変化の西暦1911年11月17日
できた!
1911年11月17日
時計は夜9時を回っていた。
【あーあー、嫌だなぁ~。なんで堅物爺さんの説得をしなければならないのかなぁ~。でも、説得しないとヨーロッパ旅行(観戦武官としてヨーロッパに行くこと)できないし。くそ!なんで日本は島国なんだ。出国するのが大変だよ。
横領金を少し使うから数名分の旅費しか誤魔化せない。でも、海軍だけで行くと怪しまれるかもしれないから陸軍と一緒に行く必要があるんだよなぁ。海軍のメンバーは山本達を連れて行くと怪しまれそうだから俺と角田と土屋局長の3人。陸軍も3人欲しい。
理想では陸軍大将クラスと陸軍大尉、陸軍中尉がいい。陸軍大将に知り合いなんていないから今から作るしかない。海軍軍人が接触できる人って言ったら限られる。そんで、俺は今、ある学校の校長である乃木希典の家の前にいるのだーーー。】
「あの、大尉。質問があります。なぜ、自分もここにいるのですか?それに自分たちは警察官の服装をしていていいのですか?」
藤伊と角田は警察官の服装であった。その服は藤伊が父の書斎から勝手に拝借したものだった。それに雰囲気を見せるために藤伊の手には黒いブリーフケースが握られていた。
「まだ質問する許可を与えていないのだがね、角田巡査。俺は今だけ藤伊栄一巡査部長だ。それと質問の答えは自分で考えろ。さてゲーム開始だ。」
藤伊は乃木夫婦の家の玄関の扉を叩いた。
「はーい、どちらさまですか?」
玄関の扉を開けて乃木の妻であろう60歳ぐらいのおばあちゃんが出てきた。
「夜分遅くにすいません。警保局長秘書の伊藤と申します。こちらは私の補佐である、田中です。乃木希典さんはいらっしゃいますか。警保局長からの書類を預かってきました。」
藤伊はなるべくどこにでもいるような警官のふりしていた。
作者から見ると藤伊のネーミングセンス悪いと思う。藤伊の偽名は伊藤。角田の偽名は田中。ネーミングセンスが悪るすぎる!1文字変えただけかよ。いや、藤伊は一番最悪だ。漢字を前後入れ替えただけじゃないか。それで本当に大丈夫なのか?
「あ、警察の方ですね。わかりました。夫は中におります。部屋まで案内します。」
乃木夫人は陸軍関係者しか知らないため藤伊たちの服装を見て疑うことしていなかった。
藤伊と角田は靴を脱いで乃木の家に上がった。
「儂が乃木希典だ。よろしく。」
乃木は部屋に入ってきた藤伊と角田をさり気なく観察しながら言った。
「はい、よろしくお願いします。私は警保局長秘書の伊藤です。隣の者は補佐の田中です。」
藤伊は乃木が座っているテーブルの畳に座った。角田は藤伊の横に座った。
「ちょっと待ってくれ。ああ、すまないね、話を中断させて。補佐の田中君のことが気になってね。なあ、田中君。君は軍人だろう?歩き方が軍人達みたいだったからな。伊藤君は本物警察官だろう。歩き方が軍人みたいではなかったからな。」
「さすがは乃木陸軍大将ですね。角田君、ちょっと外で待機してくれないか。」
角田は自分の正体がばれたことに驚いていた。しかし、藤伊はほとんど動揺していなかった。そもそも藤伊が考えていた角田の役割はこの時間に陸軍関係者を乃木の家に上がらせないようにすることであった。
つまり、角田は藤伊栄一と乃木希典の話し合いを邪魔させない盾の役割だ。それを教えると逆に緊張して役に立たなくなると考えたので藤伊は角田に故意に教えなかったのだ。
「して、なんの用じゃ。手短に頼むぞ。」
退出した軍人に見覚えがないので海軍軍人だと判断した乃木は今から話されることに恐れ始めた。海軍が警察と協力して陸軍に決定打を与える情報入手に成功したと思ったからだ。
陸軍の不利益になる情報非開示を条件に陸軍が海軍に対して大きな譲歩する事態の発生だけはどうしても避けなければならない。
理由は今の内閣にある。1911年11月現在の内閣は政党の首相を中心とする第二次西園寺公望内閣である。前内閣は陸軍出身の首相中心の第二次桂太郎内閣であったため、政党と陸軍で政権を交代交代で担当している。
今もし、陸軍のスキャンダルが公になると次の内閣が陸軍中心でなくなってしまう危険性があるためだ。陸軍の不利益は海軍の利益と言われていることも理由に入るだろう。
角田の退席を見届けてから藤伊は口を開いた。
「警察で新たな部署を設置しようとしていることはご存知ですか?」
「ああ、知っとるとも。警察特別要人警護課だったな。儂はその案には賛成じゃ。伊藤博文公の事件があったから陸軍高官たちのほとんどが賛成だったはずだ。」
「それを聞いて安心しました。陸軍から反発があると設置を断念せざるを得ない状況になる可能性がありましたから。」
藤伊は敢えて軍部と言わずに陸軍と言った。海軍はこの案に同意していることを伝えるためであった。
もし乃木が同意しなければ藤伊は記者に情報をリークし、、(陸軍は軍備増強のことしか考えられない人たちの集まりだ)、、とか新聞に掲載させて国民の支持を失わせて、次期内閣には海軍出身者が多数を占める内閣になるのも悪くないと思っていた。
「肝心なことをまだ聞いておらんぞ。早く話してくれ。」
乃木は座り直して真面目な顔して言った。
「よく聞いてください。あなたの口座に約4万円があるイギリス人から振り込まれています。近々、警察が横領の疑いであなたを逮捕する予定です。こちらは乃木希典さんの横領の疑いを決定付ける書類です。」
藤伊はブリーフケースから10枚の書類を机の上に並べてから言った。
「横領だあ!そんなバカげたことがあるか!儂がそんなんことする愚か者に見えるのか!」
「ですがあなたの銀行口座に4万円が振り込まれていたという事実は変わりません。自分は人を見た目だけで判断しない性格ですので乃木さんが今だけ愚か者に見えます。ですが現段階ではこの内容を知っているのは極少数です。我々としても日露戦争の英雄を警察が処罰するのも出来れば避けたいと考えております。そんなことをすれば国民の敵になりそうですから。」
「振り込み先はイギリスからだと!儂はイギリス人の金持ちの友人なんぞおらんぞ。」
乃木は藤伊が出した書類を見ながら大きな声で言った。それもそうだ。乃木に見覚えがあるはずない。2日前に藤伊がロンドン秘密口座からこっそり乃木の口座に振り込んだからだ。
「ですが、証拠があります。これが公になればそのような言い訳が通用するとは思えません。乃木さん、机にある他の書類もしっかり見てください。
あなた以外の横領が疑われている陸軍関係者たちのことも書かれています。横領罪で逮捕が決定している人物は山縣有朋さんです。陸軍大将の山縣有朋さんの口座に7万円が振り込まれ、内4万円を使用したので横領罪として明後日警察が逮捕に向かいます。明日、天皇陛下に警保局長が逮捕すると伝えて山縣さんは言い逃れが出来ない状況にします。
自分は山縣さんの逮捕には賛成できません。彼は明治政府に必要な人物です。しかし、自分の力ではどうにもなりませんでした。乃木さんのサインさえあれば、山縣さんの件について考え直してくれるはずです。こちらに協力するようにこの書類にサインしてください。
乃木大将の横領については警保局長にまだ報告していないのでこの書類には効果があると思います。乃木さんの横領のことは自分たちがうやむやにしましょう。どちらにもwin win関係なことだと思いますが、どうします?」
「秘書クラスの奴らにそんなことができるのか?」
「ええ、出来ます。息子の意見に耳を貸さない親がいますか?」
「警保局長の藤伊一郎の息子だと!確か彼の息子は海軍軍人だったはずだった。な!貴様、海軍軍人だな!海軍が警察の振りをすることは大問題だぞ!」
「そんなことはどうでもいいです。ただ、国益にならない行為をする者に国家を任せておけないと判断したからです。老人たちにはわかりませんよ。この国の未来を心配する若者の気持ちは。あなたには一生わかりませんよ。
天皇陛下が崩御なされたら死ぬつもりの人にはね。若者を育てるという最も重要なことを放り投げて自己満足する為に未来を捨てた軍人に頼んだ自分がバカでした。すいません、お時間を取らせてしまって。今日はありがとうございました。」
そう言って、藤伊は席を立とうとした。
「貴様、待たんか!」
乃木は立ち上がって壁に掛けてあった日本刀をとって鞘から抜いた。剣先は藤伊に向いていた。対する藤伊は立ち上がって自然な動作で腰の拳銃を抜き、乃木に向けた。拳銃を向けられて乃木の動きが止まった。
「わかりましたか?これが老人と若者の違いです。江戸時代の者は日本刀を取り、明治時代の者は拳銃を取って戦います。江戸時代の考えで物事を判断しないでほしい。
今は明治時代です。昔の考えで国家の安全を損なうような行動は謹んでもらいたい。あなたにとって命は軽い物かもしれません。ですが、明治政府にとってあなたの命は決して軽くないです。
明治政府はまだできて、数十年しか経っていません。まだ、未熟者も多いです。よって明治政府にあなたのような優秀な軍人はほとんどいません。それにあなたのような優秀な軍人いないために、あなたの後任が務まる人物はまだいません。
だからあなたには後任を育てる義務がある。あなたが誇れる若者たちを育ててから死んで下さい。それが国家のためになります。」
「お前は年齢から推測すると海軍大尉か?」
乃木の顔から先ほどまでの怒りは感じ取れないくらい冷静になっていた。乃木は剣を鞘に戻して座った。藤伊も拳銃をしまって座った。
「はい。海軍人事局長秘書の藤伊栄一海軍大尉です。」
「お前は変わった考えをしておるな。儂に尊敬の目を向けなかった若い軍人はお前くらいだ。それにしてもこの歳になっても教えられることがあるとは思ってもみなかった。礼を言う。ありがとう。ああ、この書類にサインしよう。儂にやるべきことを教えてくれた礼だ。」
「ありがとうございます、乃木閣下。乃木さんにこれから3年以内に1回だけ理不尽な人事異動が発生すると思いますが、それに反対しないでいただきたいと思ってます。きっと、日本の未来のためになりますから、お願いします。」
「ああ、わかった。日本の未来のためにな。」
「ありがとうございます。」
藤伊はそう言って席を立ち、乃木の家から出て行った。
「藤伊大尉。どうでした。成功しました?」
家の外で待機していた角田は家から出てきた藤伊を見つけてからすぐに質問してきた。
「もちろん、成功した。俺に不可能は無い。」
藤伊は自慢気に言ったが内心結構ヤバかったと思っていた。
「それにしてもよくそんな大金ありましたね?沢山使ったからもう無いと思っていました。」
「甘いな、角田よ。俺が何もしないでいると思ったか?在ロシア日本大使の本野一郎さんと文通して親交を深めてロンドンで優秀な銀行員を紹介してもらい、そいつに俺の金で株式売買をやらせていたのだ。」
「大尉、それやって大丈夫ですか?その人信頼出来るのですか?」
「大丈夫だろ。期限は1911年11月30日までだし。そいつ優秀だが資金がなくて株式売買ができなく困っていたそうだ。そんで、俺が資金援助したらすごく感謝されて9月の中旬から10万援助したら、11月1日には40万円が俺の口座に振り込まれていた。11月5日に更に10万援助した。
えーと、今のところロンドンの口座の残高は約40万円だな。だから資金は不足していないよ。それに1923年までには約40万円を海軍に匿名のイギリス人から寄付ということで返すよ。返すから犯罪人にはならないさ。」
「失敗していないなら大丈夫です。飛行機という空を飛ぶ乗り物はご存知ですか?海軍内でも飛行機に関する部署を設けるべきという意見がでてそれについてもうすぐ会議があるので局長秘書として出席してください。」
「え!飛行機だと。そうか、ヘルマン・ゲーリングを忘れてた。ドイツ人の友にはロンメル、レーダー、ゲーリングはほしいなぁ。ヨーロッパに行く理由が更に増えたぞ。ああ、会議には君が出席しろ。人事局なんてその会議で座っているだけがからな。誰にでもできるさ。」
藤伊は隣に角田がいることを忘れて前世の知識のことを話していた。
「はあ、わかりました。後、ドイツに行きたいならドイツ語が話せるようになるべきだと思います。」
角田は、、(ヨーロッパ好きになるにはわかる。列強だからだな。)、、と自分なりに解釈していたので大事に至らなかった。
「ははは、ドイツ語は話せるよ。英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ロシア語、中国語、スペイン語ぐらい話せて当然だろう。ドイツ語が出来なかったら駐日ドイツ大使と交渉なんてできないだろう。」
藤伊は当然のように言っていたが角田は唖然としていた。海軍人事局を陰で動かす人物だからできて当然かと改めて藤伊を尊敬するようになった。
その頃、藤伊が帰った乃木の家では乃木希典が独り言を言っていた。
「今は明治の世か。江戸の考えを捨てて今を生きてみるのも悪くないかもしれんな。ふむ、あいつは将来大物になるな。」
乃木は壁に掛けてある日本刀を押入れの奥にしまい、部屋の書斎の引き出しに拳銃をしまった。
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