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パンゲア・オンライン

口をパクパクさせる姉は放っておいて、俺は二階の自室に引きこもった。

マンガと雑誌と小説とゲームとDVDが、東京のオフィス街みたいに、無造作にうずたかく積まれた我が城だ。空気清浄器が、静かにうなり声を上げている。


二台のゲーム機とスマホ、本をサイドテーブルに置いて、俺は学習机の下に設置したタワー型パソコンを再起動リブートさせて、パンゲア・オンラインのアイコンをクリックする。


パソコンのタスクマネージャーを起動し、他のすべてのアプリケーションを終了した。


【Aアジール】


企業ロゴが表示されて、ログイン画面が現れる。

パスワードを打ちこんで、ログイン成功。


パンゲアへおかえり、《Z・ERO》


俺のアバターキャラクターが、『セイルンの街の噴水広場』に降り立った。

前回ログアウトしたのと、同じ場所だ。

切れ長の耳、透きとおるような銀髪、赤い双眸の青年が、パソコンの液晶画面をはさんで、俺と視線を交わらせる。

エルフ族の魔弓士マジックアーチャー

それが、パンゲア・オンラインの中の、俺の姿。

目的地を《魔王の城》に設定すると、《Z・ERO》は馬に乗って、自動操作オートで走りだした。

ここから目的地まで、約十分。

俺は、PCチェアの上で座禅を組み、まぶたを閉じて、意識を集中させる。


パンゲア・オンライン(以下PO)は、最近は特に珍しくもない、ハイグラフィックな基本無料のMMO(マッシブリィ・マルチプレイヤー・オンライン)RPGだ。

ノンターゲィティング方式のアクションバトルで、装備は弱くてもプレイヤースキルでごまかしのきくゲームバランスは、多くのユーザーに好意的に受け入れられている。

ログインサービスなどでもらえる経験値ボーナスを上手いタイミングで使えれば、レベルカンストとスキルツリーの完成は五十時間くらいで可能だ。


多くのMMORPGがそうであるように、POもまたストーリーという制限の少ない、なにをするのも自由なゲームである。


他のプレイヤーとパーティーを組んで和気あいあいと高難度クエストに挑戦するもよし、ソロの道を究めるもよし、武器や消費アイテムをつくって露店の経営をするもよし、ゲーム上で他のプレイヤーと結婚し、家を建てて、仮想世界で夫婦生活を営むことだってできる。


この、一見してどこにでもありそうなネットゲームは、昨年、政府が希望者に配付した携帯端末にプレインストールされていたことで話題を呼んだ。


通信インフラの拡充と低価格化をかかげておこなわれた事業ゆえ、ばらまかれた世代遅れの格安タブレットではろくに遊ぶことができなかったというオチがつくのだが、とにかくも宣伝効果は抜群で、サービス開始から現在に至る半年ほどで登録者数は、日本を中心に三百万人に上った。

そしてさらに、POの知名度を飛躍的に高めたのが、俺が今挑戦しようとしている【ファイナルクエスト】の存在だ。


この世界には「魔王」と、魔王にさらわれた「お姫さま」がいた。



【ファイナルクエスト】

 魔王ユーゴを倒し、さらわれたドラグニア王国の姫アーリュ=ドラゴニアを助けだせ!


【クエスト報酬】

 アーリュ=ドラゴニアとの結婚誓約書。


【依頼主】

 ドラグニア国王


【備考】

 当イベントは、PTでの参加不可。

 一人目の達成者が出た時点で終了とさせていただきます。



NPCとの結婚……それにどれほどの価値があるのかは、人それぞれだ。


リアルの恋に破れたもの、ネトゲの恋に破れたもの、傷ついたもの――ネトゲの嫁が本当に女の子だと思った?――、物見遊山……etc


あるいは、一人目の達成者のみに与えられるという栄冠が琴線にふれた最強への求道者。


実際にアーリュ=ドラゴニアとの結婚特典はすさまじく、レベル上限の解放、ワールドのどこにでもワープすることのできるエンゲージリングや各ジョブの最強装備、ドラグニア城の隣にある広大な土地の所有権など、POの世界を超VIP待遇で堪能できる用意がされていた。


魔王ユーゴのダンジョンの前は、このクエストの存在が明らかとなったその日のうちに三万人のプレイヤーがつめかけて、大混乱となる。

なぜか魔王ユーゴのダンジョンは、二十四時間ごとに一人しか入ることができない設定がなされていたのだった。

数多の苦情が運営会社であるAアジールに寄せられることになるが、彼らはそれを「仕様です」のひと言でかたづけた。

この対応に大半のPO民は失望してゲームをパソコンからアンインストールすることとなったが、この異様な事態はネットの掲示板やまとめサイトなどで取り沙汰され、POの【ファイナルクエスト】――一体誰がアーリュ=ドラゴニアを嫁にできるのか――は、ゲーマーたちの注目の的となったのだった。


ゲーム内では《アーリュたんの嫁ぎ先を見守る会》が有志に結成され、【ファイナルクエスト】に参加するための整理券が配られるようになった。なぜか運営が仕事を放棄しているPOは、19XX年に核の炎に焼かれた世紀末のごとく荒れ果てて、誰かが仕切らねばならない事態となっていたのである。

ちなみにどうでもいい話ではあるが《アーリュたんの嫁ぎ先を見守る会》の会長ははじめて【ファイナルクエスト】に挑戦したプレイヤーであり、ファーストと呼ばれ尊敬されていた。


話は現在に至る。


【ファイナルクエスト】の存在が明らかとなって、五ヶ月が過ぎようとしていた。

これまでに百四十三人のプレイヤーが挑戦し、その全員が魔王ユーゴか、そこに至るまでのダンジョンのトラップによって屍を積み上げた。


恐るべき、超難度。

初見殺し、百連発。


――運営はアーリュたんを俺たちにやる気はないのだ。

――クリアさせる気のない難易度と設定ということは、単なる釣り餌だったのだろう。運営は地獄に落ちればいいと思うよ。

――そもそもAアジールなんて会社、聞いたこともねぇぞ。なんだよ逆シャーかよ……あれはαか……。

――300番台の整理券のアカウントをオークションで落札した。七万も払った。けど後悔はない。チャンスは来ると思う。いや、誰が初見クリアなどできるものか。アーリュを嫁にするのは俺だ。


挑んだ者たちは、ある者は雄弁に、またある者は言葉少なに【ファイナルクエスト】について語った。何人かのチャレンジャーはクエストの様子を動画投稿サイトにアップしており、俺もそれにはひととおり目を通した。

たしかに、わけがわからない難易度だ。

ダンジョントラップはフレーム単位の操作が必須であり、さらに背後からは触れれば即死の巨大棘付き鉄球が、足場を破壊しながらせまってくる。


真っ先に悪辣なトラップを突破し、魔王ユーゴとの対面を果たした動画をアップしたのは、有名な目隠しマリオの実況者だった。

しかしその動画も、十秒後にはなにが起こっているのかわからないまま、ヒットポイントバーがみるみるうちに削れて終わる。

ダンジョンのトラップは有志によって解析されて、その後三本の動画がユーゴのもとまでたどり着いたが、その後の展開はさして変わりはしなかった。



俺が今から挑もうとしている【ファイナルクエスト】とは、以上のようなものである。



馬に乗った俺のアバター《Z・ERO》が、魔王城の前に到着した。

魔王城の前には物見遊山で集まったプレイヤーたちがいて、チャットのウインドウが高速でスクロールしていく。


――今日の求婚者が到着した!

――ZとEROのあいだにカンマ……Zは究極を意味する……。

――つまり、究極のエロ! エロエルフ!

――こいつは期待できるぜ!


 うるせぇな。


《ZERO》はすでに使われてたんだよ……。

次男坊なのにレイなんて、中二病をこじらせる名前をつけてくれた両親には、本当に感謝だ。いや、名付け親は、おじいちゃんなんだけど……。医者の癖に、零戦とか大好きなんだよな。


――死んで町に戻ったら、ここまで戻って来いよぉっ!

――動画アップしろおらぁっ!

――骨ぐらいは拾ってやるぞぉおらぁ!

――俺の整理券の番号は三年後だからクソ運営に鉄槌を下してくれよおらぁっ!

――なんかひと言いってけよおらぁっ!


異様なテンションで見守られる中、俺は花道を駆けぬけ、ダンジョン魔王の城へと続くゲートの前に立った。


俺は一度ふり返り、アクションコマンド《勝利のポーズ》を選択。

画面の中の俺のアバターが、拳を天に突きあげた。


 今日が、おまえらがPOにログインする最後の日だ。

 終わったらスレ立てしてやるから待っとけ。

 スレタイは――。



【俺がアーリュの旦那だけど】アリュ姫と結婚するつもりで独身を貫いてきたPO民、おりゅwww?【なんか質問ある?】

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