屋台の串チーズ
俺の視界に、ゲームで見たのとそっくりなセイルンの街が広がる。
ゲームの中では冒険者が移動スピードをアップさせるための馬は、F1ボタンひとつでどこからともなく召喚されたものだが、街では入り口にある冒険者用の厩舎に預けることになった。
露店の立ち並ぶ通りを横切って、中央の噴水広場に到着する。
街はにぎやかながら、平素の営みを粛々と行っているという感じだった。
鎧を身にまとった冒険らしき人々もいるが、魔王である俺の目の前を平然と横切って、露店で焼きチーズを食っている。
どうやら、俺が魔王を倒したということは、知られてはいないようだ。
ここが、俺がプレイしていた『パンゲアオンライン』そのものならば、ネットの力で一瞬に広まっているはずだから、やはりここは、ゲームの世界じゃない。
少なくとも、俺がプレイをしていた『パンゲア・オンライン』では。
「じゅるり」
アーリュが焼きチーズを食べている冒険者を横目で見て、涎を垂らした。
「腹減ったか?」
「んんんっ」
尋ねると、彼女は顔を赤くして首を左右に振った。
お姫さま的に、食いしん坊キャラはNGみたいだ。
もちろん俺は、そんな彼女を見ていると意地悪したくなる。
「そうか、ならば俺だけ飼おう」
「んぇえっ!?」
「チーズをひとつ」
「あいよ。ひと串100ゴールドだ」
ステータス画面で、所持金がしっかりと《Z・ERO》だったころのデータを引き継いでいることは確認している。
スマートフォンを操作して所持金が表示された場所をタップすると、手のひらにずっしりと金貨の詰まった革袋が現れた。そこから100と書かれた金貨を一枚、店主に渡す。
店主は、目を丸くしていた。
「お兄さん、冒険者さんに見えて、手品師かい?」
「人を驚かせることは好きだな」
「はははは、なら芸を見せてもらったお礼に少しサービスしておくよ」
店の人は爽やかに笑って、軒先に吊された熟成チーズをナイフで切った。言葉どおり、さっき冒険者に打ったものよりもひと回り大きい。
そのチーズを、鉄串に刺して火で炙る。
チーズがとろりと溶けて、きつね色の焦げ目がついたところで俺に差しだした。
「熱いから、火傷をしないようにな」
魔王が熱々チーズで舌を火傷するのだろうか……?
気にはなったが、試してみるのはやめておくことにした。
実際に火傷したらしまらないからな……。
「はむっ」
用心しつつ、チーズの塊にかぶりつく。
ビヨンと伸びたチーズを口の中に収めると、舌の上に濃厚かつクリーミィな風味が広がった。
「こいつはうまいな」
「じー」
傍らでは物言えぬアーリュがうらやましそうにこっちを見つめている。
「食いたいか?」
「んんっ!?」
芳ばしい香りを漂わせるチーズをゆっくりと彼女の鼻先に近づける。
そのにおいをかいだだけで、彼女は幸せそうに顔をほころばせた。
右へチーズを振ると、頭を右へ振り、
左へチーズを振ると、頭を左へ振る。
ひょいと遠ざけると、涙目になってこの世のありとあらゆる絶望を目の前にしたような顔になった。
ほんと、おもしろいなこの娘。
俺は笑いを堪えながら、チーズを彼女の鼻先にさしだし、「サイレント解除」と唱えた。
「ほら、食え」
「え……い、いいの?」
アーリュは、きょとんとした表情になって、俺を見つめた。
「食いたくないなら、無理にとはいわないけどな」
「た、たべりゅ!」
噛んだ。
恥ずかしそうに顔を赤くする。
「で、でもどうして『サイレント』まで……」
「俺が施すんだ。食べた感想をきっちりと聞かせてもらう」
まぁ、なんというか、おいしいものを食ったときには「おいしい」といってもらいたいもんだ。
俺は、この味をこの娘と共有したいと思っているのかもしれない。
魔王らしからぬかな……?
まぁ、魔王レベル1なのだからそんくらいは勘弁してくれ。
「あ、うん……」
アーリュは、心なしか嬉しそうにうなずいた。
差しだされたチーズに、「あむっ」とかぶりつく。
「あつっ。はふはふっ」
「お、大丈夫か?」
「そーいえば、あたしって猫舌だった……」
自分のことを忘れるな。
唇の端に、白いチーズの雫を垂らしながら、アーリュは苦しそうに目尻に涙を浮かべる。
あ、これエロい。
「んく、ん、ドロッとして、熱いけど、おいひい……ん」
こんな芸当を無自覚でやってしまうとは、末恐ろしい娘よ。
おぅ、今回もラブコメしてるだけになってしまい、すみません。アーリュがかわいいんだ……。
一応結末は決まってて、簡単なプロットは立てているんですが、のびのびとキャラクターを動かしているのが楽しくってつい。
次回、次々回でゼロの魔王業が動きだします。
サブタイトル変更しました。