曖昧な境界線
書き直し 練り直しで更新が遅れました。
第3話
曖昧な境界線
「うん、いないんだね。前島さん、まだ症状は深刻ではないね、君、今、いないってことに気がついたね?なら、未来は明るいよ。」
先生は言葉を続けた。
「病識がないと伺っていたけど、十分認識できそうだね。受け入れるのは…少し時間がかかりそうかな?
病名としては、解離性同一性障害というもので、わかりやすく言うと二重人格というものでね。
うーん、香織さんの方に会ってみないとわからないこともあるしなー。」
と、ペンで机をトントンと突く。
「お母さん、彼女の依存度の高いものは何かな?いつもどんな時に彼女が変わる?」
「仕事から帰って、着替えて濃い化粧をした時に…。」
「あぁそれか、それがきっかけなんだね。
ということは、なかなか意図的に作り上げた人格かな。
前島さん、彼女はいつもどんな言葉を君にかけてきていたかな?思い出せる範囲で、嫌な気持ちにならない範囲で教えてもらえる?」
先生は、母から私に目線を移し尋ねる。
私はどくどくと脳を駆け巡る血の流れの音に邪魔されながら、遠くから聞こえるような先生の言葉を聞いた。
「いつも、いつもだいたい怒っています。私にも母にも…。あとお酒が好きで、飲むともっと怒るんです。」
しばらく間を空けて、また私が話す。
「だから、お前は弱いんだとか、頭が悪い…とか。昨日は、暗い…とか。」
先生はじっと私の方を見据え、話を聞いていた。
「そうか。ありがとう。じゃあ少しお母さんと2人で話をさせてもらおうかな。」
そういうと先生は立ち上がり、ドアを開け、おーい、と呼んだ。すぐに先程の優しそうな看護師が駆けつけ、先生と一言二言交わし、私に、行きましょうか、と声をかけた。
はい、と私は立ち上がり部屋を後にしようとした。
外へ出る寸前で、私は振り返り
「ごめんね。」
と、母に声をかけた。
あんなに辛く悲しそうな、でもどこか安心したような、あそこまで複雑な母の顔は初めて見た。
「ここでお待ち下さいね。」
そういって外来の長椅子に案内された。看護師も何故か横に座る。
「嫌なことがあった?昔に…。」
「嫌なこと…自分では自覚がないんです。いじめられたりとかもないし…。
ただ…。」
「ただ?」
「ただ、香織ちゃんはいました。高校に。さっき思い出したんですけど、すごくうるさい子で、派手で学校にもメイクしてくるような人で。」
「うん。」
「なのに、みんなに好かれてて、調子よくて、何故か頭もよくて。羨ましいなーって思ってたんです。」
はぁ、と短い溜息をついて話を続けた。
「でも、その子、裏表があって、私とか私みたいに地味な子に、すっごい意地悪だったんですよ。私よりバカでブスなのに、なんでいきてんの?って言われた時は泣いてしまって…。」
「それくらいかな、嫌なことって。でも、よっぽど嫌だったんだろうな。」
私は、滲む視界を誤魔化すように大きく息を吸い込んで上を向いた。
「珍しいわ。そこまで自己分析できる人。普通はもっと病気に対して否定的で抵抗するんだけど、あなた変わってるね。というか真面目なのね。」
と、看護師は笑った。
「そうですか?」
私もつられて笑ってしまった。
今思うと、いつから香織がいたのか、
私がいつ香織だったのかは正直わからない。
怒鳴っているときは、香織なのだろうが、仕事中、ヘラヘラとコミュニケーションを取っていたのも香織かもしれないし、友達と遊んでいたのも香織かもしれない。なんなら、その友達でさえ、私の作り上げた誰かかもしれない。
私自身には今、現実と妄想の区別がつかないのだ。
なんか哲学者にでもなった気分だわ、なんて考えていると先程の診察室ではない部屋へ案内された。
「ここで待っていて下さいね。」
そういうと、看護師がドアを閉めた。
母と先生は、一体何を話しているんだろう。
私には、症状は深刻じゃないと言っていたが、もしかしたらそうではないのかもしれない。母があんなにも思い詰めるほどだ、きっと色々しでかしたんだろう。
カチャリと音を立てて、ドアが開くと またあの看護師が顔を覗かせた。
「診察室へ行きますね。」
移動が多いな、と内心不満だったが「ごめんなさいね、外来にちょっと女性へ問題行動する患者さんが来たから移動させてばかりで…。」と看護師が説明してくれた。
やはりこの人は、気の利く看護師だ。
診察室に入ると母の姿はなかった。
「あれ?母は…。」
「あぁ、お母さんは今、手続きに行ったよ。」
「手続き?」
「そう。前島さんには、少し休養が必要だから、少しの間、入院してもらおうかなと思ってね。」
驚きを隠せなかった。お薬もらってハイ終わり、だと思っていたので、まさに寝耳に水だ。
「え?入院って…私、そんなに酷くないんですよね?なんで入院なんか…。仕事もありますし無理です!」
「今すぐにじゃないよ。来週の水曜日!朝10時に入院。症状の重い軽いではなくて、香織さんに会ってみないと治療できないから。」
「はぁ…。」
しばらく有給を使えばなんとかなるかな、と考え、数日なら、と返事をして診察室を出た
。
外来には、母がいた。
「穂花、あの、入院、」
たどたどしく話す母に、聞いたよ、とだけ答えた。母も、伏し目がちに、そう、とだけ答えた。
帰りの電車は、行きとは違った沈黙だった。母は何を思うのだろうか。
私はただ、自身のこの先を不安に思う気持ちでいっぱいだった。
私は精神病であり来週入院する、その現実を受け止めきれていない変なもどかしさがあった。
家に帰ると真っ先に、物置にしまってある洋服を捨てた。洋服の横の箱にしまってあった付けまつげやウイッグも見つけては捨てた。
私は香織と決別しなくてはいけない、そう感じていたからだ。
職場にも電話を入れた。さすがに精神病で、とは言い出せず、急な病の検査のためと誤魔化した。後々に診断書が必要だろうから、その場しのぎの嘘になってしまうが、仕方ない。その時はその時だ。
母との生活は、何の変化もなかった。
変な気は使わせまいと私も普通に生活していたし、それは母も一緒のようだった。
入院するにあたって、薄い冊子にようなものを手続きの際にもらったようで母に読んでおいてと頼まれた。
中には、病棟案内や持ち物、また持ち込みできないものの記載や精神科における患者の人権相談案内、入院中のタイムスケジュール、作業療法といわれるものの案内などが記載されていた。
「ふーん、カミソリだめなのか、え?ペンも?ベルトもだめ。へー。えー、ズボンの紐も?細かいなー。」
なんて独り言を話しながら読み進めていった。
中庭の写真や病室の写真、見る限りは明るく開放的な雰囲気だった。意外と、生活しやすい場所なのかもしれない。
入院理由欄に休養目的と書かれていることもあり、なんだかのんびりとしたものを想像してしまう。
「食事の用意も掃除もいらないし、まぁ楽な生活って感じかな。」
そんな風に思っていたが、精神疾患の治療という項目で手が止まってしまった。
薬物療法。
そうだ、私もきっと薬物療法をするだろう。副作用もあるに違いないわけで、よく精神薬への依存というものも耳にする。
我が儘かもしれないが、薬を飲むのには抵抗がある。飲みたくないというのが正直なところだ。頭痛薬や胃薬とはわけが違う。
一気に気持ちが沈んでしまったが、いざとなれば薬は隠してしまおうという結論で落ち着いた。
冊子をぱたんと閉じ、私は今日を終えることにした。寝室へ行き、横になった。
もう少しで香織がいなくなる。
そう考えると、何故か寂しくなったのは彼女がもう私の一部であることを私に教えるためだったのかもしれない。
結局 入院手前までになってしまいました。
入院方法を、任意入院にするか医療保護入院にするかで迷い書き直していました。
穂花には、"普通の人"寄りでいてもらいたいので任意入院の方向にしました。
任意入院…精神保健指定医の診察や指示は要らず、本人の同意があればできます。退院もその然りですが、実際入院すると「退院します!」といってもそこは医師との相談の上〜となってしまいますが。出来る限り、こちらの形態で入院させるのを病院としては勧めていると思います。
医療保護入院…精神保健指定の診察と入院指示、かつ家族(保護者など)の同意が必要で、また本人に入院の必要性が病状により理解できない場合の入院形態です。自傷他害の危険がある場合もこちらになることが多いのではないでしょうか。世間の入院数の半数程がこちらの入院形態になっているようです。
精神保健指定医というのは精神科Dr.の資格みたいなもんで、実務経験と研修や試験が必要だったと思います。
馴染みの先生が、給料がすごいあがるらしく、欲しいわーとおっしゃってました(笑)




