2.外見と中身は必ずしも一致するとは言えない
次回から更新速度遅れます故
地球とは違う異世界。《ラインオンライン》を彷彿とさせる物が溢れ、何かしらの繋がりがあると思われる世界。
山から雪解け水が流れてくる為か夏になっても冷たい川の上流から、どんぶらこどんぶらこと人が流れてくる。その人は高価だと一目で分かる修道服を身につけていて、プラチナブロンドの長い髪が顔に張り付いている。
死んでいるのか気を失っているだけなのか、ピクリとも動かずにそのまま大きな岩に引っかかった。その衝撃に猫子猫は目を覚ました。
「うぅ」
ズキズキと痛みを訴える頭を抑えながら、無意識に回復魔法を発動させる。痛みがなくなったと同時に猫子猫は体を起こそうとしたが、手を付いた場所はヌメっていて滑って転ぶ。
反射的に体が動き、岩ではなく川の中へと倒れこむ。派手に水飛沫を上げながら体が水の中へと入り、何処かぼんやりとしていた意識が一気に覚醒する。
「ゴホッゴホッ……」
咳き込みながらも濡れて顔に張り付いた髪をかき揚げた。今度はしっかりと体を起こし、陸へと上がる。
水を吸って重たくなった修道服を見て、生活魔法の一つ【乾燥】を発動して水気を飛ばす。その時に猫子猫は微かな違和感を覚えていたが、気のせいだとあまり深く考えなかった。
キョロキョロと周りを見た後、猫子猫は眉を寄せた。先程まで氷の世界にいたのに、今ではじっとりと汗がかく程暑い森の中にいるのだからしょうがない。逆にそれくらいしか変化が見えないのだから凄いとしか言えないだろう。
「あの転移魔法陣、変なとこに繋がってるんやな。迷宮の入口に出るもんやろ、普通。しかも皆おらへんし……ヒーラー一人でどないしろいうねん」
悪態を付きながら、大きな溜息を吐く。周囲に敵対する気配がないのを確認していたとしても、今何処にいるのかすら解らないので安心なんてできない。植物などで場所を特定できる程、植物をよく見てきた訳ではないのだから。
(一番の問題はBランク以上のモンスターがうじゃうじゃ出るエリアやった場合やな。最上級モンスターやったら最悪死ぬで、うち)
モンスターはFランクからSランクまでプレイヤー内で分けられていた。それは厄介さや強さで分けられているので、防御力がないモンスターでもSランクだったりすることもある。
Bランク以上のモンスターが出てくれば、猫子猫は手も足も出ないだろう。とは言え倒せないだけで向こうも猫子猫を殺せず、時間だけが無意味に過ぎていくだけだ。
Bランク以上のモンスターにダメージが通る程強い攻撃手段はない。そして猫子猫も猫子猫でダメージが通っても自分で回復魔法を使うので、MPの自然回復量が上回ればゾンビのように何度でも立ち上がれる。
倒すのが難しいだけで生き残るだけなら難しい事ではなく、そして何よりも逃げ切れるのも簡単だった。猫子猫はもう一度溜息を吐いてから方針を決めた。
(何時までもここにいてもしゃあないし、適当に進んでみるしかないんよね。とりあえず森から出るのが先決や)
アイテムボックスから水筒を取り出して、川の水を入れる。その水に生活魔法である【浄化】発動させる。ゲーム内でも服が濡れたり、水を飲んで腹が下したような痛みに襲われる事は多々あるので、生活魔法はプレイヤーにとって必修とされていた。
武器はいつの間にか手から離れていたのかアイテムボックスに収納されていたので、打撃もある程度できる本を装備する。今だけは装備していた装備がプレイヤーの体から離れれば、自動でアイテムボックスに入る機能が今程ありがたいと思った事はない。
「【召喚:ブラン】」
広大なもう一つの世界を冒険するというのが《ラインオンライン》のキャッチコピーだ。なので街から街まで歩いて数日かかるのは当たり前だった。だからプレイヤーにはそれぞれ足になるモンスターが召喚できるようになっていて、個人によってそのモンスターが違う。
猫子猫専用の乗り物はペガサスで、慣れたようにヒョイっと飛び乗る。ブランと名付けられたペガサスは嬉しそうに鳴いて、主人の命令を待った。
トントンと首元を猫子猫が叩くと、ぶるりと震えた後に胴体から生えていた立派な翼をしまった。森の中では翼は邪魔になるのと同時に、ペガサスはいい素材が剥げるのでマナーの悪いプレイヤーに狙われるのを防ぐ為だ。
「んー向こうやな!……多分」
もしかしたら街がある方向の真逆へと進んでいると疑問が頭を過ぎりながらも、ただ川に背を向けながらブランを走らせる。森の中では全力で走らせられないが、頬に当たる風が気持ち良くて猫子猫は目を細めた。
時々食べれそうな木の実やらをアイテムボックスに入れながら、森の外へ外へと進んでいった。
この時まだ猫子猫はこの世界が《ラインオンライン》、謂わばゲームの中だと信じて止まなかった。なまじ現実味がありすぎるゲームだった為に、微かな違和感しか感じなかったのが裏目に出てしまった。そしてそれ以上に、ここが異世界だと猫子猫は気付きたくなかったのだ。
「……あれ街道ちゃうか?」
途中で木の実をつまみながらも、太陽が真上まで上がった頃には森から脱出できた。視界いっぱいに広がる草原に、何かによって踏み固められた道を見つけてホッと息をついた。
どちらに行くとしても結局は人がいる場所に行けるので、勘で猫子猫は右を選んだ。阻む物は何もないので全力で走らせる。ブランは空を飛べるが、もしも街や村などを見落としたら大変なので地上を走っていた。
猫子猫と共にレベルアップしていったブランの速さは、自動車にも負けてなかった。だから日が暮れる前に街を見つける事ができたのは、必然だと言えるだろう。運が悪くても丸一日はかからなかったと思わせる程、ブランは速かった。
その街は見上げる程に高い外壁に囲まれ、中の建物が全く見えない程だ。しかし中から活気の良い雰囲気が溢れている為、見た目とのギャップが凄まじい。
「なんや、迷宮都市かいな」
迷宮都市とはその名前の通り、迷宮の入口が都市内部にあるという少し特殊な都市だ。その数は少なく、国に一つあればいい方だと言えるだろう。
何故なら定期的(数十年単位)に迷宮から少なくない数の魔物が溢れてくる為に、迷宮都市は必ずその魔物を外に溢れさせないように外壁を築く。そして侵攻の度に都市は被害を受けるのだ。
利益があるとは言え、それ以上に損害もある。街の中にあれば冒険者にとっても便利なのは便利なのだが、領主にしてみれば頭が痛い問題だ。
それでも迷宮都市が全くなくなることがないのは、迷宮からもたらされる素材や宝箱の中身を国の上層部が求めているのと冒険者によって経済が活気づくからだろう。
(まぁ迷宮都市なら人の出入りも多いやろうし、うち一人が目立つ事はないやろ)
もしも猫子猫の容姿が平凡で、着ている服も冒険者が着ているような服ならば、通行者の一人としてしか認識されなかっただろう。しかし実際はどちらも逆で、目立たないのが無理だと思える程街道を走っている今でも人目を惹いていた。それでなくとも真っ白な毛並みの美しい馬に乗っている時点で、目立つのは避けられなかっただろうが。
すれ違う冒険者や商人達の視線に気付いてないのか、それともそこに敵意がないから放置しているのか、猫子猫はまるで自然体でブランを歩かせる。流石に人通りの多くなった所で、ブランを全力疾走させるのは事故が起こる。
(にしても迷宮都市をうちが知らんいうんも変な話やな。未発見の国もあるって公式で言うてたし、その国の迷宮都市の可能性が高いねんけど……なんや全体的に装備なんかが貧相や)
チラチラとこちらを見てくる冒険者達を遠慮なくじーっと観察しながら、そう結論を出す。★10、そして例外として神を倒してでないと貰えない★規格外が最高のレア度で、彼らの装備は下から★2で一番高くとも★4までだった。
プレイヤーでさえ昔なら兎も角、今では★7以上は普通に作れるNPCもプレイヤーもいる。ここに来て初めて猫子猫は疑問を抱いた。
(それになんでアイテムボックスに荷物を入れへんねやろう?邪魔やろ)
それもその筈、アイテムボックスは魔力が扱える者しか使えなく、しかも最初に開いた時の容量から増えないのだ。猫子猫達プレイヤーのように無限に物を入れられない為、アイテムボックスを使える者は例外なく貴族や大商人に唾を付けられている。
装備に関しても★7など一生で一度見れるか見れないかで、★9など伝説とまで言われている。猫子猫が身につけている装備一式を売ろうとしてもその価値に値段はつけられず、天文学的な数字になることは間違いない。
「なんや、おかしいな……。街着いたらログアウトしてググってみるか」
険しい表情をしながら、猫子猫は小さく呟いた。《ラインオンライン》はそのリアルさから、インターネットへとログインしたまま検索をかけられず、ただ掲示板だけはプレイヤーの要望で自由に書き込みができるようになった。
この時パーティメンバーに連絡を取らない、もしくは犬飼達から連絡が来ない意味を、無意識のうちに薄々察していたと猫子猫は後々苦笑して言う。
猫子猫が迷宮都市に近づくにつれ、周囲も騒がしくなっていく。“喋らなければ”神秘的な美女である猫子猫が近づくにつれ、門番をしている兵士達も浮き足立つ。
ブランから降りてずらりと並んでいる列の最終尾に並ぶ猫子猫。その様子を見た人達が思わずスっと左右に分かれて順番を譲る。
猫子猫は順番を守るつもりだったし、《ラインオンライン》でもこんな状況が起こったこともなかった。まるで猫子猫自身が道を譲りたくなるような雰囲気を醸し出しているかのような対応に、申し訳なさそうに頭を下げた。それにかえって恐縮している人達に、一人一人に礼を言って通り過ぎた。
「えーっと……ごほん。迷宮都市、迷宮へようこそ!」
兵士の言葉に猫子猫は笑えばいいのかと真剣に考える。しかし兵士は全くボケているような様子は見受けられず、他の兵士も同じセリフを言っているので、迷宮と名のつく迷宮都市なのだと理解した。
(名付け親だれやろ?狙ったか知らへんけど、そこはもうちょい捻らなツッコミも大変なんやで?)
《ラインオンライン》は初期プレイヤー全員が、全言語翻訳というスキルを持っている。それは一種の開始記念のような物で、一ヶ月後には配られていなかったが、猫子猫はβから参加している筋金入りだった為に普通に持っていた。
そのスキルが異世界に来た事で変異し、過去の人が名付けた街の名前すらも翻訳していたのだ。なので猫子猫以外の人には“迷宮”ではなくて“カレル”として聞こえる。猫子猫以外の者が少しも可笑しいと思ってないのは、これが原因だ。
因みに猫子猫がOKと言えば、まず和訳(“いいよ”や“わかった”など)され、それから猫子猫と話している人が理解できる言語に翻訳される。しかし関西弁などは大まかに言ってしまえば日本語の為、標準語に直されずに殆どニュアンスで伝わる。
「お名前は?」
「猫子猫です」
「ネコネさんですね」
身分証を猫子猫が持っていなかったので、中で犯罪を犯した時に指名手配書を発行する時に必要な名前や容姿などの特徴を素早く書き込み、数分程で猫子猫とブランは迷宮都市の中に入る事ができた。
これが平凡な人ならば倍以上はかかっていたが、猫子猫は個性の塊。修道服を着ている近寄るのが恐れ多く感じる美女と住人に尋ねれば、すぐさま猫子猫の居場所が解るくらいには個性的だ。
猫子猫は一つ背伸びをすると、人混みの中へとーーーーー消えていかなかった。というか目立つのだから溶け込めないのは当然である。
実際VRができたとして、同じような世界にトリップしたら、作者は確実に異世界だと解る証拠が目の前に出てくるまで信じない。