箱への入り口
初めての投稿ですが、なんとか連載していこうと思います。
ミステリーやサスペンスではありません。殺人なんて起こりませんが、ストーリーの進行上、死を扱うことはあります。
精神科病棟で起こる日常を一人の患者目線で描く、歪な日常。
誰もが知ることができる世界ではない、閉ざされた"箱"の中身。
あなたも覗いてみませんか。
第1話
箱への入り口
ガシャーンと大きな音を立てて、テーブルの上のものたちが床に落ちる。
まただ、と部屋の隅で溜息をつく。
声を荒げているのは、姉の香織である。テーブルを挟んで向かいに座る母親は、俯いたまま小刻みに震えている。
いつもの光景だ。私は極力関わりたくはないので、部屋の隅で現実逃避する。なんにせよ狭い家なので個人の部屋というものはない。リビングと寝室、あと1部屋物置きがあるだけのシンプルなものだ。
家賃5万8千円の賃貸アパートに、女3人で生活している。もう何年もそうだ。両親が離婚して10年、私ももう26歳になった。
仕事を終えて帰宅すると、水商売の姉がけばけばしい服装に身を包みヒステリックに母にあたっている光景が私の日常だ。
いい加減にしてよ、と内心は思っているが本人には言わない。いや、言えないというのが本音だろうか。
「もうやめて、どうしてそんなにおかしくなったの。」
驚いた。俯いたままだが、母が珍しく反論したのだ。その言葉に香織は驚きと怒りの入り混じった表情を浮かべる。
「私がおかしい?! なんでおかしいか教えてあげましょうか! あいつよ! あんな暗い女が家にいるのがムカつくの!」
また驚いた。姉の指す先には私がいた。暗い女?私が?
「あんたがいるから部屋が暗いの! 母さんもそう思うでしょ?!」
まくしたてるように叫ぶ。
「そうね。そうよね…。」
予想外の返答だった。まさか母親から肯定の言葉が出るとは、思いもよらなかった。
2人と目を合わせることもできず、私は無言で寝室へ入った。お風呂も入ってないな、ごはんもいらないや、と着替えをすることもできず布団へ潜り込んだ。
眠っていた。よく眠れたものだと自分の神経を疑うが、仕事で疲れているのだ、身体は休息を求めているのだろう。
暗い部屋が一段と暗い。重苦しい気持ちがのしかかって目眩がしそうだ。
「起きてたの。」
寝室の扉を開けて入ってきた母が言う。
「香織はいない?今日は行きたいところがあるのよ。」
「お姉ちゃんは、また飲みに行ったんじゃないの?どこ行くの?」
「いいから。」
行き先は伝えられず、はぐらかされたが母がそれ以上は何も話したくなさそうで私も聞くことができなかった。
とりあえず、ささっと身支度をして母についていった。
電車に揺られながら、あぁ親子で出掛けるなんて何年ぶりだろうか、と子供の頃に想いを馳せた。
両親が離婚してからというもの、母は働きづめだった。私が高校を卒業して就職してからは、家計の苦しさも改善したのか夜勤のパートには行かなくなったが、それまでは母は一体いつ寝ているのだろうと思うほどであった。べたな母子家庭だったな…。
当時から姉とは不仲で、よく喧嘩した。というより、一方的に不満を述べられ、殴られた。母に相談したこともあったが、怪我もしてないじゃない、と相手にされなかった。まぁ母も忙しく、それどころではないといった感じだったのだろう。姉に反論できなくなったのは、そのせいだ。
懐かしいな、小さい頃はプールも行ったな、なんて考えていると、降りるわよ、と声を掛けられた。
普通の街並み、都会とまでは行かないが、住宅が建て並ぶ至って普通の街についた。
駅を出ると、もう11時で日差しが強くなり始めていた。5月だというのに夏のような暑さだ。
「どちらまで?」
少しタバコ臭いタクシーの車内。運転手はバックミラー越しにこちらを見る。
「あすかやましんりょうそうごうまでお願いします。」
母の口から行き先が告げられた。
しんりょうそうごう、病院か?何故?
もしかして、母は病気なのか?告知のために家族を呼ぶといのはドラマで見たことがある。
「え?お母さん、病気なの?どうしたの?」
「いいから…。」
母は暗い顔をしたまま、ぎゅっと膝元を握る。
あぁそうなんだ、もうだめなんだ…と私も自然と膝元に目線を落としてしまう。
しばらくしてタクシーが大きな建物の前に止まった。
「着きましたよ。」
母が支払おうとする手を止めて、私が支払いを済ませ軽く会釈をして降りた。
この建物が病院か、入り口を探そうと目をやると病院の看板が見えた。
飛鳥山心療総合病院
心療?診療ではなくて?
心の病…精神科病院なのか?
いくつもの疑問が頭を駆け巡る。
「おいで。あんたと香織を引き離すにはこうするしかないのよ。」
入院まで書いていましたが消えてしまい、区切りをここにしました。
次回は医師と対面し入院に至るまでの流れを書く予定です。
読んで頂いてありがとうございました。