第10話 魔法と科学
ライアルラーデ様ですが、長女から次女に変更したのを第8話で修正し忘れていた部分がありました。この先に長女が出てきます。
与えられた業務内容は設備保守だった。
広大な屋敷の点検に修繕や、消耗品などの備品管理などを担う部署だ。とりあえず先輩に教えてもらいながら仕組みを勉強し、道具などで地球と違うもの、気付いた点などを報告するように言われた。
部署の先輩が同室になり、魔法や魔道具について指導してくれている。
ニールと言うその男は、青みがかった長髪で、チャラチャラとした雰囲気の男だった。垂れ気味の目でいつもヘラヘラと笑っているが、なかなか顔はいい。
俺とニールは他の人より一時間早く仕事を上がり、定時まで勉強となっている。
ニールとしては楽でいいらしく、長引かせたいからディープなところまで指導するとうそぶいていた。
この世界における魔法とは、魔素に性質を付与することを言う。
原子のような物だと考えれば分かりやすかった。それも、人為的に固有の性質を付与できる原子なのだ。
矢が着弾したら燃えるとか、剣の切れ味を増すとか、体内の魔素をコントロールして強化するとか、そういうものであり、火の玉を飛ばすとかはできない。空気中の魔素にそのまま性質を与えようとすると、範囲が指定できないからだ。物質を構成する魔素に付与するしかない。
従って、何もないところに何かを生み出すようなことは一切できない。
実は既に、電気を生み出すことは可能だった。魔素に電気の性質を付与することはできる。
ところが、冷静に思い出そうとしても、学生時代に習った発電の仕組みも覚えてない。こちとら文系だ。数学と科学はテスト前に最低限の点を取れるようにしただけだし、大学は英文学だった。
電球も作れないし、揚力を発生させる翼の形くらい分かるけど、エンジンも設計図って言われたら無理だ。バイクなら、フロントフォークも分解整備したことがあるが、さすがにエンジン内部までは手を出したことがない。
電気があるならモーターと考えたが、どうもあまり強力な磁力や電気を発生させるのは難しいようだ。小さい物ならできるかもしれないので、とりあえず概念は説明しておいた。
この世界では製紙産業も工業化されており、現代地球ほどの真っ白で薄い紙はないが、それなりに一般庶民にも出回っている。
照明は、大気中に漂う魔素に反応し、光り輝く性質を持つ宝石を利用していて、これはまだ大通りや富裕層の邸宅にしか設置されていない。
揚力の説明は出来たが、プロペラを回すエンジンがないし、こちらの魔法技術で、空を飛ぶほどの速度に機体を加速させる方法がなかった。電気ができるならリニアとか超電磁砲できそうだが、ちょっと挑戦するには怖い技術だ。
他にも、冷蔵庫やエアコンなどについても、箱の内側に冷気を持たせたり、その冷気が外に流れたりするようにした、似たような物が既にある。
つまり、思ったよりも魔法学が進んでいる。ただ便利なものほど、コスト面などで一般への普及率は高くない。付与させる性質に必要なエネルギーが大きくなったり、長時間稼働させようとすると、巨大化したり、周囲の魔素が少なくなってしまい、稼働しないか、すぐに稼働が止まるなどの問題点がある。
いかに少ない魔素で狙った効果を発現するか、というのが魔道具の研究開発では最も重要なことらしい。
また、さすがにコンピュータの類は半信半疑だった。
戦時中というわけでもないらしいが、銃の構造も、ガトーには興味が湧いたらしい。
だが、火薬の作り方は俺には分からない。古くは人糞を発酵させて作ったとか、漫画で見たことはあるが、詳細は分からない。
こちらでも粉塵爆発などは認知されていて、その爆発に方向性を与えて、鉄の塊を撃ち出した場合のエネルギーと破壊力については想像がつくらしく、もし実現出来れば戦争を変えるかもしれないと唸っていた。
が、この世界の魔法では、IHのように物体に熱を持たせたりは出来ても、爆発を無から発生させることはできない。
従って、これも一朝一夕で再現できることではなかった。
割と早い時期に再現可能で、役に立ちそうな知識もあった。
蒸気機関と、サスペンションだ。
蒸気なら、なんとなく仕組みもわかる。色々なイメージを紙に書いて提出した。蒸気機関の自動車や汽車なら再現可能かもしれない。モーターも含めて、何よりネックなのが魔素で発生させる力の出力だ。巨大な機関車を走らせる出力はこの世界に存在せず、実現すれば革命的だ。
また、こちらの世界にもバネは存在するし、ガレッド車にも使われている。
ただし原始的なものしかなく、ガレッド車の車体と箱の間に取り付ける程度のものだった。
そこでダブルウィッシュボーンやスイングアームなど、リンクさせることで快適性や走行安定性を向上させる仕組みを説明した。
ただ、すぐに実用化できるわけもなく、実現できればアイディア料は貰えるようだが、かなり先の話になりそうだった。
ドワーフとか、凄腕の職人とかが身近にいない辺りが悲しい。
ニールに教わって、魔道具の修理などをコツコツと覚えながら、日々を過ごしていく。
ある日のこと、グレアムから手紙が届いた。
魔道具の通信機もまだまだ値が張るので、庶民はもっぱら手紙だ。アストが以前使っていたのも、軍の支給品らしい。アストは小隊長だが、とても個人では所有できないのだと。
軍なら地球でいう少佐相当の階級で個人所有している。あとは裕福な貴族や商人で、持っているだけでステータスのようだ。
ニールが言うには、公爵家なら家族はもちろん、上位の使用人は何人か持っているらしい。
電話については仕組みは話したが、電気信号でやり取り、というのが俺にも説明できないし、今ある魔道具を研究開発で安価にしていった方が早そうだった。
通信の魔道具は、それ自体に位置情報を発信する性質が付与されていて、それぞれの機体が常に位置情報を交換しあっている。起動させ、任意の機体の、予め固有化された魔素を入力すると、相手の機体と、魔素のラインを繋げる。そして音の性質を付与した魔素を、双方向で送受信するという仕組みだ。
これを聞いて、空気中の魔素に性質を付与できないのに、どうやってラインを形成したり、音を飛ばしているのか疑問に思ったのだが、どうやら電波のようなものを飛ばしているらしい。
つまり、やっていることは携帯電話と大して変わらない。
アイディアさえ出れば、科学と同じことはかなり再現できそうな気がした。
また、電池や燃料の概念はない。魔素はどこにでも、何にでもあるからだ。俺になくても、周りの魔素を使うので、俺にも魔道具は利用できる。
仕組みが分かれば、現代知識に基づいた斬新な視点で画期的な商品を!といきたいが、普通に暮らして扱う分には、よくできていて、特に何も思いつかなかった。
まあ、それはいい。
まだこちらに来てから、遭難と協会での雑務と仕事しかしてない。
何度かあった休みは、この世界に来て初めての一日何もしないでいい日だったので、ひたすら寝て過ごした。そもそも給料が出るまで金が全くない。服だってスーツは目立つので着ていないし、元の世界の下着は着ているが、あとは教会で支給された下着とボロイ服、公爵家の支給制服だけだ。
グレアムの手紙は飲みの誘いだった。
就職祝いに奢ってくれるらしい。当然快諾する。
また、遂に明後日、初任給が出るので、ついでだから飲む前に、日用品の店や街の案内を頼んだ。
公爵家に勤め始めて十日。二度目の休みにして、俺は初めてこの異世界で遊ぶことにした。