ベルリン(1936年7月3日)
ベルリンでちょび髭と金の亡者が会見?
ベルリンの藤伊についてです
1936年7月3日
『なあ、デーニッツ。ちょび髭は何をしとるんだ?彼此1時間くらいは待っているぞ。』
『すいません。もう少し待ってもらえませんか?』
『そうカリカリするな。ドイツの美女を見に来たと思えば、怒る気にならんよ。』
窓の側に立ち外を見ているイタリア全権代表のエミーリオ・デ・ボーノ陸軍大将が言った。まあ、実にイタリア人らしい考え方である。反対に藤伊はソファに座りマンガを読んでいた。国民性と性格がよく表れている。
エミーリオと藤伊が文句を言っている事には理由があった。ヒトラーが会談に遅れているのだ。日本、イタリアの全権代表を1時間くらい待たせているドイツ軍将校やドイツ外交官達はいつ二人の怒りが爆発するかビクビクしていた。
それにイタリアのとある海軍基地には日本艦隊が停泊していた。派遣された表向きの理由はドイツのラインラント進駐である。友好国イタリアの支援艦隊とされていた。ドイツ政府からすれば、厄介な事この上ない。ヨーロッパ諸国がドイツ軍のラインラント進駐は黙認しているのに蚊帳の外である日本が口を挟んできたのだ。
日本海軍のヨーロッパ派遣艦隊に意を唱える国はほぼ皆無だった。イギリスは日本と徐々に関係が悪化している。でも、戦争が発生するまでの状態にはなっていない。紳士達は日本の本当の目的がソ連への圧力だと判断していた。
ソ連の東西に艦隊を配備することでいつでも攻撃が出来る状態にする。東にしか居ないはずの日本艦隊が西にいる。ソ連は対日政策を根本的に見直す必要が発生していた。日本と事を構えるにはソ連の大都市であり欧州側の港で不凍港レーニングラード(サンクト・ペテルブルク)が攻撃を受ける可能性が出てきたからだ。要は、なるべく話し合いで両国間の問題を解決しなければならない。武力はNGである。
イギリスは結果的に共産主義を食い止める役割になるから黙りだった。自国に寄港してもよいと考えていた。日本海軍主力戦艦長門。こいつが派遣艦隊の旗艦だったからだ。周りの国は貧弱な海軍戦力しか保有していない。イギリス海軍の中でも慢心する者が多くいた。
ライバルがいなければ、政府も海軍の技術開発に金は回さないだろう。まあ、ライバルいない事は日本から見れば羨ましい限りだが......。兎に角、なんらかの衝撃を与えてイギリス海軍を引き締めようと海軍上層部の一部は考えていた。
フランスはイギリスが何もアクションを起こさないならフランスも同じようにしていた。ロンドン海軍軍縮条約ワシントン海軍軍縮条約を破棄した日本であるが問題ないだろう。本音は、世界第三位の海軍部隊とドンパチするなんてフランスは御免であった。
『デーニッツ、ちょび髭は何やっているの?』
『総統はベルリンオリンピックの会議でして、』
『すまないが総統を侮辱することはやめてもらおう!一国の元首を尊重することも出来んのか?アジアの猿が!』
藤伊を睨むようにナチス親衛隊の幹部の一人が言った。ナチス親衛隊のその他のメンバーも藤伊を睨んでいた。それに対してドイツ国防軍幹部達は無反応だった。ヒトラーを待っている時間、親衛隊幹部と国防軍幹部達は一緒に話していなかった。それぞれのメンバー内でしかコミュニケーションを取らなかった。明らかに親衛隊と国防軍は仲が悪い。
『まあまあ、少し落ち着きない。』
藤伊が何か言おうとした瞬間、エミーリオ・デ・ボーノイタリア全権代表が場をおさめた。イタリア全権代表に言われたので藤伊も親衛隊らも矛を収めた。
『お待たせして申し訳ありません。私がドイツ総統のアドルフ・ヒトラーです。』
扉が開いてちょび髭がチャームポイントであろう何処にでもいるようなおじさんが入ってきた。
『日本全権代表の藤伊栄一だ。よろしく。』
『イタリア全権代表のエミーリオ・デ・ボーノです。よろしく。』
ソファに寝転んでいる日本全権代表。窓の外をジッと眺めているイタリア全権代表。
ヒトラーは親衛隊幹部と国防軍幹部らをギロリと見た。誰もヒトラーと目を合わせようとしなかった。
なんだ、この状況は!
目でヒトラーは訴えていた。
『そろそろかのぉー。藤伊よ。』
『そうですね。時間ですね。』
ヒトラーと向い合せになるよう座り直した二人が壁にある時計を見ながら口々に言った。
『何が、ですか?』
ヒトラーがそう言うと同時に親衛隊がさり気なく時計とヒトラーの間に移動した。ヒトラーを守る為の行動であった。
『失礼します。報告します。イタリアに停泊中の日本艦隊の一部がジブラルタル海峡を通過して大西洋に出ました。ドーバー海峡方面に進路を取っています。』
外交官と思われスーツ姿の男性が入って来て部屋にいるメンツに驚いてしまい小声で言うべき重要な情報をテンパって大声で言ってしまった。藤伊はヒトラーの顔から余裕がなくなる様子をニヤニヤしながら見ていた。趣味の悪い奴である。
『な!藤伊全権代表。日本艦隊がジブラルタル海峡を通過した事について説明して頂きたい。』
『我が国は貴国のラインラント進駐を批判しています。』
藤伊は姿勢を正して淡々と話した。ラインラント進駐は1936年5月に行われた。
『軍縮条約を破棄して軍拡する貴国に言われるのはおかしい事だと思う。日本とイタリア間の経済協定に参加する為にはルール地方の治安維持が不可欠と判断し、行ったことであります。』
一応にヒトラーの意見は筋が通っている。ルール地方はドイツの工業地域を指す。ラインラントとも言ったりする。ドイツ西部を流れる国際河川のライン川の沿岸に広がる大きな工業地域である。ドイツ西部に位置する為、ラインラントに軍が配備出来ないドイツはフランスの機嫌を損なわない様にする必要があった。怒ったフランス軍がルール地方を占領するからだ。ルール地方が占領されてしまってはドイツ経済が不安定になる。
日伊経済協定にドイツが参加してもフランスの顔色を伺っている状態では協定に参加出来ない。イタリアの潜在的な敵対国フランスの子分である状態のドイツをイタリアが快く迎えてくれるはずが無い。
『イタリアとしてもドイツとの経済協定はとても魅力的だと思う。だがな、ドイツが行っている政策に反発するイタリア人の議員やイタリア人の有力者がイタリア国内に多数いることも事実。』
『こっちも、他国との関係が我が国以上に悪化している国と友好関係になるのはおかしい、と言う意見が多数派だ。ソ連と違って国防面から判断してもドイツは重要でない。アジアのインドネシア植民地を保有するオランダと同盟関係になる事が今の所の方針だね。』
エミーリオも藤伊もドイツと協定結ぶ事には賛成だった。ただ、どこまで自国に有利な条件で締結するかが課題だった。
イタリア領リビアの石油に関する行政機関の事実上最高責任者と日本経済界を支える伯爵の言葉はドイツ人には想像以上に重たかった。ドイツの代表が外務大臣ならもっと上手に交渉を纏めれただろう。ただ、今回の代表はヒトラーだった。
ドイツ外務大臣とある程度派遣されている現地のイタリア大使、日本大使が交渉を纏めていた。最終的な取り決めについては両国から全権代表が派遣された。
全権代表がドイツに来るのだから此方も国の代表である者が出席するべきである。ヒトラーは勝手にこう解釈してしまったのだ。外務大臣の反対を押し切った。
『何が望みだ?』
『ユダヤ人政策の見直しだね。殺しはダメだ。ケルンやハンブルクなどを更に特区都市へしてみるのはどうかな?』
ドイツ全土で行えるはずがないからせめて大都市だけでもなんとかしてほしいと藤伊は考えていた。フランクフルト都市特別自治区がナチス政権下でも民主主義行政が行われている。フランクフルトにはナチス政権の迫害を逃れた人々が数多く押し寄せていた。資本家、元貴族、ユダヤ人が多くいた。
フランクフルトはナチス政権の影響を受けない。人が集まる。金も集まる。ドイツ国内の銀行が集まる。ドイツ国内の反ナチス派の金が集まる。ナチス政権幹部達の裏金も集まる。今、フランクフルトは金融都市化していた。ナチス政権が手を出せないドイツ国内の唯一の都市だからだ。
『劣等民族が!』
『民族絡みの話題だと逆上する事を可能性に入れておいて正解だったよ。日本艦隊は全権代表に危害が加えられた時、ドイツ本土へ艦砲射撃を開始する。世界にドイツの軍備が不十分だと認識される、いい機会だね。』
『デンマークからドイツへ侵攻するかのぉー。丁度いい実戦経験が出来るな。敗戦国が条約破棄をしたのだから大義名分は此方にある。フランスとオランダも誘うか。』
ヒトラーは額にシワを寄せて怒鳴り散らした。我慢の限界だった。対して藤伊とエミーリオはニコニコ顔だった。ヒトラーを怒らせたからだ。ドイツの立場を悪くして、この後に行われる予定の外交官のみでの交渉で優位な条件で締結する事が出来ると確信したからだ。
『ちっ』
ヒトラーは舌打ちをして部屋から出て行った。親衛隊も彼の後から出て行った。残ったのは藤伊、エミーリオ、ドイツ国防軍幹部達だけである。
『短気は損気ですね。』
『そうだな、藤伊。して、これから街を散策しないか?お前に儂のナンパを教えてやる。』
窓から先ほど交渉より真剣な表情で街を見るイタリア全権代表と眠たそうな顔でドイツ国防軍幹部達にソ連軍の資料と日本海軍艦艇の設計図を渡す日本全権代表。
藤伊はちょっとでもドイツ海軍再建の役に立てばいいと思っていた。藤伊は空母と戦艦の設計図は渡さなかった。空母は日本海軍の秘密兵器。戦艦は設計図の入手が出来なかった。ソ連軍の資料は海軍ばかり肩入れして陸軍に嫌われるのを避ける為であった。陸軍からすれば十分過ぎるものだが......。
ドイツ国防軍幹部達の共通の思いは、この二人が全権代表になれた理由を説明して欲しかった。
『化け物だな。』
イタリアの事実上最高指導者となっているエーベルト・ムッソリーニがイタリア海軍基地に停泊している大日本帝国海軍第五艦隊旗艦の戦艦長門を見上げながら言った。第五艦隊は今回ヨーロッパに派遣された臨時艦隊の名称である。
旗艦戦艦長門、妙高型重巡洋艦4隻、長良型軽巡洋艦2隻、駆逐艦10隻。現在妙高型重巡洋艦2隻、長良型軽巡洋艦2隻、駆逐艦5隻はジブラルタル海峡を抜けて大西洋にいた。ドイツの牽制部隊である。よって、残りの艦艇が停泊していた。
艦隊司令長官:藤伊栄一海軍中将
参謀長:古賀峯一海軍少将
主任参謀:山口多聞海軍大佐
藤伊は海軍中将。古賀は海軍少将。艦隊司令官は艦隊中将からである。古賀が司令官になることはできない。だから、藤伊が書類上の指揮官になった。藤伊は元々欧州に滞在していたので事実上古賀峯一が司令官だった。古賀が艦隊指揮を執る丁度いい練習になると思っていた。
『貴国の対独支援艦隊として来たのでイタリアにとっては化け物のでないと思います。』
『古賀少将よ。それでは女性を口説けないぞ。』
前もって日本海軍将校達が堅物頭の持ち主だと聞いていたので殆んど驚いた様子ではなかった。日本海軍軍人達に驚きがなくても日本が保有している艦艇には心底驚かされていた。
この時代でも未だに日本を格下と見る傾向が多くのヨーロッパ人にはあった。イタリア政府内部やイタリア海軍内部でもその傾向が多くあった。
だが、イタリア経済界は少し違う。イタリア経済界では日本を軽視する様な行動が随分減っていた。リビア石油開発の件でヨーロッパ諸国の上流階級並みの資本家が日本にいることがわかったからだ。それにリビア石油開発の影響でイタリア経済が少しずつ回復していることも理由の一つであった。
『交渉は藤伊長官や日本外務省の者たちが行うので大丈夫です。それでは艦内を案内します。』
古賀はムッソリーニの言葉を軽く受け流して戦艦長門の艦内に消えた。ムッソリーニは驚きながら古賀の後に続いた。
ビックセブン呼ばれて41cm砲を装備する世界で3ヶ国しか保有しず、その名称通り7隻しかない内の1隻である戦艦長門。3ヶ国とはイギリス、アメリカ、日本である。その戦艦の内部を公開する事が不思議だった。まあ、ともあれ見学して損は無いと判断し、イタリア海軍上層部も長門の艦内に消えた。
日本がイタリアに部隊を派遣した情報を聞きつけイタリア海軍基地周辺には他国のスパイ達がいつも以上にいた。極東の大国の日本。日本海軍の実力を見るまたとない機会であるからだ。
『ナガトだと........!』
新聞記者を装った諜報員が驚くのも致し方ない。日本海軍が大型戦艦を派遣したことを多くの諜報員は知っていた。第五艦隊が寄った港の情報からでは戦艦長門だと報告されていた。
主力艦艇をヨーロッパまで派遣する?可笑しなことだ?本国の防衛力が低下する!
上層部はこの情報を重く受け止めていた。ただ、現場の士官達、尉官達はほとんどがデタラメだと思っていた。諜報員の中でも半信半疑者が多くいた。
イタリア海軍基地の1隻の大型戦艦の艦首には菊の御紋がある。日本海軍保有艦艇という事を示していた。41cm連装砲を4基、合計8門の41cm砲を装備する戦艦長門。
『ヨーロッパのパワーバランスを崩し兼ねない艦隊だぞ。』
『おい。さっき得た情報だ。日本海軍がナガトの内部をイタリアに公開している。日本に帰国したら近代化の工事をするつもりか?』
相方が側に来て言った。一時的な世界平和が終わろうとしていた。
藤伊以外の話は数話後になります。
これからは藤伊がメインの話が続きます。
エヴァ・ブラウンと藤伊千代子伯爵夫人の話を投稿前に誤って消去してしまったのですが、消去してからまだ日が浅いので、ご希望があればもう一度書きますが。
ご意見をお聞かせください。
一応、筆休めだったので内容は色々と想像の部分が組み込まれています。




