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背番号901  作者: 鹿田 智弘
3/3

未来は明るいほうがいい

「いい加減にせいや、こっちは待っとるんや!!」

 ジェイムズの歓喜に水を差したのは、苛立ちを隠さないがなり声だった。声の主はいかにも、といった風体の強面の男だ。

 ジェイムズはさっと球場の2つのベンチに目を走らせる。片方は、草野球に来たかのような素人くさい連中だ。見知った顔もいくつかある。合成肉屋のケンジや、靴屋のサイトウさん、ジェイムズもよく行くこの近くのカネダ商店街の連中だ。もう片方は個性を削ぎ落したような同じ代紋の入った黒いユニフォームにミラーシェイドの不気味な連中だ。

「(野球ヤクザか)」

 ジェイムズは顔をしかめた。例えるなら胴上げされていた優勝監督がそのまま地面にたたきつけられて、ついでに次のシーズンで最下位に沈んだような、ともかく最低な気分だった。

 野球ヤクザはやっていることはトラジショナルなヤクザと変わらない。ただ、彼らは野球で相手を恫喝するようにヒノモトに適応しただけだ。彼らは今も昔も、効率的に暴力と悪知恵を働かせる外道だ。だが、彼らはただのチンピラではない。ただのチンピラが勝てるほど野球は、いやスポーツは甘くはない。それを解決するのが、ジェイムズが見た無個性な選手たちだ。あれはこのヒノモトを支配するメガコーポ、TANUMAが裏表問わず売りさばいているクローン選手だ。公式オフィシャルの名選手に多額の金を払ってDNAマップを買い取り、それを組み合わせて作り上げた野球をするための怪物、それがクローン選手である。野球する程度の自我しか持たず、寿命も長くて5年に調整されていると聞く。

 要するに野球ヤクザはその経済力を持って戦車で歩兵かそれ以下の一般市民を恫喝し、時には踏みにじるのである。ただの暴力をふるうだけのちんぴらなどとは違う、というのはその点だ。彼らは金を持っていて、それを使う方法を知っているのだ。

 ジェイムズが反吐が出そうな気分で視線を戻すとアイリはその野球ヤクザに食って掛かっていた。ちょうど男は顔を真赤にして意味の分からない(翻訳されてないわけでない)罵詈雑言を絞り出しているところだった。こんなところでも彼女はジェイムズの期待通りの人物だったようだ。

「ハナコ、僕の野球ビザはこの試合、使えるよね?」

「え、あっはい」

 ジェイムズはアイリと男のやりとりを尻目にハナコに事務的な手続きを頼むことにした。横目で見ていると男はアイリに言いくるめられたらしく、口汚く喚いた後、最後にぶっ殺してやる、と言って向こう側のベンチに戻っていく。いい気味だ、とジェイムズは内心ほくそ笑んだ。

「それで僕があっちの商店街チームに参加する。で、代わりの選手として彼女を登録して欲しい。それで問題ないだろう?」

 ガイジンであるジェイムズには当然滞在するためのビザが発行されている。そしてジェイムズが発行してもらっているのはヒノモト独自の特殊観光ビザ、通称野球ビザである。野球ビザにもいくつか等級があり、ジェイムズの2級野球ビザは”公的”な試合、つまりハナコら野球委員が記録する試合に飛び入りで参加する権利がある。そして登録選手はやむを得ない事情がある場合は代わりの選手を用意して良い。

 この合わせ技で、ジェイムズはアイリをこの試合に参加させようというわけである。

「いいんですか?この試合どう見ても……」

 そう、どう見ても野球ヤクザによる商店街の地上げだろう、そうでなければみかじめ料でもせしめようというのか。いずれにせよ、クローン選手と一般人との戦力差は明白だ。身体能力だけでもねじ伏せられてしまうだろう。その上野球ヤクザの使うクローン選手なら人工筋肉やサイバーアイをはじめとして全身違法サイバーウェアの百貨店のはずである。例えば、(非常に希望的な観測だが)アイリがクローン選手と同じ程度のポテンシャルを秘めていたとしよう。だが、それでは勝てない。バスケやテニスのような個人の能力が大きいスポーツならともかく、一人で勝てるほど野球は甘くはない。

 しかし、アイリにはそんな不安などないように見える。むしろ、さきほどのやりとりで俄然闘志を増したようにすら見える。彼女にはあのクローン選手達に勝つ算段があるというのだろうか?その方法はジェイムズには検討もつかないが、信じてみたいと思わせる強さと自身が彼女からはあふれていたのは確かだ。なにより、せっかく見つけたこの選手がクローン選手程度に負けるものか、というジェイムズの個人的な期待もあった。

「(もしかしたらただのバカ、という可能性もあるけどね)」

 それは口にはせずに胸に仕舞っておくことにした。いつだって未来なんて明るいほうがいいに決まっているのだ。









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