でリーメの推薦を得られたことが不思議なんだ」
「迷い人だったからじゃないか?故郷の文明についての情報提供も業務に入ってるわけだし。そうだ、そういえば俺が迷い人だってこととか、俺が話した故郷の文明とか、口外しないでくれ。公爵家で研究するから、情報流出を避けるように色々言われてるんだ。具体的な話をしたのはリーメ・マーシャとグレアムくらいだからさ」
「やっぱりそういうことか。確かに、驚くような道具なんかが多いし、その知識を利用して新しい製品開発とかを長期的に考えてるんだな」
「そういうこと」
「ま、俺も隊長くらいにしか話してなかったし、そっちにも口止めしとくよ。隊長も気にしてたんだぜ。次は兵舎にも少し顔出せよ」
「そうなのか。わかった」
「あー、でもいいなあ。ライアルラーデ様は王女にも劣らない美しさなんて言われるくらい、リスタードだけじゃなくて、この国全体で人気があるんだぜ。王都での社交の時期はとんでもない誘いが来るって言うし。遠目では見たことあるけど、間近で見て話までできたなんて羨ましい」
「確かに、とんでもなくお美しい御方だったな」
「王女様方もお美しいし、ライアルラーデ様の姉君のラナスレーテラ様もお美しかった。第三王女様と一緒にドラクレアの有力な家に輿入れしたんだけどな。水の都で民衆に手を振るお二方は、それはもう神秘的な美しさだったんだ。たまたま近くの配置での護衛シフトでさ。あー。あんな光景、二度と見られないだろうな」
「俺は一生見ることなさそうだぞ。それこそ羨ましい。ライアルラーデ様だって、初日以来は遠目に見る機会くらいしかないぞ」
「当たり前じゃねえか。傍付きじゃなけりゃ本来近寄れねえんだよ」
外国に貴族に、手の届かないところに素敵なことがたくさんある。行ってみたい。地球でも旅行が好きだった。学生時代からバイトで金を貯めて、色々な国に貧乏一人旅をしていた。会社の出張で海外に行くこともできた。
どうせなら転移じゃなくて貴族に転生がよかった。そしたら留学できたのに。そんなことを考えながら、お互いに仕事の愚痴や下らない話をしながら、楽しい時間は過ぎていった。
翌朝もお互い早いので、それほど遅い時間までは飲まない。宿舎に帰り、管理人に帰宅を伝え、大浴場に入る。毎日風呂に入れるのも、公爵家だからだ。なんだかんだで恵まれていることを実感しながら、眠りについた。