大日本帝国軍統合航空本部(1926年11月18日)
お待たせしました。
1926年11月18日
史実になかった組織が誕生した。陸軍航空機と海軍航空機の生産、研究及び開発など軍用航空機専門の部署である大日本帝国陸海軍統合航空本部が設置された。
震災復興費に国の予算を出来るだけ多く使う為、陸海軍は予算が減額されていた。海軍はワシントン条約があるので新たな大型艦艇の建造を行う必要がなかった。第一次世界大戦でソ連が誕生したが軍事力は帝政時代のロシアにも及ばないとされていた。よって陸軍も部隊増設は行う必要がなかった。
ここらから判断すると予算減額が軍にあまり影響しないと感じられるかもしれない。
だが、陸海軍がそれぞれ単独で行う大規模な事業があった。
海軍はウラジオストクの開発。
陸軍は北樺太の開発。
政府も共同で行っていたが震災後からは規模縮小となっていた。陸海軍は自らの力で開発しなければならない。政府は東京から見れば僻地にある場所なんてどうでもよかった。
陸軍内部で航空関係専門の独立した部署の設置を求める声が出てきた。陸軍上層部も設置の許可をしたが予算不足だった。
陸軍に負けない為にも海軍は海軍独自の航空関係専門の独立部署を設置しようとしたが、予算不足だった。
陸軍は意地でも新たな部署設置をしようとした。海軍より優位に立つことができるからだ。
海軍は出来ないが、陸軍は出来ると宣伝する為でもあった。
ただの自己満足の様な気がする。
喧嘩上等だ、陸軍。
海軍は必死になって部署設置の予算をかき集めた。陸軍より先に部署設置を行うためだ。陸軍では派閥を超えて共通の敵である海軍打倒のため協力した。海軍も派閥を超えて協力するだろうと陸軍関係者達は思っていた。
海軍軍令部、連合艦隊司令部など派閥に関係なく海軍でも協力体制が構築されていた。だが、一枚岩にはなれなかった。この騒動に不介入の立場を示した派閥があった。藤伊栄一少将も所属する土屋派である。
派閥トップである土屋大将は海軍兵学校の校長であるため生徒に悪影響を与える問題として無視した。ナンバー2の艦政本部長の鈴木中将も興味無しとして無視した。ナンバー3の艦政本部次長の藤伊栄一少将は、息子にべた惚れ中で無視。
トップ3が全く行動に移さなかったので土屋派は沈黙を守っていた。海軍兵学校、海軍艦政本部、ウラジオストクに停泊中の第三艦隊を傘下に置く海軍最大級の派閥が協力しなければ、陸軍に負ける。
海軍の土屋派と同じ規模の艦隊派が譲歩してきた。これには理由がある。最初から不介入を示した土屋派と違い、艦隊派は最初からこの問題に介入した。ここで失敗してしまうと艦隊派の発言力が小さくなることが目に見えている。派閥の下の者達にも示しがつかないこともある。
この問題を利用して艦隊派の勢力弱体化が土屋派の方針となった。一応、協力するからには誰かが責任者となって行動しなければならない。全くやる気がないトップ3の誰が責任者となって派閥を率いるかが次の問題となった。
艦隊派は鈴木中将を推した。派閥トップの土屋大将に出てこられては土屋派がトップで艦隊派がナンバー2として見られる可能性があるからだ。藤伊は困る。下手したら艦隊派が潰されるかもしれない。内務省との協力体制が成立することを恐れていた。藤伊の親父が内務大臣だからだ。
鈴木が拒否したので土屋派の代表は藤伊栄一少将となった。欧州派遣経験があり、艦政本部次長であるから航空機にも詳しいはずだ。これが藤伊を代表に選んだ理由であったので艦隊派は渋々受け入れた。
この頃から海軍はドイツ海軍と本格的な技術交流を始めることになる。ドイツ海軍と言えば、潜水艦。Uボートである。当時のドイツ技術大国から学べる良い機会であると多くの海軍関係者が思うはずだ。
ドイツ海軍とのやり取りを行う艦政本部では航空関係専門の独立部署設置よりもこちらの技術交流が魅力であった。必然的に艦政本部が部署設置に消極的となる。海軍全体としてもドイツとの技術交流が魅力であると判断してますます消極的になっていく。
驚いたのは陸軍である。海軍だけがドイツと技術交流を行う。陸軍は海軍より劣っていると世の中に示していることになる。陸軍もドイツの技術を少しでも得たいと思うようになっていった。
そんな陸軍をジッと観察している人物がいた。
海軍艦政本部次長の藤伊栄一少将である。
藤伊は海軍の航空関係専門の独立部署設置の事実上代表となっていた。その他の連中が消極的であったからだ。海軍では技術交流優先のため航空関係専門の独立部署設置は数年後に見送りとされる事がほとんど決まっていた。
しかし、正式な決定はまだ発表されていなかった。
藤伊は嫁の実家のパイプを使い陸軍の上層部に接触した。藤伊の妻である千代子の一家は陸軍関係者が多い。
ドイツとの技術交流に参加させる代わりに陸海軍で共同の独立した航空関係専門の部署設置しましょう、と陸軍上層部に提案した。
陸軍上層部でも賛成と反対の意見に別れたが結局、予算節約と技術交流優先として藤伊の提案に同意した。
海軍上層部では共同の部署設置にほとんど反対がなかった。どうせ、数年で分裂するだろうと思っていたからだ。数年後には部署設置する事がある程度決まっていたことも理由の一つである。
「藤伊少将。統合航空本部が上手く機能するとは思えません。早めに解体された方がよろしいかと思います。」
「自分も角田中佐と同じ意見です。陸海軍の内部争いの火種となる可能性が高いです。」
「安心しなさい。俺が乗り込めば丸く収まるって!」
腰に手を当てて偉そうに藤伊が言った。
「藤伊少将が乗り込むこと=我々も一緒に連れていく。私は他にやる事があるので無理です。」
角田は断固拒否すると顔に出しながら言った。宇垣もさり気なく頷き同意していた。
「無理か?」
「「無理です。」」
「つまり、海軍は全面的に朝鮮から手を引くということですか?」
「はい、そうです。海軍はウラジオストクに拠点を構えた方が何かと有利なので。」
ウラジオストクは海軍の大陸における最重要拠点と認識されていた。海軍は朝鮮半島なんてどうでもよかった。多くの海軍軍人達は大国ソ連の防波堤の為ウラジオストクが大規模開発されていると思っていた。
ただ、ここにいる海軍士官達は日本海を安全にする為、得た領土だと考えていた。日本海は日本列島、朝鮮半島、シベリア地方の沿海州に囲まれている。沿海州以外は日本が領有している。沿海州全てを領土化することは現実的に難しい。そこで、沿海州の南に位置する港ウラジオストクを領有する。海軍が貧弱なソ連に対する政策としては十分だろう。
「後から大陸に来ても何一つ残っていませんよ。海軍は色々弱腰ですね。」
明らかに海軍を見下している陸軍中佐だった。陸軍でも第一次世界大戦以前よりは海軍を見下す士官は随分減少していた。海軍が英国から賞賛されていたからだ。
大きな理由の一つは内務省である。内務省の上層部が協力体制をする海軍と違い、非協力的な陸軍に悪い印象しかなかった。その影響で内務省は陸軍を敵視していた。何かあると直ぐに介入してきたからである。
「ええ、予算がギリギリなので削れるところは削っておく必要がありますし。軍艦は維持するだけでも金がかかりますからね。」
東京の陸軍省の会議室で海軍士官と陸軍士官、尉官らが朝鮮半島に関する陸海軍の駐屯戦力、予算などを話しあっていた。陸海軍とも中佐が発言していた。階級が同じであれば、意見を述べやすいとの事からだ。
「全面的に朝鮮半島から手を引くことはやめろ。長い年月をかけて少しずつ撤退してくれ。」
陸軍大佐が命令口調で言ってきた。そもそも、海軍中佐に陸軍大佐の命令をきく義務はない。海軍士官らの顔から一瞬笑顔が消えた。陸軍側の機嫌を損なわずに纏めるためだ。それには笑顔だ。まあ、笑顔と言っても相手に好印象を与える顔の事である。
「そうですね。大佐。陸軍の負担も少なくなりますね。」
陸軍大佐は先ほどの陸軍中佐が媚びを売る発言されるくらい出世の道が用意されているのだろう。
「陸軍大佐如きが海軍の決定事項を変更できるはずがありましせんよ。」
挑発させる言い方だったので海軍士官らの一部は不測事態に備えて手に拳銃を取った。陸軍と海軍の間に机があり、椅子に座っているので陸軍側には手が机の下にあれば手元は見えない。
「貴様!!!」
陸軍大佐が怒鳴り声を放ち、立ち上がった。陸軍側は殺気立っていた。対する海軍側は挑発した海軍中佐に呆れていた。海軍士官らがまだ海軍尉官だった時によく見ていた光景だったからだ。ただし、立ち位置は逆であった。
第一次世界大戦中、英国で終戦まで過ごした第二派遣艦隊のクルーだった。英国との交渉。いや、違う。英国との騙し合いを間近で見ていた。第二派遣艦隊の土屋長官が怒り狂う姿をだ。
ワシントン海軍軍縮条約で加賀型戦艦改造空母3隻の保有及び長門型戦艦陸奥の存続を認めさせた日本海軍で一番交渉上手と呼ばれている土屋保海軍大将であるが英国滞在時は交渉下手だった。
怒りで冷静さを失い満足出来る状態で話し合いが出来なかった。それによって、多くの損益を被る事になっていた。その影響で海軍は大戦中一時的予算不足に陥っていた事があった。だが、これを知る者は極僅かだ。
要は相手の冷静さを失わせれば交渉が成功しやすくなる。朝鮮から手を引くなんて藤伊が考え付きそうな事だから、交渉役も藤伊の息のかかった者が行う事は当然だろう。
「大佐。私の話を最後まで聞いてください。」
「聞く耳持たぬ!!........な!!」
胸ぐらを捕まえた大佐の手が止まった。彼の視線は中佐が顔の目の前に翳した書類の作成者を捉えていた。作成者は東郷平八郎海軍元帥、土屋保海軍大将。国民的英雄の名前が書かれている書類を持つ者がそこら辺にいるポンコツ中佐のはずがない。
陸軍大佐の位にいる者だから頭の回転は速い。大佐は書類を奪ってもう一度じっくり見た。
海軍元帥と海軍大将の命令に意を唱えたとなれば、タダでは済まされない。絶対に会いたくない国家機関の内務省の役人達が動き出すだろう。
「ありがとうございます。大佐が常識を持つ人物でよかったです。」
「いつからだ?」
「いつからとは?」
「いつから始めるのだ?朝鮮から手を引くことだ。」
「ウラジオストクを占領した時から始まっておりますが。お気づきではなかったのですか?」
海軍中佐は意外な顔をしていた。海軍としても陸軍がなんらかのしっぽを掴んでいると思っていたからだ。大佐の反応を見る限りだと陸軍上層部がこの事態に気づいていないことが丸分かりだった。
「なんだと........。これから大規模な撤退が始まるのか!」
ウラジオストク占領時から開始していたことを報告する。これからは目に見える形で撤退が始まるので、混乱防止のために報告したと予想できる。
大佐の周りの陸軍将校、士官、尉官らも段々状況が読み込めて顔から血の気がひいていた。陸軍の朝鮮半島政策に大きな影響を及ぼす何かがある。それが何かはわからない。
内務省と協力体制にある海軍が手を引くことは政府も一部撤退する可能性がある。海軍派閥の国会議員、内務省寄りの国会議員らも朝鮮半島予算削減に賛成する。最悪の場合、陸軍のみで朝鮮半島政策を行う事になるかもしれない。
「では、報告しましたので、我々はこれで失礼します。」
「ああ........。」
海軍士官らの目的は報告であった。普通に報告して帰るはずがない。脳筋が相手ならば普通に報告して帰る事が出来るだろう。初めの陸軍中佐は脳筋だったかもしれないが陸軍大佐が常識人だったから芝居する必要があったのだ。
呆然としている相手でも報告することは出来る。そして、素早く帰ることも出来る。冷静さを失わせれば出来る事であった。第一次世界大戦の時に欧州へ艦隊を派遣した成果は見えない所で発揮されているかもしれない。
欧州へ艦隊を派遣することは決して無駄じゃなかったのだ。
数日以内に次話を更新します




