協力という脅し
万里江が目を覚ますと、そこは真っ白い部屋の中であった。おそらく病院。
「はぁ」
思わずため息がこぼれる。
「起きて早々にため息とは、助け甲斐のない女の子だね」
万里江が声の主を探して視線を泳がせると、そこには生徒・教師共に評判のいい生徒・斉藤幹也が座っていた。
「助けてくれて、ありがとう」
万里江は、詳しい状況は分からなかったが、彼が助けてくれたというのならお礼を言ったほうがいいだろうと判断した。
「良いんだ。そんなことは」
彼はもったいぶるように、そこで言葉を切ると万里江に言った。
「でも、助けたんだから、代償は頂くよ」
「桐野万里江さん。君に、俺の手伝いをしてもらいたい」
いつもの人当たりのいい顔ではなく、何かを企んでいるような幹也の表情に、万里江は内心恐ろしくなった。
もし、その頼みごとが犯罪に関わるようなことであったなら、彼女自身も彼女の家族も巻き込まれる可能性がある。
それだけは避けたい。
「大丈夫。犯罪関係じゃない。俺たちの学校を立て直す計画だよ」
万里江の心配そうな顔を察して、幹也は両手を左右に広げながら言った。
楽しそうに笑う彼の後ろに、万里江は死んだように眠っている少年を見た。
「立て直す?」
少年が気になりながらも、万里江は幹也に聞き返す。一生徒でしかない自分たちに一体何ができるというのかという疑問が浮かぶ。
「そう。あの校舎は耐震工事をケチっていてね、一定の衝撃が加わると崩壊する恐れがあった。そもそも耐震以前に、あの私立校を建てた会社が予算を削減するために色々とやってるらしいから、もっと脆かったのかもしれないけど。だから、あの校舎自体は遅かれ早かれ壊れていたのは事実。
それに加えて、あそこの教員は縁故採用が多くてね。ダメ教師でも、そこの親戚が力を持っていたり、学校長と繋がりがあったりすると解雇できなかった。そもそも私立校は優秀な教師を囲うために特別な事情でもない限り異動もない。それで、教員・校舎ともに腐敗しきっていたのさ」
そこで話を一旦切ると、分かるかなといった表情で万里江を見た。万里江はチラチラと後ろの少年を見ながらも、自分の通っていた学校の裏事情を何故幹也が知っていたのか考えていた。
「なぜ、俺が知っているのか。それはおいおい分かってくるよ。まぁ、それはそれとして……腐敗しきった学校が学校ごと壊れてくれた。幸い、主だった教員は皆いなくなってくれた。
でね、これは好都合とばかりに、俺の父親があそこを建て直すと言い出したんだ。もともと教員志望だったが採用試験に落ち続けて教員になれなかった男さ。今は、事業が成功して社長をしている」
知っている。
彼の父親は地元企業のトップで、万里江や幹也が通っていた学校に多額の寄付金を納めていた。それで偉そうに教育に口を出すわけでもなく、学校が良くなればという理由だけでやっていたというのだから、かなりの善人なのだろう。
「あの父親に任せておいてもいいんだけど、せっかくなら俺も関わりたい。このまま通信制の学校にでも転校して、私立校設立に関与したいと言った。
もちろん、反対されたよ。でも、自分たちの学校が腐敗していたこと、それを反面教師にして、後輩たちがより良い教育を受けられるような学校にできるのは、それを経験している俺だけだよって、まぁ、そんな感じで説得したら許可が出た。
いろいろ条件はあるけどね」
「それで、どうして私なの?ていうか、学校の裏をあなたが知っていたのはなぜ?」
幹也の目をまっすぐに見返し、万里江は問うた。他にも疑問が浮かんだが、それは言葉にならなかった。
「うん。君は生き残った。それに、優秀だって聞いていたしね、俺の右腕にはもってこいの人材だよ。
それから学校の裏を知っていたのは、俺の教師からの信頼の厚さだよ。俺はよく学校長から呼び出されることがあってね、そこでファイルを見たり、不審な工事設計を見たり。あとは、女教師に教えてもらったり、ね」
意味深に最後の言葉を付け加えると、幹也はニヤリと笑った。
「お断りさせてもらいます。確かに助けてもらったのは、感謝している。でも、私にはまだ将来があるの。そんな慈善事業をやるくらいなら、違う学校に転校して、卒業しないと」
「分かった。じゃあ、君のいう将来のために、俺はこの動画を警察に証拠として提出することにしよう」
幹也はそういうと、デジカメを取り出し、動画を起動させた。
そこには、万里江が校舎裏に呼び出されてから、友人たちを見殺しにし、止めを刺すまでが記録されていた。
万里江の頭は真っ白になった。この動画を警察に提出されたら将来どころか、これからさえどうなるか分からない。あれは事故ではない。殺人だ。
「あれは、殺人。君が彼女たちを殺したんだ。
このさいはっきり言おう。この動画を警察に提出されたくなかったら、俺に従え」
もはや万里江に選択の余地はないように感じられた。
この時万里江は、なぜ幹也がここまで用意周到なのかということを考える余裕すら失っていた。