イタリア(1924年10月17日)
ヨーロッパ出張です。
1924年10月17日
「イタリアはムッソリーニ政権かぁ。史実通り。でもイタリア軍弱い。せめて海軍だけでもマシならいいのに。」
【イタリア海軍だけでもマシにするしかない!】
藤伊は腕組みをしながら悩んでいた。藤伊一家は現在イタリア王国首都ローマにいた。藤伊がイタリア駐在日本大使館付き武官となったからだ。次世代を担う者達が欧州に派遣されるため藤伊も伝統にそって派遣された。伝統と言っても数十年の歴史しかない日本海軍が言うのはおかしな話である。
家族に被害が及ぶことを避けるため藤伊は欧州派遣に賛成した。藤伊も自分を敵視する輩が増加している事に気付いていた。
派遣先だけは自分で決めた。イタリアである。希望する他の者が少なく、今後重要な国となると感じていた。海軍士官なら派遣先は海軍大国イギリス、アメリカを希望するだろう。
イタリアは五大国である。イギリス、アメリカ、日本、フランス、イタリア。海軍力は世界でトップ5に入る実力を持つ。ただし、4位のフランスとの差が大きい。この時点では海軍国家イギリスには到底及ばない。
財政問題があり海軍の近代化が満足に出来ず、第二次世界大戦では活躍出来なかった。もし、イタリア海軍の近代化と練度や技術が史実より格段に進歩していたなら第二次世界大戦の結果が違ったかもしれない。藤伊はここに目をつけた。
「イタリア海軍を強化するための策はあるのですか?」
膝下まで隠れるワンピースを着た千代子が心配な様子で言った。旦那である藤伊の失脚は絶対に避けたい。生活レベルが格段に落ちる。貴族階級に生まれた千代子は耐えられないと思っていた。
「ああ、石油しかないね。」
【世界に衝撃を与える事が出来るイタリアが持つ武器。】
イタリア領リビア。イタリアが1912年のイタリア・トルコ戦争でオスマントルコ帝国から奪った領土である。リビアは地中海を挟んだイタリア半島対岸に位置する。
リビアとイタリア本国の距離は近いのだ。ただ、地中海には英領マルタ島がある。英領が存在する事はイタリア本国とリビアの補給路を妨害してくる可能性がある。
イギリス海軍地中海艦隊の本拠地は英領ジブラルタルである。マルタ島は常にイギリス海軍がいない。イタリア海軍の全力でマルタ島占領を戦時期間行う事が出来れば、補給路妨害は少なくなるだろう。
マルタ島占領はイギリスの補給路にも影響を与える。インド、スエズ運河、マルタ島、ジブラルタル、イギリス本国。イギリスはインドから様々な物資を運んでいる。
イタリア半島は欧州側地中海の海岸ほぼ中央にあり、イタリア領リビアもアフリカ大陸が地中海の海岸のほぼ中央ある。地中海の中央は両側がイタリアの勢力圏である。イギリスもここを通過するのは苦労するだろう。
マルタ島がイギリスの勢力圏であるため負担は軽減される。マルタ島はイタリアとリビアの真ん中にある。
リビアには石油がある。第二次世界大戦後にリビアでも油田が発見されている。リビアの石油埋蔵量はアフリカで一番と言われている。イタリア王国は絶対にこのリビア石油開発の話に乗ってくると藤伊は確信していた。
ムッソリーニ政権となってもイタリア王国が経済的にその他の欧米列強に遅れていることは間違いない。それに第一次世界大戦参加により、膨大な戦費を使用したことも問題となっている。
ここで何か宣伝効果がある大規模なことを行えば、ムッソリーニ政権反対派の排除が出来る。国民からも支持が得られる可能性があるリビア石油開発事業はムッソリーニからすると喉から手が出るほどほしい案件だろう。
第一次世界大戦の戦勝国でありながらも未回収のイタリア全ての領有化が出来なかったイタリア政府としても、美味しい話だ。石油は今や軍艦の燃料である。石油が生産できる国は少ない。イタリア政府が石油を利用して領土回復も出来ると藤伊は考えていた。
石油の輸出を行い代わりに領土回復の承認する国々が増えるだろう。更にイタリアの国際的な地位も上がるはずだ。21世紀の石油産出国のアラブ諸国がある程度の発言権を保持していること同じである。
「だあだあ。」
藤伊のズボンの裾を引っ張る赤ちゃんがいた。
「こらこら、お父さんは仕事中ですよ。幸一はあっちでママと遊びましょ。」
千代子は急いで息子の幸一を回収した。夫である藤伊の思考を邪魔したからだ。
「動き回ることが好きだね、幸一は。」
【おいおい、どこから入って来た?あ!扉が少し開いている。】
閉まって筈の扉が少しだけ開いていた。赤ん坊の力だけで扉を押して開けた事には藤伊も感心していた。
初め部屋にいたのは藤伊夫妻の2人だった。今は3人になっていた。藤伊栄一と藤伊千代子の長男の藤伊幸一がいる。誕生して半年も経ってないのに忍びの動きが出来た。ハイハイを完璧にマスターしているからだ。家中を動き回ることが日常茶判事だった。
『失礼します。旦那様、お客様がお見えになりました。』
扉をノックしてお手伝いさんが部屋に入って来た。
『始めまして。私は大日本帝国海軍少将の藤伊栄一在伊日本大使館付き武官です。』
『儂はヴィットリオ・エマヌエーレ・オランド下院議員だ。よろしく。』
椅子に座りながら偉そうに言った。これは仕方がないかもしれない。彼は数年前までイタリアの総理大臣を務めていた。第一次世界大戦中のイタリアの首相だった。大戦後のパリ講和会議でイタリアの満足できる領土回復が認められなかった事により、首相の椅子から降ろされていた。
それでも大物だ。ムッソリーニ政権になっているが彼を慕う人物は多くいる。政界でも大きな権力を持つ人物である。
『莫大な資金援助をしようと考えているおかしなアジア人とはお前さんか?政界でも噂になっておる。』
『イタリアに不利益となることはしていないつもりです。』
【ムッソリーニ政権なんて正直どうでもいい。イタリアの国力アップと石油が重要。】
藤伊はムッソリーニ政権の四天王の2人に莫大な資金援助をしていた。
1人はイタロ・バルボ。四天王の中で一番若い30歳の人物である。2年後の1926年に空軍大臣に任命される。空軍を陸軍から独立した組織に押し上げた。
彼自身は空軍に対する知識を持ち合わせていなかった。だが有能な事業家だった。イタリア空軍の威信を高めるため国際大会などに積極だった。大西洋横断も成功させている。ムッソリーニと同等の地位を確立しているようにも見えた。しかし、ムッソリーニに危険人物とされて左遷され、現地で事故死している。
藤伊が彼を支援したのは海軍とのパイプを得るためであった。後の空軍大臣となればイタリア海軍とのパイプを多数持っていると考えていた。
空軍と海軍はイタリアの軍隊としては一括りで纏められる。先程述べたように空軍は陸軍から独立した組織になる。陸軍とのパイプはあるかもしれないが、海軍とは接点がない。バルボも第一次世界大戦は陸軍兵士だったから海軍とのパイプはないだろう。
普通に考えたらわかること。藤伊栄一は普通でない。藤伊は海軍軍人だが陸軍にも多数の有力なパイプを持っている。大日本帝国陸軍大将の乃木希典、妻の実家繋がりの陸軍士官達、梅津と今村の経由したパイプがある。政界関係なら国家の番犬と影で呼ばれている親父の藤伊一郎内務大臣がいる。唯一ないとしたら皇族関係のパイプである。
2人目はエミーリオ・デ・ボーノ。四天王の中で一番年上で58歳だ。1年後はイタリア領リビアのトリポリタニアで総督をしている。エミーリオも陸軍元帥になる人物である。陸軍内部も発言力がある。
藤伊がエミーリオに近づいた理由は四天王であり、リビアのトリポリタニア総督なるからだ。リビアには石油が眠っている。正確にはリビアのトリポリタニア地域でなく、キレナイカ地域に眠っている。まあ、藤伊は其処まで知らない。ただ、東リビアにあることは知っている。
リビアの石油開発をスムーズに進めるためには強力なバックが必要。だから、リビアのトリポリタニアに総督なるはずのエミーリオをキレナイカの総督にしようと考えていた。現地の最高責任者で四天王の一人がバックに付いていれば、たとえムッソリーニでも表立って反対出来ないだろう。
ムッソリーニ政権成立して5年も経っていないのに内部争いをしていたら政権崩壊に繋がる可能性もある。
エミーリオがキレナイカ地域の総督になるため資金援助をしているのだ。
『強ち間違えでないだろう。まあいい。3人目は誰に資金援助するのだ?』
『あなたを支援したいと考えています。』
【顔に支援してくれ、と書いてあるよ。】
藤伊はオランドがわかりやすい反応をしてくれたことに感謝していた。腹の探り合いをする必要がなくなったからだ。
『では、早速ムッソリーニに日本と経済協定を締結する様に提案してみよう。まあ、任せておけ。』
『期待してます。ムッソリーニの地盤は強固なものでない今がチャンスです。頼みます。』
そう。今しかない。ムッソリーニの本格的な独裁政治が始まれば、この様なコソコソした動きが出来なくなるはずだ。
ナチスドイツ政権時代のゲシュタポの様な組織が監視する可能性が高くなり、同盟国の軍人でも身動きが出来ない状況になってしまうだろう。
「内務省としては陸海軍の予算大幅削減が必要だと考えている。」
藤伊一郎内務大臣が軍部を見下した様に言った。
「大蔵省も帝都復興費が重なり、財務が苦しいので予算増加は認めれない。」
大蔵大臣濱口雄幸が言った。予算減額とは言わずに増額が認められないと弱気だった。原敬内閣総理大臣も青年に殺されているため弱気になってしまうのも仕方がない。原敬内閣総理大臣は男性普通選挙を認めなかった事が殺された原因だった。
濱口雄幸はのちの内閣総理大臣になる人物だ。しかし、軍部と対立したことで先走った青年に狙撃され、それが原因で亡くなってしまう。まあ、軍部と正面から対立しようとする人物が今までほとんどいなかったから調子に乗っていた彼らにブレーキを掛けさせたことで目の方にされたのだろう。
「では、予算減額の方針で決定しよう。」
現内閣総理大臣加藤高明が言った。彼も軍部の予算減額が必要だと思っていた。内務大臣の意見に賛同しておけば、自分が軍部に恨まれることはないと考えていた。
これらのことだけみていると首相も大蔵大臣も弱腰であるように思える。少し弱腰になるのが普通かもしれない。21世紀の日本と違い、民衆や下士官達が情報を得る手段は限られている。証拠のない勝手な妄想で恨みを持ったりすることは多くあることだ。
軍部はいつも都合が悪くなると統帥権干犯問題にしてしまう。統帥権は簡単に纏めると天皇が軍隊の直属の上司である。内閣総理大臣が傘下に収める組織とは独立している。つまり、憲法には内閣総理大臣が軍部の最高司令官でなく、天皇が最高司令官である。
最高司令官でもないのにいちいち口を出すな。最高司令官は天皇陛下だ。天皇が持つ統帥権という権利を犯しているぞ。
小学生の口喧嘩みたいである。その次に軍部の大臣が辞任する。陸海軍のそれぞれ大臣が居なければ内閣は成立しない。内閣総辞職である。
また新たな内閣総理大臣を決める。今度は軍部に反対しないような人が選ばれる。軍部に有利な予算が成立する。軍部は嬉しい。
呆れてものが言えない。
「減額してもいいが、どれくらい減額するのかここで決めよう。」
藤伊一郎内務大臣にブレーキをかけなければ、と思い陸軍大臣宇垣一成が言った。宇垣一成は陸軍の中では珍しく現実的な考えが出来る人物であり、政界からも人気があった。
加藤高明内閣の前の内閣は、清浦内閣であり軍部寄りの政権だった。護憲運動で倒されたので加藤高明内閣が誕生した。民衆からの反発に恐れた陸軍が宇垣一成の陸軍大臣を承認したのだ。そんな裏事情がなければ、現実的な考えが出来る人物を陸軍が大臣の椅子には座らせない。
陸軍が有利な状態に導くことが出来る人物を推薦するだろう。
「まったくなんで、内務大臣の椅子に座り続けられるのやら。霊にでも取り憑かれているのですか?」
清浦内閣の時代も藤伊一郎は内務大臣だった。軍部でも目の上のたんこぶである藤伊一郎の指名は行わないつもりだった。ただ、経済界、政界の議員たちからの多数の要請があり渋々任命したのだった。
経済界、政界の議員たちからすれば藤伊一郎は自分達の身を守ってくれる警察の束ねる親玉だった。藤伊の後任に頼り甲斐の無い人物に影響で自分達の安全が損なわれることだけは避けたかったからだ。
清浦内閣崩壊後も同様の理由で藤伊一郎は内務大臣の椅子に座り続けていた。
「私の後任に藤伊内務大臣を指名しておこうかな。」
首相の加藤高明も大蔵大臣濱口雄幸も冗談を言った。
「ほう。首相になったら内務省の力を更に強くするぞ。」
満面の笑みだった。獲物を見つけた狼のようだった。
「ま、そろそろ若い世代に任せてみるのもいいかもな。はははは。」
首相の加藤高明の顔は真っ青だった。声はカラカラだった。藤伊一郎内務大臣を首相にすることは狼が檻から解き放たれると思ったからだ。
テストがそろそろ始まるので更新や感想の返信が出来なくなります。2月から復活予定です。
よろしくお願いします。




