キマイラと多重詠唱
それから、しばらく《ベランガリアの森》を歩いていくと、事情をよく理解していないアーリュがこんなことを聞いてきた。
「あのキマイラ、どうしてついてくるの?」
「魔王力で仲間にしたのだ」
「勇者力はどうしたのよ?」
「……光と闇があわされば、最強っぽいだろう?」
適当に返すと、俺に後ろから抱かれるような格好で馬にまたがっているアーリュは、「ふむ」と考え事をするみたいにあごに手を置いた。
「なるほどね」
納得するんだ。
「ちょ、ちょっとカッコイイかもしれないわね……そういうの」
お姫さまは素敵な感性をお持ちらしい……俺も好きだけどね。
そんな他愛ないやり取りをしていると、再びモンスターが現れた。
まだら模様の巨大なトカゲ……コモドドラゴンだ。
しかも今度は団体さんで、五匹いる。
ご想像いただきたい、頭から尻尾の先まで三メートルはあるんじゃないかという大トカゲが五匹、鋭い牙をのぞかせてこっちをにらんでいる。
「いや、なんかグロいの出たっ」
アーリュが、おののいて、ぎゅっと俺に抱きついてくる。おっぱいが俺の胸で潰れて、気持ちがいい。
俺たちがまたがる馬は、再びガクガクと足を震わせはじめた。
こいつ、びびりすぎだろう。
さて、どうしたもんかな。
再びブレインウォッシュについて調べてみるか。
さっきのキマイラの一件から、ブレインウォッシュを成功させるには相手を弱らせる必要があるんじゃないだろうかという仮説は立つ。
「よし、キマイラ。連中を殺さない程度に痛めつけろ」
『ガゥッ!』
指示に従い、三頭一身の合成獣が俺たちの前に飛び出して、五匹のコモドドラゴンと対峙した。
なんだろう、この、ポケモントレーナーになったような気分……。
「いけえキマイラ、十万ボルトだ!」
『メ?』
俺の指示に、山羊の頭が困ったようにこっちを見た。
あ、ごめん。混乱させるようなことを言って。
やってみたかったんだ、ちょっとだけ……。
「ねぇ、キマイラをキマイラって呼ぶの、なんか味気なくない?」
そして、アーリュはアーリュで呑気なことを口にした。
「名前つけましょうよ。あたし、自分で家庭を作るときは大きなペットを飼うのが夢だったの!」
いや、知らんけど。
「好きなようにしてくれ」
俺だったら、あんなペットを飼ってる家庭の一員にはなりたくないけどな。
「じゃあ、キマイラだからキマちゃんね」
「却下だ」
「えー、好きなようにしろって」
「限度というものがあるだろう。キマイラのやつを見ろ。コモドドラゴンたちと戦いながら、ドラゴンの首だけが抗議の目線をこっちに送ってるぞ」
それ意外は、危なげのない戦いをしている。
どうやら、ヤギの角から放たれる電撃が、両生類っぽいコモドドラゴンには『こうかはばつぐん』のようだ。
コモドドラゴンの爪や牙が獅子の身体に触れるものの、ほとんど効いているようには見えない。
ゲーム中のコモドドラゴンの物理攻撃には毒が付与されていたけど、合成獣であるキマイラには毒耐性があったはずだし。
「じゃあじゃあ……あ、そうだ!」
いまだに名前を考えていたアーリュが、なにか閃いたように手を叩いた。
「ヤギ ドラゴン ライオンだから、三つの頭文字を取って『ヤドラン』っていうのは?」
「だめだ」
俺は、即答した。
「えー、いいと思ったのに! どうしてよ!」
「どうしてもだ」
パーフェクトに地雷を踏み抜きやがって。
しょうがない、俺がつけるとしよう。
あのキマイラは、俺のものだしな。
とはいえ、いい名前など、そうそう思い浮かぶもんでもない。長ったらしい横文字の名前とかいやだしな。
「……ヌエだ」
由来はもちろん、日本のキマイラと呼ばれる『鵺』だ。
「今日からお前は、ヌエだ!」
俺がそう呼んだ途端、キマイラ――いや、ヌエは力強い雷声を轟かせた。
『オオオオオオッ!』
「名前つけてもらったの、喜んでるんじゃない?」
アーリュがこぼす。俺にも、そんな風に見えた。
竜の首からは炎を吐き、ヤギの角からは雷撃を飛ばし、飛びかかってきたコモドドラゴンよりも高く跳躍して、相手を鋭い爪で斬りつける。
ほどなくして、五匹のコモドドラゴンはひん死の状態で地面に伏した。
ヌエが「誉めて」といわんばかりに俺の前にやってきてお座りする。
仕方ないな……。
俺は、馬から降りてその獅子の頭をなでてやった
「よしよし、よくやったぞ」
『ぐるる』
気持ちよさそうに目を細めるライオンの頭部。
すると、左右の肩から伸びたヤギの頭とドラゴンの頭も、我も我もとすり寄ってくる。
「おーょしょしょしっ(ムツゴロウさんっぽく)」
ヤギとドラゴンの首や喉をなでてやる。
すると。
「じー」
馬に乗ったままのアーリュが、うらやましそうな視線をこっちに送っていた。
「どうした?」
「べ、べつに!?」
「なでて欲しいのか?」
「そ、そんなこと……」
ぷいっとそっぽをむく。
強がっているのは見えみえで、愉快でしょうがない。
俺が見せつけるように、俺たちが乗ってきた馬の首までなではじめると、アーリュはもじもじうずうずと、こっちを見て、
「しょ、正直に言ったら……い、意地悪しない?」
「そのときの気分による」
「にゃ、にゃーっ!」
猫か。
「冗談だよ」
しょうがないな、と俺は手を伸ばしてアーリュのブロンドの頭をなでてやった。
「はうぅ……」
顔を赤くしちゃって、心地よさそうにするお姫さま。
はて、なにかを忘れているような……。
あ、コモドドラゴンだ。ブレインウォッシュを試してみるんだった。
俺は思いだして、ぐったりとしたコモドドラゴンたちのほうに駆けよった。
「ブレインウォッシュ」
手のひらから放たれる光の波動。
しかし、それらがコモドドラゴンたちに影響を与えたようには見えなかった。
ヌエの時のように、モンスターが光に覆われることも、一瞬ひるんだようにも見えない。
ぶるぶるぶるっ。
そのとき、懐にしまっていたスマートフォンが震えた。
手にとって、調べてみる。
現在、魔王ゼロが使役できるモンスターは一体までです。
現在使役しているキマイラとのリンクを破棄して、コモドドラゴンとのリンクを結びますか?
はい いいえ
わぉ、ご丁寧なエラー報告だ。
この世界には運営がいるのか?
本当にわけわかんねぇけど、とりあえず俺は、『いいえ』を選択した。
名前までつけたキマイラを捨ててコモドドラゴンをとる理由はない。
新たなウインドウが表示される。
スキル【ブレインウォッシュ】は、スキルレベルとジョブレベルが関係します。
スキルレベルを上げれば、対象の状態に依存する度合いが減り、範囲も広がります。また、使役するモンスターの強化率が上がります。
ジョブレベルを上げれば、使役できるモンスターの数が増えます。
なるほどね。
そういうことはもっと早くに教えてくれよと思ったが、「アクセス権限」とやらで「ヘルプ」はつかえないからな……。
トライアンドエラーをしていくしかないようだ。
まぁいいさ。せっかくのゲーム異世界。せっかくの魔法、ゆっくり楽しませてもらおう。
ジョブレベルは、とにかくその職業の状態で経験値を稼ぐしか方法はない。
スキルレベルは、ジョブレベルが上がるごとに付与されるスキルポイントの割り振りである。
「殺せば、経験値になるのかな」
ひん死のコモドドランにむかって俺は手をかざした。
「ファイヤ」
呪文を唱えた途端、五発の炎の玉が放たれて、コモドドラゴンを骨も残さずに焼いた。
スマートフォン画面に目をやる。
コモドドラゴン五匹分の経験値が一気に入って、ジョブレベルのバーが伸びていく。
【魔王】 ジョブレベルが1になりました!
なんだかんだいって、コモドドラゴンも魔王城の周辺に棲息するモンスターだ。それを一挙に五匹かたづけたとなれば、これぐらいは予測していた。
これで、もう一匹くらいは使役できるようになったのかな? それは、また後で試せばいいか。
俺はアーリュたちの元に戻った。
アーリュが目をまん丸にしている。
「今の、【ファイヤ】って、唱えてたわよね……」
「そうだが?」
「ど、どうして一度に五発も出たの?」
「一度に五発撃ったからだけど?」
「はぁ?」
「『はぁ?』といわれましても」
「だ、だって、気を集中しなきゃ、魔法は――」
「大体のことは、一度に五つぐらい同時にこなせるもんだろう」
そういうと、アーリュは口をパクパクさせた。
ずっと前から、ゲームをやっているとき、不満だった。
どうして、剣を振るのと同時に魔法が使えないのか。
回復魔法と攻撃魔法を同時に使えないのか。
俺が異世界にいったら、たぶんできんのになぁ……。
そんな風に考えていたら、マジでできた。
ちょっと、愉快だ。
「とりあえず、あと少しで森も抜ける。街に行こう」
そこで、情報収集だ。
アーリュと共に馬に載って、出発する。
「ヌエちゃんなんか連れていったら、町の人ビックリするわよ」
「それは……まぁ考えよう」
方法を考えながら、俺はふと、スマートフォンの画面に目を落とした。
【Z・ERO】のステータス欄に新たなウインドウが現れていた。
ユニークスキル【多重詠唱】
今までは、なかった記述だ。
これは、ゲームのルールに則って増えたものではない。
俺が持っていた才能を、こっちの世界で使って、書き加えられたのだ。
どういうことだろう?
一つ言えることは、このスマートフォンは、用意されているものを俺に見せているわけではない。
俺自身のことも、どこからか見ている。
壊すか?
発信器や監視装置の類なら、それもひとつの手だ。
しかし、思いとどまった。
ここから得られる情報は、まだまだあるはずだ。
なんだっていいさ。
俺を楽しませてくれるゲームなら。
予想していたよりも、長くなってしまい、時間がかかってしまいました。
できれば、20時くらいには上げたいんですけどねぇ……。