表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/43

五・一五事件(1932年5月19日)

訂正しました

1932年5月19日


「藤伊の意識はまだ戻らんか?」


「はい。本人の気力しだいだ、そうです。」


海軍大臣鈴木貫太郎の問いに角田中佐が答えた。角田は藤伊のデタラメであろう報告書を読んでいた。藤伊がただの休む口実に使っているを知っていた。


「「「「「はぁ。」」」」」


部屋にいるその他メンバーからため息が漏れた。藤伊伯爵邸には8人の人物がいた。鈴木と角田以外には、山本五十六統合航空本部次長、古賀峯一第一艦隊参謀、宇垣纏艦政本部長補佐官、南雲忠一第六艦隊参謀、大西滝治郎空母加賀副長、藤本喜久雄艦政本部造船部門副代表だった。


角田と宇垣以外は藤伊伯爵家からの報告を鵜呑みにしていた。


宇垣は若干苦笑いだった。角田と同じ様に藤伊が元気である事を察していたのだ。根本的に藤伊伯爵夫人が表立って藤伊の代わりを務めているが、うまく立ち振る舞いすぎている事だ。なんらかのミスがあってもいいはずなのに。


ここから推測出来ることは藤伊が指示を出している事だ。藤伊は負傷していない。ただのズル休みだと考えられる。


「心配しなくとも、直ぐに仕事へ戻ると思います。」


宇垣は角田を見た。


「大勢で行くのもなんですから、私達が本人に会ってきます。」


角田は部屋を出て行った。角田は宇垣も巻き込んでいた。宇垣の先ほどアイコンタクトは、、任せる、、という意味だった。だが、角田はそれを承知で巻き込んだ。クセがあり過ぎる上司の説得の責任を自分一人が請け負わないためだ。


異なった道を進んでいる時間であったが歴史の修正力の力で今回の事件は起きてしまった。


五・一五事件である。


今回の歴史では満州事変が発生しなかった。それで陸軍の暴走が抑えれたと思って油断していた。内務省も世界恐慌と藤伊一郎元内務大臣の死から立ち直り、陸軍の監視を強化していた。陸軍だけのである。海軍の監視が疎かになっていた。


藤伊一郎内務大臣時代でも陸軍の監視が重視されていた。海軍が内務省と協力していたからだ。海軍上層部の入れ替わりがここ数年間で行われ内務省との協力体制が少しずつ崩れていた。新たに海軍上層部の椅子を手にした者たちの一部が内務省と協力重視でなく、陸軍と協力しようとしたからだ。


ロンドン海軍軍縮条約により補助艦艇にも制限が加えられた。これにより海軍の軍縮があると誰もが予想した。海軍青年士官、尉官らがこいつに反発した訳だ。ロンドン海軍軍縮条約は史実と同じ内容で締結された。


元凶である、内閣総理大臣犬養毅と藤伊栄一海軍中将に天罰を与える。


監視が緩いので密かに計画し実行されたのだ。









ーーーーー1932年5月15日ーーーーー


「このお刺身とても美味しいですね。」


「おお、気にいってもらえて嬉しいぞ。ここの刺身は絶品でのう。儂もよく食べに来るのじゃよ。」


藤伊栄一海軍中将、内閣総理大臣犬養毅、永田鉄山陸軍少将は東京のとある日本料亭に来ていた。


「毎日食べて飽きないですよ、この味は。」


【うまい。美味すぎる。】


「おい、藤伊。重要な話があるのだろう。」


藤伊の隣に座っている永田鉄山が食べるのに夢中な藤伊へ言った。永田や犬養の皿はまだ刺身が残っているが藤伊の皿に刺身が残っていなかった。刺身を食べ終わった藤伊の箸がてんぷらに触れていた。


「そういえば、機関銃って知っていますか?」


「儂も噂で知っておる。連射が出来る銃のはずじゃな。」


藤伊と永田に対して向かう状態で座っている犬養毅が口を開いた。相変わらず、藤伊は話しそっちのけで口に食べ物を運んでいた。


「閣下で知っているとは驚きです。」


「永田よ。儂も一国の首相じゃぞ。それくらいの知識は持っとるわい。して、藤伊よ。おぬしが持って来たその大きな鞄の中に実物があるかい?」


「........。........。はい。」


箸を一旦置いて渋々頷いた。藤伊は鞄の中から2丁の短機関銃を取り出した。1928年からアメリカ海軍が採用したトンプソン・サブマシンガンである。サブマシンガンとは兵士が一人で使用や持ち運びが出来る小型のマシンガンである。


ロンドン会議でイギリスにいる時、藤伊はサブマシンガンの存在に気がついた。とある写真にマシンガンが写っていたからだ。海軍関係者との繋がりが多い藤伊だったため購入するのには苦労があった。


日本海軍が正式に発注する方法がある。しかし、それでは各国に興味を持たれる可能性が高い。サブマシンガンが注目されるのは第二次世界大戦直前からである。まだ、アメリカ陸軍も正式に採用していない。


日本陸軍がアメリカ、イギリス陸軍が採用していない武器の注文をするとは思えない。


藤伊はサブマシンガンを日本海軍特殊部隊に配備しようしていた。日本海軍に今は特殊部隊ない。それに準ずる部隊はある。海軍陸戦隊だ。


太平洋戦争では拠点の島占領及び防衛のためにアメリカ海兵隊と戦う必要がある。少数でも十分戦える為の兵器としてサブマシンガンが必要不可欠だと判断したからだ。但し秘密裏に配備したかった。アメリカにバレることを避けたかった。


「イタリアか。」


永田がポツリと呟いた。


「イタリア?どういう意味じゃ?」


「イタリア陸軍が数年前からこの機関銃を前線部隊に配備しています。」


「そう言えばそんな事があったのう、永田。イギリス陸軍が採用を見送った武器の採用したのか?イタリアは全く頼りにならない国じゃな!」


犬養毅はイタリアが全く頼りにならない国だと思っていた。第二次世界大戦でもイタリアはドイツ軍に抱っこ状態だったから強ち間違いでない。


今回の歴史で同じような事が起こるとは思えない。イタリア陸軍の歩兵部隊及び特殊部隊がトンプソン・サブマシンガンを装備しているからだ。幾らイギリス並みの経済力がなくても数十年前から配備していたら、大戦時には主要装備となっているだろう。


イタリア陸軍軍人全員がサブマシンガンを装備している状態である。強力な戦車部隊がなくてもドイツ軍の足を引っ張る真似はしないと思う。


イタリア陸軍が正式に採用したと言う意味は武器工場がイタリアに出来る。物資の補給体制が整う。戦時下で急ピッチに進めても完璧な補給体制を形成する事は難しいだろう。


石油資源国であり、強力な歩兵部隊を保有する国が簡単に転ぶはずがないだろう。


「イタリアは五大国です。イタリアとの経済協定があるからこそ欧米各国は相互不干渉の立場にいます。」


「まあ、藤伊の言うことは正論だな。資源国になったイタリアを他国が軽視するはずがないし。」


「なるほどのう。海軍と陸軍の若い有能な人物か......。海軍と陸軍上層部が世代交代の準備をし始めるわけだ。」


犬養毅は一人で納得していた。


海軍上層部、陸軍上層部は藤伊と永田が将来的にそれぞれの軍のトップになれるよう動いていた。日本海軍、日本陸軍は仲が悪い。海軍内部でも影響力がある藤伊と陸軍内部でも影響力があり友人である永田。友人同士がトップならば関係が改善されると考えていたからだ。


「なるほど、イタリア経由でこの機関銃を手に入れた訳か。」


「ああ、そうだ。イタリア陸軍上層部に仲の良い知り合いがいたからね。」


藤伊はさも当然のように言った。


「とんでもない、奴らじゃのう。これが次の時代の指導者たちか......。月が綺麗だ。む!おい!招いていない客が来るぞ!」


窓の外を見ていた犬養毅は驚いていた。月明かりの影響で料亭の外に幾つかの人の影が映し出されいたからだ。お忍びで行っているので護衛を要請していないからだ。まあ、一応内務省の警官らが影ながら見守っているのだが........。


「「な!」」


藤伊と永田は共に驚いた。別々の意味でだが......。永田は暗殺を選択した事に驚いていた。藤伊は今日の日付を思い出していた。5月15日。五・一五事件!


「まじかよ。」


【標的は俺かよ。歴史が変わっているから発生しないだろう!ふざけるな!】


藤伊は呟きながら、トンプソン・サブマシンガンの最終チェックをしていた。戦う気満々であった。永田も機関銃のチェックをしていた。


藤伊と永田は左右に十字となるように分かれて銃口を扉に向けた。二人は引金に指を掛けた。二人の配置が終わった時、階段を乱暴に駆け上がる数名の足音が聞こえた。


ドカドカドカドカ


「天誅だ!」


障子が左右に開き拳銃を片手に持った海軍軍人数名が部屋には入って来た。一番最初に入って来た人物が血走った目をしながら言った。彼の目に入ったものは、目の前で座っている犬養毅だった。彼らと犬養毅の間には大きな机しかなかった。


「まて、話せばわかる。まずは座りなさい。」


犬養毅が彼らを宥めるながら言った。直後、異変に気付いた。


「「「「「「?!」」」」」」


キュイーン。ババババババババババババ。


「な、なんだと......。」


犬養毅の言葉が終わると同時に左右から藤伊と永田のトンプソン・サブマシンガンの攻撃にあい海軍軍人らが崩れ落ちた。十字砲火攻撃を藤伊と永田は行った。


「上手くいったな、藤伊。なんで、首相の言葉が合図なんだよ。」


「首相は誰にでも公平な人であるの理由作りだ。」


敵の決め台詞なんか聞く気もない藤伊と永田は障子の左右に分かれてスタンバイしていた。サブマシンガンで敵に十字砲火を浴びせる事が最も重要だからだ。第一次世界大戦で使用されて大きな戦果をあげた戦術である。一応、藤伊は塹壕戦も経験していたから出来たのであった。


「儂は死ぬ思いじゃったぞ。今の若い者は年寄りを餌にするのか。」


犬養毅は文句言いながらも、食べ残した料理に手を伸ばしていた。目の前に食欲を抑制させる物質があるのにかかわらず。きもの座った爺さんである。


「俺の身内ばかりか。」


【海軍軍人が犯人かよ。落ち込むなぁ。】


藤伊は心臓が停止している海軍軍人達を足で掻き分けながら一人ずつ確認していた。足を使うことが相手に失礼かもしれないが雑に扱っても問題ないと藤伊は思っていた。犯罪者達に敬意を払って接することができるほど藤伊は優しくない。


「おい。藤伊、永田。此奴、まだ微かに息があるぞ。」


「この国の害虫共め!我等が倒れても次の者が貴様らを殺しに来るだろう!ハァ、ハァ。それに藤伊の家にも別の者達が向かっている!」


犬養毅が見つけた者は微かに息をしていた。ただ、体の至る所から血が流れているから長くは持たないだろう。まだ若い海軍軍人だった。見た所20代前半だろう。彼は藤伊、永田、犬養毅を見て言った。


「俺の家を選択した事は間違いだよ。あそこはヤバいよ」


藤伊はそう言って襲撃者達の武器を回収して料亭から出た。


「確かにヤバいな。」


「永田は知っておるのか?何がヤバいのじゃ?」


まだ部屋にいる犬養毅が興味津々な顔で永田に聞いた。


「それは個人の機密に関わりますから言えません。」










「呆れるねー。ここを襲撃しようなんて。」


「だな。」


目の前に転がっている藤伊伯爵邸襲撃実行者達を見ながら話しているスーツ姿の男達がいた。彼らの手には拳銃が握られていた。伯爵邸には藤伊伯爵夫人、嫡男幸一がいたからだ。


「無駄口の言う暇があれば、作業を手伝え。」


彼らの中で一番年配にあたる人物が死体を指差していた。死体の回収作業をしている最中だった。


「はい、今行きます。おい、早く行くぞ。狼の弟子世代が怒ったらヤバいぞ。」


「わかった。」


上司に呼ばれた2人は急いで作業をし始めた。狼の弟子世代とは故藤伊一郎内務大臣時代の後輩達だ。最終的に日本で天皇陛下の次に偉いと見なされて故藤伊一郎を慕う者は全盛期と比べても少し減ったがまだ多くの内務省職員達は慕っている。


息子藤伊栄一伯爵も内務省との協力を維持しようとする方針から内務省内部の内閣派は最大派閥である。内閣派は内閣主導の政治体制維持を図る派閥であり、嘗て故藤伊一郎内務大臣も最後まで所属していた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「のんびりできたなぁ。」


【こんな時しか長期休暇なんて出来ないからね。】


ソファーの上で寝転んでいる藤伊がいた。藤伊は事件を理由に家でのんびりしていた。海軍も療養すること好ましいと判断して何も言ってこなかった。


「栄一さん。あのー。」


「千代子、何とか追い返して。頼む。」


千代子が言うことを藤伊はわかっていた。誰かが会いに来たのだろう。藤伊は仕事に引き戻そうとする彼らに会いたくなかった。会ってしまったら絶対に職場復帰させられると考えていたからであった。


「藤伊中将。お久しぶりです。」


「げっ!角田!それに宇垣も!揃いも揃って何の用だ!」


妻千代子が入って来た扉から角田と宇垣が珍しく軍服を着ずにスーツ姿で入って来た。軍服を余り好まない藤伊栄一海軍中将の影響で妻千代子も軍人でありながらも、スーツ姿の夫の直属の部下を見て藤伊の部屋に招いたのだった。藤伊千代子伯爵夫人は事件後から御見舞と言って藤伊伯爵家に取り入ろうとする者達の対応に追われていた。


夫藤伊栄一伯爵がやらねければならない事柄を全て放棄している状態が納得いかなかった。自分がその尻拭いの一部をしているからだ。


「今の俺は海軍軍人でない。藤伊伯爵だ。海軍軍人との面会許可はだしていない。」


手でシッシとやりながら言った。


「御心配なく。当主の健康が優れない為、代理で私、藤伊伯爵夫人が許可しました。」


妻千代子も藤伊の影響を受け始めていた。言葉遊びが上達していた。


「藤伊伯爵の方が今回はよろしいです。外務大臣、海軍大臣からの命令です。藤伊栄一伯爵を駐独全権大使に任命する、とのことです。」


「なあ、角田。警察が犯罪者に見せる捜査令状だと俺は思うのだが........。俺、犯罪者?」


お代官様が罪人に対して刑罰を言うような口調であった。角田は藤伊に命令書を見せつけていた。更に、大臣達から署名を藤伊に見せつけていた。


「これで失礼します。」


角田と宇垣は部屋から出て行った。


「少しはマシな貴族の夫人になれたな。」


「はい。伯爵を支えるのも伯爵夫人の仕事ですから。」


「伯爵の名を口にしたからには責任があるぞ。」


藤伊は妻千代子を睨みつけた。妻に対するものではないだろう。自らに不利益をもたらすと判断したら、クビにするつもりだろう。クビとは離婚だ。藤伊栄一伯爵の妻の座に座りたい者は多くいる。後妻には困らないだろう。


「あら、ここまで成長し、まだ伸びしろがある人材を捨てることが出来るのですか?」


「俺から2歩以上後方にいたら、」


「大丈夫です。栄一さんの横を歩く事は一生無理でしょうね。でも、1歩後方には私がずっといますから。」


「ならいい。」


藤伊は角田が持ってきた資料を見始めた。千代子の目論見は成功したのだ。藤伊が仕事を始めたからだ。千代子が1する時間で、藤伊は10する。藤伊にとって1歩後方も2歩以上後方も同じなのだ。結局、自分の後ろだからだ。千代子がどこにいようと関係ない。子供たちがいるからこそ千代子を特別扱いしている。子供たちにとって藤伊は父親。千代子は母親。せめて子供たちには普通の家庭を知って欲しいからだった。


とは言いつつも藤伊の欧州行きが決定したのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ