揺れる北の大地(デンマーク内紛編)
今月2回目の更新です!
スペイン内戦と同時期に.....
1936年7月12日
『ノルウェーにデンマークの一部割譲か。どの様に行うのだ?私は宣伝しか出来んぞ。』
『それだけ出来れば十分。デンマークにナチスの支部があるだろう、そいつらを使えばいいのさ。』
藤伊の言葉を聞いてドイツ宣伝大臣のゲッペルスは頭を抱えそうになった。宣伝大臣と言う立場にいるから支部の者達を動かす事は容易だが、藤伊の提案は支部の崩壊によってデンマークの一部割譲が達成されることに気付いていたからだ。
『しかし、支部を一から設立する事は大変時間が必要だぞ。それにデンマークはドイツの占領予定地に含まれているのだ。』
ドイツプロイセン帝国時代にドイツデンマーク戦争で得たユトランド半島のシューレスヴィヒ、ホルシュタインに一部をデンマークに返還した事で、ドイツは此れからの領土回復を考えていた。
史実ではユトランド半島を含むデンマークの占領戦略であったが、今回はユトランド半島とバルト海のデンマーク領土の島々をノルウェー、スウェーデンが狙っているからだ。だから、この二ヶ国と敵対する事が得策で無い為、戦略を変更したのだ。
ノルウェーがデンマーク領ユトランド半島の北部を狙う理由は国土が寒い為、少しでも暖かい土地が欲しいからだ。デンマークはノルウェーから近く、そして国際立場からしてもデンマークが下に位置するから占領し易いと考えたのだ。
ノルウェーだけでは占領が不可能かもしれないが同盟国の日本、イタリア、スウェーデンと友好国ソ連、イギリスと番犬のドイツを利用すれば、成功確率は格段に上がるだろう。
『そんな作戦変更すれば問題ないだろう。デンマークに今のドイツが入り込む隙なんてないぞ。』
『総統は、』
『彼奴は保って10年だ。お前もわかるだろう。ナチスはドイツを完璧に統率出来ていない。このままだとドイツは東西に分裂するぞ。』
ナチスはドイツを統率出来ずにいるが、ドイツ国防軍の戦力は年々増加している。1年前の再軍備宣言によって事実上ドイツの軍備制限が撤廃された事で、国防軍が躍起になって軍備増強を進めているからだ。
軍備増強の面ではナチスと国防軍が協力しているが、内政面になると対立している。ドイツの地方自治体でも国防軍派閥が大多数を都市の占める地方議会はナチス政権から政策実施命令の無視を貫いている。ルール工業地帯の地方自治体は納得できない政策の不実施をしている。
ルール工業地帯の自治体が敵対できる理由はフランクフルト特別行政都市に駐屯するイタリア軍の影響が大きい。フランクフルト周辺の都市にイタリア総領事館やスウェーデン総領事館が置かれた事により、総領事館の者達の監視の為、ドイツがその都市に介入を躊躇させる状況になっていた。
ナチス発祥の地であるドイツ南部大都市ミュンヘンではナチスが最大勢力であった。ドイツ南部はナチスに従う地方自治体が大半であるが、ドイツ西部は国防軍支持の地方自治体が大多数となっている。
東部の首都ベルリンや北部のハンブルクなどは勢力が拮抗している為、双方とも勢力拡大に様々な方法で地方議会掌握を進めていた。
北部のハンブルクは今大変微妙な位置に立たされていた。ノルウェーの海軍基地に日本艦隊が寄港しているからだ。明らかにデンマークとソ連への牽制だと判断できた。それにより、北部の住民達はピリピリしていた。なぜなら、北部のハンブルクはユトランド半島に大変近い為、ハンブルクの住民達はユトランド半島の出来事に敏感なのだ。
デンマーク領ユトランド半島の北部の一部をノルウェーが占領したとなれば、四ヶ国連合軍の半島南下侵攻が開始されるのでは、と不安になるだろう。ノルウェーが占領した大義名分がナチスデンマーク支部の暴動の鎮圧となれば、現ナチス政権への大きな不満となる事は必然だ。
『総統がいなければ、さらなる混乱が生まれるから容認できない。』
『そこは宣伝大臣が何とかするべきだろう。彼奴を利用しろ。』
スペイン内戦の反政府軍を全面的に援助しているドイツ、イタリアは国際社会の評価が下がり続けている。イタリアとしても国際社会批判され続ける状況は何とかして打開したい事であるが、スペイン内戦から撤退したくない。
イタリア経済界や軍部が内戦の介入を全面的に支持していたからだ。経済界としても大量の物資が消費される戦争は大変魅力的な市場で、軍部は試作兵器の実験場になっていた。国民もイタリア軍兵士に殆ど死傷者がいない為、職がない多くの若者達が軍属中は安定した収入が得られる軍隊に志願していた。
この為、イタリア政界上層部も大変悩ましい問題であった若者の失業が解決されつつあり、引くに引けない状況となって引くタイミングを考えていた。
四ヶ国もイタリアが非難され続ける事は好ましくないと考え、イタリアがドイツを監視している立場で介入していると世界に知らしめる必要があった。よって、ドイツの暴走を四ヶ国共同で抑える一件が考えられたのだ。
デンマーク領ユトランド半島北部の一部を領有したいノルウェーの思いもあり、デンマーク侵攻作戦が導き出されたのだ。
『ならば、ベルリンオリンピックのニュースでもやるか。秘密裏にことを進めれば、マスコミにリークされにくいだろう。』
『ナイスアイデア!』
ベルリンオリンピックは1936年8月から開始される。オリンピックのニュースで国民の関心を国外の事柄から国内の事柄に集中させれば、何とかなるだろう。
『ドイツ北部地域はどうするつもりだ?』
『一応、均衡状態に留めておくよ。国防軍が調子に乗って暴走しても困るしね。』
『そうだったな。最近、空軍にテコ入れしているそうだし。』
藤伊が最近、ドイツ空軍士官達と頻繁に交流している事をゲッペルスは耳にしていた。空軍士官達の上層部離れを面白く思っていない空軍大臣のヘルマン・ゲーリングや親ナチス将校らが総統官邸でヒトラーにチクっている事は誰もが知っている。
藤伊が空軍士官達と交流する機会を増やしたのは、ドイツ空軍試作爆撃機を手に入れる為であった。友人になれば、売却もすんなり行えると考えていたのだ。
ドイツ空軍試作爆撃機、後のスンカースJu87シュトゥーカである。1935年に空軍採用が決定し、現在大量生産に移行中の状態だ。
シュトゥーカは魔のサイレンを鳴らしながら、急降下爆撃する急降下爆撃機として有名だ。大戦初期で十分な戦果を叩き出したが、後継機が現れなかった為、大戦後期まで使用された。が、大戦後期では連合軍最新鋭機にとても歯が立たない状況であった。
まあ、藤伊は異分子である自分の影響によりシュトゥーカの空軍採用が見送られることを避けたかったのだ。要は魔のサイレンを生で聞いてみたかったのだ。
『なら、宣伝省にテコ入れしてやろうか?』
『ぬっ。そ、それは、困る。』
ゲッペルスは一瞬驚きで声が出なかった。なぜなら、藤伊が介入する事は他ナチス幹部らに弱点を握られることに等しいからだ。今までコソコソとやってきた事を交渉材料として藤伊は利用して更に踏み込んでくるだろう。
ナチス党員達は一応、ヒトラーの元に集まっているが私利私欲の為に行動する。多くは出世の為に互いに争い、大変仲が悪い。ゲッペルスも隙を見せれば瞬く間に引き摺り下ろされてしまう状況なのだ。だから、お互いに隙を見せないよう、弱みを見つけようとする。
藤伊も私利私欲の行動をするが、第一の欲は金であって大変シンプル。それ以外を持って来る人物は妻の千代子で十分だった。しかし、今でも金を親切心から困っている人に渡してしまう千代子の行動は理解出来ていない。
『しないよ。そんなに焦るな。』
『旦那は魔王、夫人は天使か。』
千代子は藤伊と違い、心優しい穏やかな心の持ち主である。大量の人々が押し掛けたフランクフルトの衛生環境及び都市再開発の為に大金を自治政府に寄付して、一躍有名になっていた。彼女自身は人として当然な事をしただけと思い、一躍有名になった事を不思議がるほどだった。
寄付の提案の手紙を受け取ったフランクフルト市長が驚き、藤伊が大金を寄付する、と周りに自慢した事が始まりだった。魔王と見なされている藤伊からの寄付。情報は瞬く間に広まり、藤伊栄一伯爵の元へ多くの者が押し寄せる事になってしまった。
しかし、手紙の差出人が、藤伊千代子と書いてある事を市長は度重なる激務の為に見落としていた。市長が後から気付いてももう遅い、事が大きくなり過ぎて自分の見間違えであったと言える状況ではなかった。噂を聞いたゼネコンがフランクフルト市議達とコンタクトを取り始めたからだ。
市議達に献金して受注しようと動いた為、連日の様に市議達が市長を訪れ自身に献金している企業ピーアールをしてくるのだ。特にオランダ企業が積極的であった。如何にかして一枚噛もうとオランダ大使まで詰め掛けて来るほどだ。
オランダも自分の立場が危うくなりつつある欧州の現状に気付き始めていたからだ。安全保障からするとフランクフルトと関わっていれば、委員会構成国とのパイプが出来ると考えたのだろう。
オランダは軍事力で勝るドイツの本土侵攻を大いに恐れている。WWⅠで中立国ベルギーへと侵攻したドイツの例があるからだ。
『はあ?天使?女王の間違いだろう?......。魔王と女王なら釣り合うな。』
『そうじゃない....。もういい。』
『まあ、導火線に火をつけ忘れなければ、問題ないさ。』
『はぁ。仕事が増えるなぁ......。』
「なるほど、蘭領海軍基地への日本海軍入港を許可ですか......。中々魅力的な提案を持ちかけてきましたね。」
藤伊の左腕と見なされている宇垣纒少将がオランダからの提案を聞いて笑顔で頷いた。
「石油の問題は解決出来ましたが、問題はベルギー北部のオランダへの割譲だ。」
吉田茂欧州担当大使も難しいと感じているからこそ、石油提供の対価が平等でないと言っているのだ。
日本の最大の石油輸入国はアメリカであるから、なんらかの事情で輸入が制限された時、国が大きく混乱してしまう危険性がある。この現状を打破する為、アメリカからの割合を減らし、新たな輸入先を見つける事となった。
其処で目をつけたのがオランダ領インドネシアである。日本からも比較的近く尚且つ、大規模な油田が多数あるからだ。国際情勢から判断してもオランダは中立の姿勢が維持しており、日本に対して露骨な嫌悪を表していないから日本政府も交渉に積極的だった。
結論から言うとオランダからの石油輸入はすんなりと合意できた。が調子に乗った政府と海軍が日本からすると貧弱な海軍力しか保有しないオランダ植民地海軍の基地への寄港を求めた。
オランダはこの提案も承諾した。しかし、条件をつけたのだ。ベルギー本国領の北部オランダ語圏の割譲である。舞い上がっている日本側の交渉役達はすぐに承諾した。
ベルギー本国は南北で主流言語が違う。北部はオランダ語圏、南部はフランス語圏。首都ブリュッセルは周りをオランダ語圏に囲まれているフランス語圏である。建国当時、フランスの勢力が強かった為、主要語はフランスとなった。しかし近年オランダ語圏の経済力が向上し、フランス語圏は経済力低下している現状だ。
この様な状況の為、オランダ語圏をオランダ本国に取り込もうとオランダ政府が考えたのだろう。まあ、ベルギーはオランダから独立した歴史があるので感情的に取り返した思いがあるのかもしれない。
「ドイツにもクギを刺しておく必要があるな。」
「日本は同盟国とドイツにオランダ不干渉を徹底しなければ、蘭領の寄港と石油輸入が遠退いてしまう。これがどれだけ大変な事かわかっているのか、本国石頭共は。」
「吉田さん、海軍がオランダのベルギー北部の併合をなんとか他国に確約させましょう。そちらは、日本のスペイン内戦への立ち位置を曖昧にしてほしい。」
「立場を曖昧にする事は日本人の得意分野ですから、お任せられ。」
YES、NOと言えない日本人の性格上の問題である。だから、吉田が自信たっぷりなのだ。自分がやらなくとも部下に押し付けておけば、十分に働いてくれると思っていた。
吉田は仕事が減った、減ったと内心喜んでいるに違いない。要請している宇垣も吉田の自信ある態度を見て苦笑いしている。
『生徒諸君も知っての通り昨日、日本、イタリア、スウェーデン、ノルウェー、ソ連が同時に国際連盟を脱退した。』
教壇に立つ教師が生徒達に言った。このニュースは多くの者達に衝撃を与えていた。朝刊にも大体的に報じられていた。5ヶ国同時脱退は今までにない事であり、どの国も国際社会に只ならぬ影響力を保有しているからだ。
『先生。どうして、同時に脱退したのですか?』
『うむ。5ヶ国の利益が一致したからでもある。スウェーデン、ノルウェーの意見の無視が出来なかったからだ。』
『では、我が国が原因なのですか?』
生徒は大講義室にいるその他生徒達全員の意見を代弁している様子だった。先生と生徒達がいる国はデンマーク王国で、5ヶ国同時脱退の原因をつくった国でもある。
デンマーク王国が、国連総会でスウェーデン、ノルウェーを名指しで批判した事が亀裂の始まりだ。スペイン内戦への直接的介入するイタリアと間接的な介入する日本はデンマークの批判を快く思わなかった。一部の加盟国がスペイン内戦介入も批判したからだ。デンマークの批判内容は、デンマーク周辺の海域での軍事演習及び陸上で2ヶ国共同演習が対デンマークを意識している事だ。
東欧政策に不干渉の立場を貫いているノルウェー、スウェーデンはソ連に取って友好国である。この2ヶ国が不干渉の立場の為、日本、イタリアも其れに同調して不干渉だ。4ヶ国が不干渉であるから、東欧諸国の意見を国連で抑えつけることが出来ていた。
ソ連はノルウェーとスウェーデンがデンマークに集中している時しか東欧諸国への介入が強引にできない。よって、2ヶ国が東欧諸国に目を向ける事は好ましくない。
『原因かもしれないが間違った事は言っていない。しかし、結果だけ見ると我が国が原因で国連の影響力が低下したのは事実だ。』
『国際社会が黙っていません。』
生徒は嫌でも自国の非を認めたくないようだ。WWⅠ後の欧州は大国ドイツを多くの小国が抑えている体制と見られているが実際は違う。五大国が抑えているのだ。
国際社会は絶えず変化していく。フランクフルト特別自治都市の裏から操る4ヶ国がドイツを利用しようとしている為、ドイツを抑えるヴェルサイユ体制は崩壊している。4ヶ国はドイツの強化を望んでいるからだ。
敗戦国ドイツを格下と見なして優越感を味わっている欧州小国の国民は承認できない。国際社会が、人権が、御託を並べても何も変わらない状況になりつつある。これからは軍事力が国を左右する10年に突入するのだから。
『なら君はノルウェーにいる日本海軍艦艇を見てから言えるかね?』
『今からなら間に合います!なんとかしましょう、先生!』
『難しいだろう。もう、準備は万端のはずだ。我々がキッカケを作ってしまったのだ。......だが、諸君!まだ、始まっていないから対応する事が出来るだろう!!これからは色々と考えよう!』
生徒達はやる気に満ちていた。この先生は前々から、デンマークの危機について述べてきた人物であった事は大学内で有名だった。過大評価だと思われ、いつも講義を受けていたのは20人程であった。
それが、500人程収容出来る大講義室に立ち見までいる多くの生徒が熱心に聞いてくれた事が嬉しかったのだ。先生が激励の言葉を言った理由は、この国の若者達がまだまだ諦めていないと思えたからだ。
『宣伝省め!彼奴らさえ、いなれば!!』
そう言いながら、ドイツ国防陸軍ジープのタイヤを蹴る将校がいた。彼の名はエルビン・ロンメル少将だ。宣伝大臣ゲッペルスの策略でヒトラーの護衛隊長から陸軍兵器調達課へ異動させ、ここには兵器調達課現場監督としている。戦闘部隊でない事がロンメルを苛立たせていた。
『やけに元気だね、ロンメル少将。ああそれと、儂の車をあまり傷付けんでくれ。』
肩書きが少将であるからロンメルの行動は多くの軍人達は無視していた。そんな彼に近づく国防陸軍のトップであるルートヴィヒ・ベック上級大将は笑顔であった。現在、ここデンマークと国境が近いドイツホルシュタインでドイツ国防陸軍の大規模侵攻演習を行っている。これがデンマーク侵攻とも考えられる為、デンマーク側には大規模なデンマーク陸軍が展開している。ドイツ国防陸軍の装備を見るからに侵攻行動へと移行する事も可能である。
『!?申し訳ありませんでした!』
『まあ、いいさ。兵器調達は予定通り進んおるか?』
『軍に最新兵器が配備された事により、現場で扱いが違う為、予定通り進んでおりません。』
ドイツ国防陸軍は短期間で巨大化し最新兵器も多数配備された。新兵が多い為大規模行動が遅れ、最新兵器が配備されたがこれまで扱いの違いで混乱も生じていた。要は、色々と予定通りに進んでいないのだ。
『最初はそんなもんだろう。気にするな。問題点はあったか?』
『はい、大規模な部隊を短期間で移動させるのは鉄道が無ければ、難しいです。我が国は鉄道しか選択肢がない事です。』
鉄道ぐらいしか選択肢がない。兵器調達にも影響が出る。補給路が制限されることにより軍事行動も制限されてしまう。自動車が選択肢に含まれていない理由は、まだまだ普及していないからだ。5年程経てば、選択肢に含まれるだろう。
『あとは船か......。しかし、なぁ。海軍はデーニッツが中心となって潜水艦ばかり建造しておるぞ。』
船という選択肢はドイツにない。バルカン半島へ侵攻する時に利用出来ないからだ。バルカン半島とドイツは陸続きでエーゲ海沿岸部への輸送は強力な海軍保有のイタリアが行うからだ。
ドイツ軍上層部はイタリア海軍の支援が得られると考えている。だから、海軍が潜水艦建造を中心としていても何も言わなかった。一から海軍海上戦力を整える事は時間と労力の無駄と思っているからだ。
『いえ、違います。私は鉄道の早期整備が大変重要だと考えています。』
『なるほど、陸軍も鉄道事業に協力しなければ、早期整備ノウハウが得られないというわけか......。わかった。』
鉄道の知識が少しでもあれば、輸送面で役立つ事があるとロンメルは兵器調達課のトップになって気付かされた。ただ、破壊するので無く、その後の補給も考えながら侵攻する大切だが多くの軍人が一生知ろうとしない事を知った。ロンメルの部下達の人選は彼が有能だと思ったら他の部隊から引き抜いていた。
引き抜かれた古参達は出世街道から外れたと嘆いたらしい。若者達は憧れの部署に配属されたと喜んだらしい。若者達が喜ぶ理由は宣伝の影響である。
宣伝省が兵器調達課は新たな試みが行われている部署だと大体的に宣伝しているからだ。事実それは間違っていない。完璧な補給システムを構築しようとしているからだ。それに伴い、激務であり前線部隊や他の部署に全く理解されず、担当者が暴言を言われる事は当然であった。まあ、唯一良かった事は他の部隊より給料と福利厚生がきちんと整備されていたことだ。
給料と福利厚生に惹かれて喜ぶ若者と激務で自分の頭を心配する古参者で反応が別れることも納得出来る。
『宣伝省にこれ以上兵器調達課の宣伝を止めるように忠告してください。激務で若者達が屍になりかけています。』
宣伝により兵器調達課の存在を知った将校や士官達が自身の部隊への最新兵器配備を優先させようと頻繁に訪問してくるからだ。課の上層部は他の部隊などにシステムの説明をしている為、大抵出払っていることが多い。
その為、若い者が対応するのだ。年齢と階級も下であるから将校や士官達は言いたい放題言うのだ。最近はロンメルが部署にいるから士官達の訪問は激減している。
『ふむ。ゲッペルスに停止させよう。其れだけでは気掛かりだから、環境改善をさせよう。これでどうだ?』
『ありがとうございます!』
『なるほど、ヒトラーはまだドイツを掌握出来ておらんようだな。これほど、有能な人物を前線に異動させる潜在的反ナチスの重臣がおるようだしな....。儂もまだまだ長生きせねば。』
ロンメルをヒトラーの護衛隊長から異動させた事はある意味良かったと思えた。ベックは異動の提案をしてきたゲッペルスに感謝しつつ、ゲッペルスがヒトラーを支持していない事がわかり、側近達でもこちら側の人間がいるとわかっただけでも大きな収穫だった。
『そうですね。今回の作戦でデンマークのナチスを壊滅出来るから前線部隊の同期達は喜んでいます。』
『おっと、ロンメル少将。それは軍事機密のはずだが....。』
『そうでした。それにしても他国のメディアが多すぎませんか?』
ロンメルが二人の会話を盗み聞きしようと近寄ってくる記者を睨みつけた。記者の撮影などを認めたことには理由がある。ドイツ国防軍の潔白を知らしめ、これからの出来事がナチスの独断である事を世界に教えるためだ。
デンマーク割譲をアメリカ、イギリスにも黙認してもらう必要があるからだ。その為には両国民へ写真を媒体にして伝える必要がある。ナチスを抑えるための止む得ない占領と伝えるために。
そして一番重要なことはドイツ国防軍がデンマーク侵攻をしていない事実。これが目的だ。
『大方、宣伝省が絡んでいるだろう。宣伝省の役人達も記者達に同行しているからな。』
『これでますます、これからのデンマーク暴動がヒトラーの独断であると認識されますね。』
『そんな事よりも、うまいビールが飲みたいものだ。』
平穏であるはずの北ヨーロッパでも行き場のない不満は大きく膨れ上がっていた。
南はスペイン、北はデンマーク。
日本艦隊を分離させた意味が何となく理解できますね。ついに北欧が動き出すのか!




