始まりの時間 2
桐野万里江は、悩んでいた。
彼女のクラスメートである沙希が好きな少年に告白されたからだ。
しかも、その場面を沙希本人に見られてしまったのだ。
こんな漫画のようなことが現実にあるとは、彼女自身思いもしなかった。
万里江は自分のことを平凡な勉強しか取り柄のない女子高生としか思っていなかった。しかし、その男子生徒は、青縁の眼鏡が似合うところや、その見た目通りに頭がいいところが気に入っていた。また、彼女の優しげな表情や声にも惹かれていた。
その日から万里江は、同じクラスの女子生徒からいじめを受けるようになった。
曰く「万里江が沙希の想い人を寝取った」「万里江は、沙希の好きな人をわざと誘惑した」という噂がLINEやTwitterを通じて流れていたのだ。
無視から始まった女子特有のいじめは、瞬く間にクラスという垣根を越えて学年に広まった。教科書・ノートに落書きは当たり前。おかげで万里江は2回も教科書を買い変える羽目になった。体育服の紛失や靴隠し。移動授業のときは、階段で後ろから落とされそうになったこともある。
(あー嫌だ。こんな学校、なんで入ったんだろう)
先の見えない、終わらないいじめに、万里江は悩んでいた。
「万里江、ちょっといい?」
いつもは無視されたり、机やノートに落書きされたりするのだが、この日は朝課外前に沙希のグループに呼び出された。今まで、万里江と一切口をきかなかった沙希達からの誘いである。万里江は、誤解を解こうと彼女たちの後に付いていった。
校舎の裏につくと早速囲まれた。彼女たちが壁側にもたれかかり、万里江が壁の方を向いて立っている形だ。
「万里江さぁ、あの子に告白されたからって調子乗ってない?」
「そうそう。せっかく忠告してやってんのに、全然反省している様子ないし」
「えっ!?何の話?」
話が見えない万里江に、沙希が携帯の画面を見せた。
「これ」
そこには、
「2-6 Mです。
なぜか女子から敵視されました。。。
私が告白されたのがそんなに嫌だったのかなー笑
てか、T君に見向きもされなかったのに逆ギレとか…女の嫉妬ってこわーいwww
まっバカはこういうことしか出来ないからねー笑 私は我慢してあげますよぉ」
と掲示板に書かれていた。明らかにMとは万里江のことであろう。しかし、万里江はこんなこと書いた記憶もない。
「何、これ」
「惚けないで!あんたでしょ!」
そう言って沙希は、怒りに任せて万里江を押した。万里江は押された拍子にバランスを崩し、尻餅をついてしまう。
ドーン
万里江が尻餅をついて沙希達を見上げた途端、学校からくぐもった音が響き、学校自体が崩れ始めた。
そして万里江が見ている前で、沙希やその友人が瓦礫の下敷きになっていった。
「キャーー」「イヤー」
声は瓦礫に飲み込まれ、やがて消えていった。
万里江も、上から降ってきたコンクリートの破片で頭や腕などを怪我した。骨にヒビくらいは入っているかもしれない。
「まり…え、助けて」
そんな中、瓦礫の中から細い手が伸びているのを万里江は見つけた。声の主は、沙希らしい。さっきまで、威圧的な態度で万里江に迫っていたとは思えないほど、弱弱しい声で助けを求めている。
その時、万里江の脳裏には今まで彼女たちからされてきたことが浮かんでいた。
お気に入りの靴は隠され、大好きだった雑貨も奪われた。
勉強ができることをネタに笑われ、ありもない噂を流された。
教科書・ノートは何回も買い直した。
友人が離れていった。
万里江は、沙希の伸ばした手に向かって、人の頭ほどのコンクリートの塊を差し出し、その上に置いた。
「うっ……まり、え」
そして沙希の声のする方へ歩いていくと、傍にあった瓦礫を声のする辺りに置き直して上から踏み付けた。
「ぅあっ!!!」
踏みつけたというよりも、彼女の上に乗った。
万里江はしばらく動かなかった。
恨みや憎しみが湧くことなく、沙希を踏みつけたことに驚いていた。
「いった!」
我に返った万里江は、自身の腕の痛みに気付くとそのまま倒れて、安心するように眠ってしまった。