動き出す異分子(スペイン内戦編)
長らくお待たせしました
史実とは若干日程が違いますが、数日ほど遅れて事が進んでいると思ってください。
1936年7月11日
この日、長閑な地中海をイベリア半島に向かう船団があった。その中の一隻に各国の海軍軍人たちが乗船していた。
『まあまあ、そんなに不貞腐れた顔をなさるなよ。ほら、日本の同盟国の軍人達は楽しんでるぜ。』
英国人の将校たちの話に誰も興味がないようだった。
『奴等には高度な政治的な判断がかけておる。スペイン内戦なんぞに極東の島国が口出しおって。』
『どーせ日本も最新兵器の試験場として介入するんだろう。』
『占領が目的であろう。イタリア陸軍約3千人の上陸部隊まであるわい。準備がいいことだ。』
スペイン共和国派が支配しているカルタヘナへ日本海軍とイタリア陸軍機械化歩兵部隊が向かっている。日本海軍艦艇がイタリア陸軍輸送船を囲む形で陣形が維持されている。
カルタヘナにはスペイン銀行の保有する金がある。輸送船で地中海を経てソ連のオデッサに運び込まれる史実とは違う。日本が有難く頂戴するのである。カルタヘナに向かう輸送船の中には医療品や食料を大量に積む船もあり、これを共和国派が大量に買い取ることで公平な取引は成立するのだ。
イタリア、イギリス、日本などの国々で生産された物資が送り届けられる。しかし、物資だけではすべての金を得ることは不可能に近い。だから、カルタヘナの内戦期間中の安全という商品を買わせるのだ。買い手は共和国派。売り手は日本海軍である。
不干渉政策中のイギリス、フランスもこの日本海軍の行動は以外にも乗り気であった。不干渉政策を支持するイギリス国民は3割ほどしかいない。それも上流階級、富裕層である。彼らはスペインの権益が共和国派になると奪われてしまうだろうと予測して、反共和国派を支持しているのだ。第一次世界大戦の二の舞を恐れる為、スペイン内戦が引き金となってしまう世界大戦はイギリス政府としても避けたかった。
労働者階級の意見も多少なりと聞き、できる範囲で実行しなければ、内閣存続も危ぶまれてしまうからイギリスが主体とならずに国民も納得できるやり方の模索を続けていたのだ。そんな中、カルタヘナの内戦期間中の安全保障のために事実上期間占領する日本の行動は魅力的なことであった。現在、欧州に展開している戦艦長門旗艦の第五艦隊で海軍戦力は申し分ないが、肝心な陸上戦力が皆無であった。そのため、地理の面から考えてもスペインに近くて強力な陸上戦力を保有しているイギリス、フランス、イタリアに話を持ちかけてきた。
フランス人民政府でスペイン共和国派の支持をしているが、国内問題が手一杯で日本の提案は拒否した。
イタリアはムッソリーニの独断で了承が得られた。日本と共同作戦は軍部から大いに歓迎された。日本海軍の艦艇に入る機会が与えられたからだ。
イギリスは色々と揉めていた。カルタヘナを内戦後も軍事基地として日本海軍が使用する可能性を捨て切れなかった。ジブラルタル英国海軍基地の脅威となる危険性もあり、賛成派と反対派で議論している間にイタリア軍との共同作戦が決定してしまったのだ。何もしないことは一番国民から悪い印象を持たれると考え、将校や仕官の派遣が決定した。観戦武官として派遣すると内戦を戦争と認めてしまうことから、派遣と誤魔化しているのだ。
『でもよぉ、市内の共和国派や反共和国派からもカルタヘナ安全保障は概ね好評らしい。』
『市民そうでも、どちらの上層部からは嫌われているだろう。』
カルタヘナの市民たちは安全保障に歓喜している。内戦といういつ死ぬかわからない生活に疲れていたのだろう。イタリア陸軍が慣用することには嫌悪感を示した市民も日本海軍との共同作戦であると聞き、安心したのだ。日本人は欧州の民族間の対立や上下関係を詳しく知らないから誰とでも気軽に接してくると思っていたからだ。
大きな理由は藤伊千代子伯爵夫人の影響である。ゲルマン民族、スラブ民族、ラテン民族などの子供達と笑顔で一緒に写った写真が多くの新聞に掲載されていた時期があったからである。各国の大使と信頼関係を築くための藤伊栄一の策略でもあった。
両陣営の上層部から嫌われている理由は英国同様でカルタヘナの永久占領を懸念してのことだ。此方は日本海軍の介入がどうも気になっている。イタリア軍単独なら期間外占領の事態でもなんとかなる。
共和国派からすると英仏海軍か国際社会かたの圧力で撤退せざる得ない状況になると考えているからだ。
反共和国派からすると国力を増強して追い出せるだろうと考えている。
イタリアならなんとかなる。これが双方上層部の考えに違いない。イタリア以外の介入を本気で考えていなかったのだろう。
日本海軍がカルタヘナへ向かう理由は明白で誰もが理解しやすかったから、双方上層部らが難色を示した。理由は単純でカルタヘナを日本海軍基地にすると予想出来る。実際、多くの新聞社も日本海軍欧州基地の危険性を一面にしていた。
ドイツ、イタリア陣営に属していない国々では日本の介入が非難され始めたが、日本政府は何も対応しなかった。連日のように各国駐日大使や現地の日本大使から苦情やら要望があったのだが、オロオロして曖昧な正式発表で逃げていた。
『駐スペイン日本大使がカルタヘナ州知事、共和国派幹部と内戦勃発前から何回も会っていたか...。どっちにしろ、日本が一部の奴らに賄賂をたんまりとあげたからだろう。』
『我が国のジブラルタルへ逃げ込んだスペインの富裕層も今回の事は注目しておる。』
英領ジブラルタルにもスペインの富裕層が多く逃げ込み、紳士達は対応に追われていたのだ。
『なるほど、日伊の占領後の分離独立でも考えているのからか?』
『分離独立すると思うか?予想ではフランクフルト特別自治都市みたいにすると思うが......。』
フランクフルト特別自治都市。超大型公共事業を展開しヨーロッパ中のゼネコンが参入して、近代的な街並みへ生まれ変わっている。歴史的な建築物であっても一部を除いて取り壊されている。歴史を重視する欧州の人々には受け入れにくいことであった。
藤伊栄一の意向を無視出来ない一部のフランクフルト市議達の努力で、強引な大規模公共事業が進められているのだ。
フランクフルト市民でも不平不満はあるが、最大の恩恵の安全保障を十分に得ている事から自治権が発生しない市外への移住をしなかった。
どんな小さな都市でも、四ヶ国の軍隊によって得られる新しい安全保障体制の成功例から四ヶ国に取り入ろうと必死なのだ。失敗すると多くの人が考えていた新しい安全保障体制が成功している。
カルタヘナ知事や議員達も2番目のフランクフルトになろうとしている事は間違えないのだが、自治区の範囲が問題であった。色々と今も揉めている。
『カルタヘナの州全体の面倒は見ないだろう。せいぜい、カルタヘナだけだと思う。』
『うーん。カルタヘナは共和国派唯一の海軍基地だから、タダで日伊にくれるとは思えないが......。』
『ああ、そうだな。それに国際旅団の市内撤退も条件だから。』
『ドンパチがあるな。』
『ああ、絶対だ。』
日本海軍とスペイン共和国派海軍との戦闘は避けることが出来ないとカルタヘナへ向かう軍人全員の共通認識であった。
カルタヘナにはスペイン海軍戦艦1隻その多数の艦艇が確認されている。日伊の占領下となれば、その艦艇は接収される事が明らかだ。これは共和国派が海軍戦力を失う意味を持つ。
日本海軍とイタリア陸軍はカルタヘナの知事から正式な治安行動要請を受理しての行動としている。だから、他国は正論ぶった公式非難が難しい。
一部の共和国派上層部が納得しても現地共和国派は納得しない。反共和国派を積極的に支援するイタリアが絡んでいるから感情的に納得出来ないはずだ。
『負ける要素がない海戦参加出来るのにどうしたのだ?』
二人が振り返るとソ連海軍の軍服を着た自分達と同じぐらい年齢の男だった。英国将校は彼が政治将校であると軍服の使い込んでなさから思った。
『まだ、ナガトを見ていないのか?あれに勝てる戦艦は中々ないぞ。』
今度はドイツ海軍将校だった。各国の士官達はまだ将校よりも年齢が若い中年おっさんらがギャアギャアと長門を見て騒いでいるが、定年が近い将校達は至って普通のポーカーフェイスであった。でも、内心では冷や汗が止まらないくらい驚いていた。
士官達がギャアギャアと騒いで仲良くなっているから、各国の将校達も親しくなるため集まってきた。
『違うだろう。日英同盟を廃止したことが失敗だとわかったんだろう。英国なら多少の被害が発生するぐらいで撃沈できるさ。しかし、もっと近くで見れんか?』
フランス軍将校はフォローになっていない嫌味を放ってきた。大英帝国から英国連邦へと移行しつつある没落気味の英国を鼻で笑っている。
『それは困りますね。私が古賀司令に要請してみましょう。勝ち戦ですし、長門の戦闘能力を見るいい機会です。』
『おお、同盟国のノルウェーからの要請であれば、聞いてくれるでしょう。我々ポルトガルも同盟国になりたいもんですな。』
戦闘を楽しもうとしている各国の将校達にイギリス将校の二人は呆れてものが言えなかった。
「こんなにも波が穏やかな海で日本海軍の敗北は考えられないな。」
戦艦長門の艦橋で古賀が呟いた。
旗艦長門の後ろに重巡洋艦2隻、駆逐艦4隻が単縦陣で連なっている。綺麗な陣形が維持できる事は日頃の訓練と別に穏やかな地中海も理由の一つであると感じていた。
周りが大陸に囲まれて波が穏やかであることに感心しているのは古賀ただ一人であった。なぜなら、日本艦隊のクルー達の視線は空を捉えている。
日本艦隊上空には独伊空軍航空機が編隊飛行で何度もフライパスを繰り返していたからだ。戦艦長門の横をすり抜けていく機も多数あった。通過してく時は搭乗員が手を振ってくるなど、穏やかな様子だ。
「古賀司令、ドイツは多数の航空機を保有しているのですね!」
「日本は航空機に関して遅れていると実感出来ます!」
「ドイツの技術力は偉大です!」
別に古賀が参謀達に意見を聞いていないにも、彼らは興奮気味で語りかけてくるのであった。
元々、上空護衛は計画になかったのだが、地中海航行の上空護衛を引き受けると勝手に言い出したドイツ空軍が駐独日本全権大使の許可を作戦開始直前で得たからだ。それ故に、前線部隊まで連絡が届いていなかった。
是が非でも偉大なるドイツ空軍航空機を日本海軍に自慢したいドイツ空軍トップのゲーリングだったが、日本とのパイプが皆無であった。
日本海軍と強結び付きがあるドイツ海軍には仲介役を務めて貰いたくない空軍の足元を見た宣伝大臣のゲッペルスが動いたのだ。
空軍に恩を売る又とない機会であるから宣伝省は全力でサポートしていた。駐独日本全権大使の藤伊栄一の許可さえあれば、後は藤伊が全部やってくれる。
連日の様に会いに来るゲッペルスに折れて渋々許可したのであった。しかし、空軍は許可される事は当然だと理解していたから事前準備は完璧であった。それで、直前許可でも十分対応出来たのである。
「それにしても多いな。50機以上いるか......。集中攻撃されたら長門も......難しい......。」
右にも左にも独伊航空機が飛び回っている。
「各主砲対空攻撃訓練準備。間違っても発砲するなよ。空砲も禁ずる。動きだけでよい。」
古賀がブツブツと独り言を言い終わった瞬間、艦橋の命令が空気を変えた。航空機に見とれている参謀達は急な命令にも一切動じず、キビキビと動き出した。
「速力24knへ。」
航海参謀の声の数秒後に戦艦長門がグラっと揺れた。
前方の第一、第二主砲が左右に動いている。長門の主砲が動き出すと独伊航空機は恐怖の余り逃げ出した。日本艦隊の遥か上空まで退避し始めた。低空で左右にいた航空機は我先にとフルスロットルで逃げたのだろう。もう、左右に飛行機がいない。
まあ、急に長門の主砲が動き出したら誰だってびっくりする。
「ほう、航空機が離れたか。」
「古賀司令、空砲なら撃ってもよろしいと思います。折角、独伊航空機が離れてくれたのですから。」
周りの参謀達も、日本海軍ここにあり、と示したいのであろう。同意する様に何度も頷いているからだ。
「1回だけの斉射許可しよう。斉射だ。斉射なら危険度も下がるだろう。」
「おい!各主砲に連絡せよ!」
参謀たちはなんらかの事故が発生したら古賀の責任となる事を忘れているかのような、はしゃぎっぷりだった。訓練以上に気合が入っている行動の素早さだったからだ。
「長門!全主砲、右側回頭完了!」
「航空機の退避は終了しています!」
「参謀長のご命令で攻撃を開始します!!」
第五艦隊の事実上指揮官の古賀に周りの視線が向けられた。
「撃て。」
「撃ちぃぃ方はじめぇぇェ!!」
ドッコーーーーーーーン!!!!
大きな風船が爆発した振動が大気と海面に伝わった。
ストックはあるので2ヶ月に1〜2話の更新予定で進めていきたいと思います。




