私とあなた
不思議だ。何がって、あなたになれないことが。みんなは口を揃えて言うけれど、それはなんでって思う。
「私は私。あんたはあんた」
そんなの嘘っぱちだ。だって私は知ってる。昔のあなたは今のあなたじゃなかったじゃない。私だってそう。今の私は昔とは違う。なんとなくは似ていても、同じじゃない。
「そりゃあ、ねえ」
みんな当たり前のように笑う。
たとえば、朝起きて鏡を見て、あなたは昨日のあなたなのって思う。絶対違うよ、私は知ってる。
「じゃあ誰なの」
それは私にも分からない。
私は誰なんだろうって考えると、頭がいたい。でも、もしかしたら私はあなたなのかもしれない。ううん、きっとそう。今日の私が昨日の私である方が不自然だわ。
私思うの。時々あなたが私なんじゃないかって。いつの間にか入れ替わっちゃうのね。だって、私が私であなたも私なんてこと、ありはしないもの。私があなたの間、あなたは私なんだ。
「あなたって外見によらず、変なこと考えているのね」
違うよ。みんなが考えないようなこと考えているだけ。あなたももっと考えればいいのに。
「私からすれば、もっと考えないようにすればいいのにって思うわ」
考えることをやめるのって怖くはない?ずっと分からないままなんだよ。ほら、さっきまでのあなたとは明らかに違うわ。もやもやが晴れて気分いいでしょう。
「そうね。でも、それがあなたと私が入れ替わったってことになるのかしら」
難しいね。私はさっきまでの私とは違うし、あなたもさっきまでのあなたとは違うんだから、入れ替わったってことにしちゃえばいいのに。
「しちゃってもいいの」
しちゃえばいいんだよ。私が私である必要もなければ、あなたがあなたである必要もないんだから。
「私はあなたになるくらいなら、私のままでいたいわ」
あなたが私になってくれないと私は困るわ。私は私であって欲しくないもの。
「どうして?あなたはあなた以外の誰にも務まらないはずよ」
どうして?私が私であって欲しいと思うのに、理由は必要ないでしょう?だから、私が私であって欲しくないと思うのにも、理由なんて必要ないはずだわ。そして、私以外にも私が務まる人はいるはずよ。例えばあなたとか。
「あなたの考えが少しずつ分かってきたわ。”私以外にも私が務まる”っていうのは、そんな大層な役ではないと言いたいのでしょう?でもね、どんなに小さな役柄だったとしても、万人が演じきれるわけではないのよ。たとえ演じきれたとしても、役に抜擢されるのは一人なのだから。それに、私はあなた自身にあなたを演じて欲しいと思うわ」
演じるという言い方は、私は好きじゃない。それこそ、誰にでも務まるような気がするし、私という人格そのものを偽りだと言われているように感じてしまう。
「ごめんなさいね。傷つけたのなら謝るわ。でも、あなたが私で、私があなたなら、何か変わるのかしら」
そうね、きっと変わるわ。けれど、それは誰にも分からないほどの違いだわ。もちろん、あなた自身にも、私自身にも。だから、私とあなたが入れ替わっても何も変わらないと言えてしまうね。ただ私が言いたいのは、あなた自身も知らないうちに私になっているということだけよ。私はその事実だけでいいの。
「きっと違うわ。あなたは自分のことが嫌いなだけよ。誰にでもある自己嫌悪ね。そして誰かに憧れてる。あなたがあなたでなければ、誰だっていいのでしょう?私は私自身が気に入っているから、私をあなたの代わりにしないで欲しいわ」
私は私のことが好きよ。でもそれ以上にあなたのことが好きだわ。私の代わりが誰にでも務まるとは思ってない。私はそれなりに私自身を評価しているつもりよ。それに、あなたがあなたでありたいと思っても、あなたであり続けることは難しいと思うのだけれど。
「なんだ、あなた私のことが好きだったのね。そんなあっさり言うもんだから、ちょっと驚いちゃった。あなたには悪いけど、好きだと言われた相手に入れ替わりたいだなんて言われると、ちょっと気持ちが悪いわ。そういうのは、私に言わないで欲しいし、あなたに考えて欲しくないわ」
好きというのに語弊があるわ。私はあなたのことを愛しているわけではないもの。それでもあなたに少なからず憧れているのも事実ね。だからこそ、入れ替わるのならあなたであって欲しいと願わずにはいられないの。嫌がるのは仕方ないにしても、理解はして欲しいと思うのは傲慢かしら。
でも、私も分かるわ。誰だって他の誰かになってしまうのは、怖いの。いつまでも自分のままであり続けることは、誰にだってできない。だから、私ではない私を見ると、受け入れる他ないのよ。好き嫌いなんてできないのね。例え出来ても、期待通りの私になれるとは限らないわ。つまりはね、私は誰でもあって、誰でもない、みたいなことになるのよ。
「訳が分からないと言わせてもらうわ。あなたの考えていることには根拠がないのよ。豊かな想像力と言えてしまうほどに、あなたの思考は難しいわ。理解してもらう気はあるのかしらね」
私もなんて言えばいいのか分からないのよ。だからあなたに理解してもらえなくて当然だとも思う。根拠だってありはしないもの。あるのなら、初めから提示しているはずよね。ただ私はあなたが理解してくれようとしていたというだけで満足よ。
「不思議ね。あなた」