横領金
うーん。読みやすくなりましたか?
自分的にはいいと思っていますけど…。
1911年7月28日
秘書室で藤伊と角田は今大量の海軍予算報告関係の書類を処理していた。それらの書類は海軍省の予算報告担当係の友達から自分たちも手伝うとかの理由で借りてきていたのだ。秘書室は六畳ほど大きさの部屋でそこに二つの事務用の机があるだけである。そのためこの部屋は結構狭いためほとんど人が訪ねてこなかった。今は藤伊と角田しかいなかった。
「藤伊大尉、本当にこんなことやるのですか。ことが公になってしまっては大変ですよ。」
一応形だけの計画中止を角田は藤伊に申し出た。何かトラブルがあった時のため言い逃れのためだ。
「安心したまえ。君にも分け前はやる。」
「本当ですか?自分が納得できる分け前を絶対にください。」
「ははは。おもしろいね。いいだろう、私が海軍上層部メンバーになったら君を私の右腕としてそばに置こう。海軍兵学校の評価によると積極的に攻撃する作戦を作る生徒だったからなるべく前線の艦隊指揮官にしてやるよ。だが、この計画が失敗したら意味ないがね。」
先のことなんかどうでもいいような口ぶりで藤伊は言い返した。藤伊たちが練っている計画は海軍内部の不正横領金の流れを突き止め、それの一部を海軍人事局の隠し予算として得ることだ。海軍予算の横領にはたいてい海軍高官や技術者が関係していることが多い。海軍高官と技術者の予算報告書をひとつひとつ調べていけばすぐに横領金の流れを突き止めることができるのだ。
「ひとつ疑問に思ったことがあるのですけど、得た金はどこに隠すのですか?大金をただの海軍大尉が銀行に預けると銀行側に不審に思われますよ。人事局の予算報告をしなければならないため隠し金を使用した事柄はどのように報告するのですか。それより、いい加減自分にも計画の詳しい内容を教えてください。」
処理していた書類を置いて、教えなければこの計画から手を引くという感じで角田は言った。
「日本に預けなければいいのだよ。駐日ドイツ大使の口座に振り込む。駐日ドイツ大使に話はつけてある。得た金の25%を報酬で彼に与える。この方法は一度しか使わないから全額奪って逃げるなんてしないはず。それに任期が切れるまで日本から出られない。よってこの段階での危険性はほとんどないのだよ。どれほどの金が集まるかはやってみないとわからん。予想では約40万円ほど集まるはずだ。」
さらっと、とんでもない大金を報酬で大使に与えなければ失敗すると判断する藤伊を見てただ言い返す言葉もなく角田は聞かなければよかった、と思っていた。
帝国議会の貴族議員の年収は約3000円。約40万円はその133倍。現在日本の参議員の年収は約3500万円だからこれを133倍すると約46億5500万円になる。とんでもない大金である。
呆然とする角田のことを気にしないで藤伊は話し続けた。
「これは残りの30万円のうち10万は政治資金として使う。20万円は大使が俺とお前の海外の秘密口座に15万円と5万円に分けて振り込む予定だ。あと日本国内で起こったドイツ人関係の事件をドイツ本国に伝わらないよう揉み消してくれるように頼んでおいた。そこまでやってもらうための手間賃だ。10万円なら安いものさ。これが終われば計画は第二段階に移行する。一応君も共犯者だから途中で抜けることはゆるさないから。」
「に、逃げませんよ。それよりもいつの間に海外の口座を作ったのですか?ロンドンのシティの銀行口座ですか?アメリカ、ドイツの銀行ですか?」
一歩後ろに下がってから角田は答えた。角田にはこの計画がバレてしまったらどうしようという気持ちでいっぱいであった。それなのに共犯者という言葉を使って逃げられないようにされたことでこの計画の実行メンバーの一人になっていることが怖くなってしまったのだ。
「イギリスだよ。世界通貨のポンドだよ。ああ、第二段はイギリスの俺の秘密の銀行口座から偽名を使ってそれぞれ2万円ずつ高橋是清日銀総裁と斉藤実海軍大臣の口座に振り込む。政治資金として残しておいた8万円を5000円ずつ有力な貴族院議員におくる。2万円は新聞社に一面に記事を載せてもらう時に使う。もちろん名義は偽名だがな。」
「藤伊大尉、まさか第三段階もありますか?いったい自分はいつまで手伝えばいいのですか?」
いすに座って書類は片付けながら角田の顔を一回も見ずに返答していた藤伊は初めて角田の顔を見て言った。
「12月までだよ。それ以降は俺がやる。第三段階はゆすりだ。相手は企業、海軍予算横領者たちだ。人物や社名は言えないがゆすりをして企業から約4万円ほど海外のお前の銀行口座に振り込んでもらう。予算横領者たちからは俺の海外銀行口座に約5万円まど振り込んでもらう予定だ。第一段階までお前にも手伝ってもらう。だが、第三段階までは時々手を貸してもらうかもしれん。まあ、ここまではお前が協力することだよ。あとは第三段階が終わったらすぐにこの話しの内容を忘れろ。お前が海軍を60歳で退役するまでには海外口座の残高は2万円になっているだろう。もし俺を裏切ったりしたらすぐにお前を処分するからな。わかったな。」
「は、はい。わ、わかっています。」
絶望したようなかすれた声の返事だった。角田は自分が海軍兵学校の受験に合格しなければこのようなことに巻き込まれなかったかも、と思っていたがあとの祭りであった。
大体海軍兵学校を卒業したばかりの新人がこのような普通の人から見れば違法だと思われることをしようとしている藤伊の考えや行動を理解するのはほとんどできないものであった。それに転生者の藤伊からしてみれば5万円や10万円という単語は前世でよく聞いていたためあまり大金に思えなかったのでなんの抵抗もなくこの計画を練れたのである。
【まだこの計画内容は角田にしか話していない。角田がいなくなってしまうとこの事務的作業を一人でやらなければならないのか…。博打好きな山本を誘って一緒にやるか。それとも冷静でクールな塩沢を誘うか。他のメンバーを誘うか、うーん。迷うな。よし、またあとで考えよう。】
「角田君、話は変わるがヨーロッパに行きたいかね?」
角田が怖気付いている様子を見ていた藤伊はなるべく刺激しないような話題に話を変えた。
「へ、あ、行きたいです。特に英吉利に行ってみたいと思います。日英同盟があるからこそ世界最強の海軍国で勉強をしてみたいからです。でもヨーロッパなんて行けませんよ。藤伊大尉は後8年ぐらいしたら日本大使館付き武官に任命されて海外に行けるかもしれませんが自分はまず海軍大学校に入学するところからですから。」
角田は話しやすい話題になったことをうれしく思っていた。予想通りの答えだと思いながら藤伊はいざヨーロッパに観戦武官として派遣されたら自由に行動しようと考えていた。その付き添い人に角田を連れて行きたいと思っているため角田に聞いたのだった。理由は角田なら上司に自分の任務外の行動報告はしないだろうと思っていたからである。
「そうか。まあ、それが普通の考えだよな。でも、ヨーロッパに行くには大金が必要だな。軍縮でもしてくれたら予算確保できるのに…。海軍増強や陸軍増強なんてしなくてもいいのに。今の日本に金なんてほとんど無いのに。」
あきれた様子で藤伊は言った。
藤伊が横領金を得ようとした大きな理由のひとつであった。日露戦争の戦費の返還金の影響で軍隊増強なんて認められない第二次西園寺公望内閣は軍部と対立を深めていた。そもそもこのような対立が起きてしまうのは大日本帝国憲法が大きな原因である。大日本帝国憲法に軍隊は天皇直属の組織と示されているため最高司令官が天皇であり、内閣総理大臣でないのである。天皇は神聖にして侵すべきでない存在のため軍部がこれを利用し批判されないようにしていたのであった。特に軍部と対外政策、内閣は国内政策を軸に考えていたため対立が深まっていたとも言える。
「それは大臣たちが考えることで自分たちが考えることではないと思います。それより、計画のことを考えてください。」
「ああ、わかっているさ。でも、そんなように言う君は政治家に向いていないね。俺は政治家に向いていると思うか?」
「できますよ。自分の考えですけど藤伊大尉は間違えなく最高の政治家になると思います。根拠は人の意見を聞こうとするからです。また、海軍大尉であるのに海軍人事局では事実上のナンバー2ですし。人事局職員になってすぐに大尉がただの局長秘書でないと思いました。それを裏付けるかのように上官である海軍少佐、中佐、大佐たちが大尉に頭を下げているのを見たからです。海軍大尉のレベルで人事局のナンバー2になれるから藤伊大尉が海軍中将、海軍大将クラスになったら海軍全体を掌握できてしまうような気がします。これら自分が根拠です。」
角田は自信満々で言い放った。角田自身は藤伊が海軍の高官になれば海軍に変化の兆しがみえると思っていたからだ。
「ふ、うれしいのか悲しいのかよくわからん気持ちだ。だが不思議と悪い気持ちはしない。」
にこにこしながら藤伊は言った。
【政治家かよ。無茶だぜ。大臣には堀君が良いに決まっている。あいつ首席だよ。スパーエリートなんだよ、知らないのか?】
気づいていないかもしれないが藤伊も実はエリートのひとりである。日本最難関の海軍兵学校を卒業し、海軍大学校乙種学生として入学しているためである。海軍兵学校に入学した時点で日本のトップ500にランキングしている。そして海軍大臣、連合艦隊司令長官、軍令部総長など海軍の次世代トップ育成学校の海軍大学校乙種学生であることはとてつもなく優秀であることを表している。
「では、この手紙を郵便局に行って送ってくれ。手紙は5枚ある。ドイツ大使宛、あと4枚は新聞社宛だ。全て偽名にしてあるか?」
藤伊は最後の確認を角田にするよう言った。
「えーと、はい。全て偽名にしてあります。今から郵便局へ行ってきます。」
そう言って最終確認をして角田は秘書室を出て行った。藤伊が自分で行かなかった理由は憲兵に自分がマークされていると思ったからである。実際は一切マークすらされていなかった。このことに藤伊が気づいたのは2日後であった。角田を信頼していたから郵便局に行かせたというのも理由のひとつであった。
計画が今から実行されようとしていた。




