北樺太侵攻計画案(1916年6月30日)
遅れました。
社会主義、21世紀でこの言葉を指導者達が叫ぶことは、あまりないだろう。
21世紀の多く市民たちからすると、危ない思想の持ち主と判断され、避けられる存在だと思う。社会主義理想国家のソ連崩壊という歴史を知っているからだろう。
だが、20世紀の市民たちは違う。公平な社会を実現にする理想は、多いに賛同できるものだった。特に、ロシアでは、貧富の格差が広がり今の体制(ロマノフ王朝)に嫌気が指している国民達がいた。
勝てると信じていた日露戦争の敗退。第一次世界大戦に参戦してが、ドイツ帝国軍に連戦連敗。戦争により経済が疲弊していた。
大戦中、国家元首であるニコライ2世は、前線に赴きロシア帝国内政にあまり関与しようとしなかった。
ニコライ2世の妻アレクサンドラが大戦中の内政を任されていた。アレクサンドラは、息子アレクセイ皇太子の病気をラスプーチンが祈りで救ったことから信頼していた。
大戦中のロシアの大臣で反ラスプーチン派の人物を、左遷していた。そのため、政治的な混乱が多発した。
ニコライ2世への信頼が損なわれることがなかった。ラスプーチンの宮廷内の影響力を手助けしていると見なされている敵国ドイツ出身の皇后アレクサンドラは、国民から批判されていた。
ロシア国民が敵国ドイツ出身の皇后アレクサンドラを気に食わなかったことは、理解できる。
ロシア国民を納得させる対策が、できない政府の打倒に繋がった。革命である。
1916年6月30日 日本
「北樺太侵攻作戦か......。」
山本少佐は、浮かない顔していた。
北樺太侵攻作戦。内務大臣藤伊一郎男爵、海軍大臣山本権兵衛、欧州第二派遣艦隊長官土屋海軍大将の三人で計画された作戦だ。
内容は、北樺太とウラジオストクに存在する邦人達の保護を大義名分にして日本が占領する。本当の目的は、北樺太にあるオハ油田地域を日本領化するためだ。
ウラジオストクは、革命政権からの日本の防波堤になってもらうことだ。
山本は藤伊中佐の友人であったので作戦内容を知ることが出来た。なお、この作戦計画は、一部の海軍高官と極わずかの左官たちにしか知らされていなかった。同盟国に侵攻する作戦計画だからだ。
「浮かない顔だな、山本少佐。」
「はい?......と、東郷元帥閣下。失礼しました。」
山本の隣に目付きが鋭い老人がいた。
「少佐は、この作戦に乗り気ではないのか?」
「正直に申しますと卑怯なやり方に思えて......。同期の者も、多くが自分と同じ意見でした。」
そう。この作戦は奇襲攻撃だ。日本領南樺太から大軍で北樺太を占領する。
「表立って行動しようとすることは、やめておけ。奴らが、飛んで来るぞ。」
「はい。わかっています。内容を知っている者も、逮捕されたくないから、動くことは、しないと思います。」
「当たり前だ。全く、内務大臣め!面倒な部隊を設立しよって!」
「内務省警視庁機動隊か......。警察が、陸軍の一部隊並みの戦力を保有する時代が来るとは......。自分は未だ信じられません。」
内務省警視庁機動隊とは、社会主義者取り締まりのために設立された部署である。設立当初は、陸軍並みの戦力でなかった。
近年、急速に近代化軍隊並みの戦力を整えたのだ。藤伊一郎が内務大臣になったからだ。彼は、警察力強化を掲げる人物だ。
「しかし、陸軍の蛮行が減ったのも事実だ。それに、陛下や議員、金持ち連中からの信頼があるから勝手に潰せんしな!」
政府が、機動隊という軍隊に対抗するための暴力を手に入れたことにより、軍部が強固な態度に出ることの低下に繋がった。
国民は、自分たちのための対策がされたので大いに喜んだ。
「計算されていたと?」
「少佐の耳にも風の噂で届いているだろう。今回の作戦の発案者は、現在の内務大臣藤伊一郎だ。」
「事実でしたか......。」
「父親は、日露戦争で奪えなかった北樺太を奪う。息子は、ユトランド沖海戦で、勝利する。どんな親子だ!!」
「父親は、子爵になられると?」
「そうだ。子爵にでもなるだろう。息子は、帰国したら海軍大佐だろう。息子の上司、第二派遣艦隊長官の土屋は海軍大臣にでもなるだろう。」
「閣下は、海軍大臣にでもなりたいのですか?」
「違うぞ。ただ、儂と同世代の者達が忘れられていくのを黙ってみておれんだけだ。」
「そうですか。」
「まあ山本少佐、どっしっとりと構えておれ。儂らは、旗艦霧島にいるだけだからな。」
東郷元帥と山本少佐は、海軍支援艦隊旗艦霧島で北樺太侵攻作戦に参加する予定であった。
「山城と新型戦艦(伊勢型戦艦1番艦伊勢)が、旗艦となるべきだと思います。」
「理由は儂も知らん。」
旗艦が金剛型巡洋戦艦4番艦霧島に選ばれたのには、理由がある。霧島が、海軍高官観戦用艦艇となるからだ。観戦用艦艇とは、その名の通り、海軍高官達を乗せて観戦させる。
山城と伊勢は、対地支援を行うので、旗艦として使用できないと判断された。旗艦にしては、観戦用艦艇となり、戦闘地域から離れて実戦経験が出来ない。
金剛型巡洋戦艦は、ユトランド沖海戦で十分実戦経験が得られたと判断されていた。伊勢は、新造艦だから実戦経験する必要がある。
扶桑型戦艦2番艦山城は、ユトランド沖海戦で、1番艦扶桑が、潜水艦の雷撃で戦線離脱したので実戦経験がまだ必要となったのだ。
「ですが、陸軍3万人もの戦力が必要なのですか?それに、海軍特別陸戦隊を陸軍主力と別地点から上陸させることに意味があるのですか?」
作戦書には、北樺太の別地点に海軍特別陸戦隊を海から上陸させると書かれていた。
「うーん。多分、実験と経験のために行うのだろう。北樺太とウラジオストクを占領することは、一種のパホーマンスだと思っている。」
「パホーマンスのために行う必要があるのか......。内務大臣は、何を考えているのでしょう?」
「今の政権に対する国民の支持率は高い。国民へのアピールしかないだろう。でも、問題はある。」
西園寺公望内閣。山本権兵衛海相、藤伊一郎内相、山縣有朋陸相が中心となって出来た内閣。
「大義名分がない。ロシアは同盟国だ。一体全体どういうつもりだ?」
この極秘作戦案を知らされた者たちの共通の疑問だった。同盟国への侵攻。明らかにおかしい。
しかし、作戦書の最後には、
「「「日英同盟を維持し、ロシア以外の友好国と敵対しない時期に作戦が開始される」」」
と書いてあった。
「あーあー、やることない。暇だ。」
「藤伊中佐はこれから起こる大規模な戦闘の前に緊張しないのですか?自分は、とても緊張しています。」
畑違いの他国の海軍中佐なんて、連合国陸軍にとって邪魔なだけである。だが、やることがないからといってダラダラと過ごしていいはずがない。
大日本帝国陸軍中尉観戦武官の今村均は、地べたで大の字になって寝っ転がっている藤伊海軍中佐を見て呆れていた。
「俺が緊張する理由がない。それに、俺の仕事はユトランド沖海戦で終わっているから。俺がここにいる理由わかる?」
「いえ、わかりません。」
「通訳だよ、通訳。呆れたよ。日本からの観戦武官が多くいるけどフランス語が出来ないからね。そんで、俺の登場。ここに来た初日から、、(海軍中佐がなんでいる)、、みたいな陰口を言われるし、そりゃあ、やる気がなくなって、緊張もしなくなるよ。」
藤伊は、地面に座り直してイギリス陸軍とフランス陸軍を見た。藤伊が今いる場所はユーラシア大陸のフランスである。イギリスではない。船舶を利用して2週間前にフランスへ来ていた。
現在ドイツ海軍は、あの有名なUボートによる無制限潜水艦作戦を中止していた。大戦初期は、この作戦を行っていたが、国内内部、軍部内部、国際世論の反対で、中止していた。なお、1917年2月にまたこの作戦はドイツ海軍が再開する。
「申し訳ありません。」
今村は、頭を下げて謝った。でも、今村はフランス語が出来るのだが。
「ソンムの戦いか。若者が多く散る戦いか。まあ、戦争で英雄になろうとしか考えられん奴らに裏の地獄の世界を見てもらうのも悪くないかもしれんな。」
藤伊は、今日見かけた連合国軍側の若い兵士たちの顔を思い出して苦笑いしていた。
ソンムの戦い。フランス北部・ピカルディ地方の戦いだ。1917年7月1日~1917年11月19日まで続いた。イギリス、フランス陸軍主力の連合国軍とドイツ帝国陸軍が戦った。この戦いでは、戦車が初めて実戦に投入された。軽機関銃も初めて登場した。
第一次世界大戦最大の陸軍同士の戦いである。連合国がドイツに対する大攻勢として始まった。しかし、結果、連合国側は、わずかな土地を回復したに過ぎなかった。そして、両軍合わせて100万人以上の犠牲を出した。
「まるで、未来を知っているような言い方ですね。」
「予測だよ。」
藤伊は、間髪を入れずに答えた。
「で、なんで物資の監視役を我々がやらねければいけないのですか?一応、我々は、他国の観戦武官です。」
「だから、いいことじゃん。戦場に出て死ななくて済むじゃん!俺らの任務は、情報を持ち帰ることだ。」
【どんだけ、戦場が好きなんだよ!お前にここで死なれちゃ、困るんだよ。お前が、働く戦場は、第二次世界大戦だよ。】
物資の監視役というのは、名ばかりの役だ。藤伊海軍中佐が、邪魔しないように戦場から遠ざけたのだ。今村中尉は巻き添いをくらっていた。
大日本帝国陸軍の者達も、連合国軍上官らに抗議さえしなかったので、海軍中佐の藤伊が抗議しても無意味ということは、分かりきっていた。
大日本帝国陸軍の観戦武官らが、抗議すれば藤伊の待遇は、違っただろう。まあ、大日本帝国陸軍は、大日本帝国海軍を嫌っているから上手くいかないが......。
しかし、藤伊は、この待遇で、大変満足していた。銃弾が縦横無尽に飛び交う戦場の近くでは、流れ弾に当たる危険性があるからだ。
「藤伊中佐ここにおりましたか。」
藤伊の横に腰掛けながら、梅津が言った。
「おう!梅津大尉。お前もこっちに送られた口か?」
「ええ、まあそんなところです。連合国軍司令部で乃木希典陸軍大将が、頑張って、上層部を説得しようとしています。藤伊中佐からの入れ知恵でしょうか?」
「まあな。」
藤伊は、苦笑いをしていた。梅津大尉にバレるとは、思っていなかったからだ。
乃木希典陸軍大将は、大日本帝国陸軍観戦武官のトップである。藤伊は、乃木に塹壕戦の激しさを前々から伝えていた。塹壕戦は、戦場が膠着状態となり長期戦となる。
塹壕戦は、数で塹壕を突破しようとしても、敵の機関銃の飽和攻撃で味方に甚大な被害が出てしまう。そのため、被害を最小限に抑えるため、1917年7月1日行われる数だけでの正面突破作戦の中止を訴えていた。
世界的有名な陸軍大将の乃木希典が、訴えることに賛同する連合国軍士官達もいたが少数だった。多くは、乃木がドイツの過大評価をしていると思っていた。
乃木は、諦めず作戦開始前まで説得を試みていた。作戦参加前線部隊は、乃木の考えに批判的だった。彼らからしてみると乃木は、うるさいただの劣等民族のアジア人だった。
作戦後方支援部隊では、乃木の努力もあって半分くらいの兵士が、賛同的だった。
「なんとか、なるといいのですがね。」
「梅津大尉。海軍中佐の俺が出来ることなて何にもないよ。来るべき時までじっくりと待つだけさ。」
【チート国家のアメリカ合衆国が連合国側で対独参戦したら、ドイツも終わりだけどね。物資や兵力が生半可じゃないからね。】
藤伊は、まるで興味がないように言った。
年末までに25話、26話、27話、28話も更新したいと思います。




