魔法
魔王城を取り囲む《ベランガリアの森》をいく。
南洋の植物みたいのがうねるように繁茂するそこは、不気味なジャングルである。
空では太陽が燦々と輝いているのか森の中は蒸し暑く、噴き出した汗でインナーが肌にはりついて、不快だった。
アーリュを肩に担いで馬で走っていると、親指ほどもある羽虫の群れが、顔にぶつかってくる。
木々の上からはやっぱり巨大な山ヒルがボトボトと落ちてきて、「ぎゃー」とか「やぁー」とか「ひーん」とか、不運なる姫君は、悲鳴を上げっぱなしだった。
確信する。
やはりこれは、ゲームじゃない。
少なくとも、プレイヤーの射幸心を煽るためにつくられた、仮想世界ではない。
ジタバタともがくアーリュの身体から伝わってくる体温、流れる汗、ヒルが落ちた首筋に浮かぶ、エグいほどの赤い血。
出会った時は感動した少女の生の温もりも、こう暑苦しい環境ではありがたみの欠片も感じられない。
おまけに、暴れる。
バカだの誘拐魔だのエロエルフだのと、やかましく叫び続ける。
「うるせぇ」
「だったらおうちにかえしてよもーっ」
「そういうわけにはいかん」
「鬼畜ーっ! 鬼ーっ! 悪魔ーっ!」
いや、魔王だし……。
なんか黙らせるものはないだろうか? 手綱を握る手で、俺はスマートフォンを操作する。
「あ、ながら見の乗馬はいけないのよ! 王国の法律で裁かれるんだから」
なんだその法律。
「俺はもう魔王だからな。国の法律を守ってなどいられん」
大体、「ながら見」のなにがいけないというのか。
アニメを見ながらゲーム三本と読書を並行してやれる俺には、まったく理解ができない。
俺は再び自分のステータス画面を開いた。
おぼえている魔法とスキルを表示する。
スキル
【サーチ】
【ホーミング】
【魔法耐性 大】
【物理耐性 大】
【ブレインウォッシュ Lv.1】
魔法
【サイレント】【パワーチャージ】【ガードアップ】【ライトヒール】【ルミナス】【ダークネス】【ファイヤ】【ブリザード】【サンダー】【ストーン】【ウインド】【パラライズ】【デス】【スリブル】【ポイズン】【フレア】
「ほぅ……」
ジョブレベル0の状態で、すべての属性の初期魔法を扱えるのか。
なかなかにチートですよ、職業【魔王】
「サイレント」
俺は、魔法封じの効果を持つ、相手の言葉を封じる呪文を唱えてみた。
指先から放たれた光が、肩に担いだアーリュの身体を包みこむ。
「はむぐーっ」
お、どうやら成功したらしい。
「んーっ! んーっ!」
言葉を発することのできなくなったアーリュは、俺の肩でジタバタともがいていたが、それもつかれたようで、ぐったりした。
「静かにするなら、解いてやる」
こくこく。
素直に首を縦にふる。
「よし、サイレント解除」
しょわわわーんと、光がアーリュを包みこんだ。
「ギャー助けてーっ! さらわれるーっ! 犯されるーっ!」
「サイレント」
「んーっ!」
まったく、アホの子はかわいいな。こんなところで助けを呼んでも誰も来ないだろうに。
ぽんぽんと頭をあやすようになでてやると、ヒルに噛まれた首筋の傷痕が目についた。
赤々とした血が滲んでいて、なんとも痛々しい。
「ライトヒール」
呪文を唱えると、再び俺の手のひらから、あたたかみのある光が発して、アーリュの首の傷を照らした。
血はみるみるうちにかたまり、傷口はかさぶたができてふさがって、そのかさぶたも、すぐに見えなくなってしまう。
ライトヒールは、治癒力を高める系の回復魔法だったんだな。
「は、はひはほ」
ありがと、といっているのだろうが、ここはちょっと意地悪をすることにする。
「なんていってるのかわからん」
「んーっ」
ぽかぽかっ。
ハッハッハ、痛くも痒くもないね。
とりあえず、魔法の使い方はわかった。
次はスキルを試してみようか。