第一話 肘かさ雨
プロローグ
「久しぶりだね♪時雨!」
幼かった、あの頃の面影は、全くと言っていいほど、
残っていなかった。
「……っ!?」
慌ててタオルを巻いて隠す。
「あれ?私を覚えていない?日向だよ!有栖川日向!」
日向って、あの日向だよな……?
日向……有栖川日向。
8年前、8才の頃までうちの隣に住んでいて、親の都合で大阪に引っ越してしまった。うちの隣の家には、日向の祖父母だけが残っていたず……なのに!
「どうしてお前がこんなとこにいるんだよォォ!!!」
第一話
肘かさ雨
急に降り出した雨。肘を傘の代わりにして軒先まで走る様子からこう呼ばれている。
「ぷぅ!私がどこにいたっていいじゃない!どうせ、時雨には関係ないでしょ!私は時雨のた・だ・の!幼なじみなんだから」
日向は「ただの」に力を込めて言った。
ああ、お前がどこにいたって文句は言わない。でもなぁ……
「誰も入浴中にくるとは思わねぇだろーがよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
俺の叫びが風呂場にこだまする。
今は夜の9時だ。ご近所さん、うるさいですね、ごめんなさい。でも、まさか異性の幼なじみがこんな夜に、しかも風呂場で8年ぶりに再開をするなんて、ご近所さん予想しました?してないでしょ?なら許せ!
「あ、入浴中だったの?ごめんなさい。そんなことより机の上に紙がおいてあったよ。今日は日向ちゃんが帰って来ます。よろしくね……って、きゃあ!!」
そんなメモがあったのか……全然気が付かなかった……え?きゃあ?
「どした?そんなに慌てて……」
「前ッ!!隠してよッ!!バカッ!!」
日向は手で目を覆ってあたふたしている。
……うわあ!!
突然日向が入ってきたもんだから、当然服を着る暇もなく、体を洗うタオルで隠していたのだが、日向と話しているうちにずれてしまったようだ。ギリギリの状態だ。急いで巻き直す。アブねぇ。もう少しで見えるところだった。
「すっ、すまん!!って、お前が出ていけや!!」
「ふぁいっ!!」
まったく……何なんだあいつは……
「うわあ!!」
ゴンッ!!!
!?
今、日向悲鳴と共にものすごい音がしたぞ!?
「きゅう……」
日向がぶっ倒れている!?
「おい!!大丈夫か!?日向!日向!!」
「…………」
返事がないが、大丈夫そうだ。寝てる。頭に大きなたんこぶを作って寝てる。どういう神経してんだ?こいつ。
風呂場を出ようとすると、蓋が開いて中身が出ているシャンプーの容器が足に当たった。
うわぁ、日向がドッタンバッタンいろんなものを蹴散らして出て行こうとしたから、おけやら石鹸やらがぐっちゃぐっちゃになってしまっているではないか。
日向の足元にはシャンプーが流れ出ている。
ああ、多分、日向はこのシャンプーを踏んで滑ってしまい、頭を打ったのだろう。
「まったく……世話のかかるやつだなあ」
あーあ、あとで掃除しなきゃだなー。めんどくせぇ。
取り敢えず、どこかに寝かせてやらないと。父さんと母さんは今日いないし、妹の氷雨は友達の家に泊まりに行ってるし。仕方ない、俺の部屋に連れていくか。
その前に服、服着よう。いくら夏とはいえ、寒い。
「おーい、日向ー、今から運ぶぞー。暴れんなよー」
一応呼びかけたが、気持ち良さそうに眠ってる。
何だよこいつ。なんか腹立つ。人が苦労してんのに、寝やがって!
お仕置きにたんこぶができているところをデコピンで攻撃ィ!
「痛ッ……」
一瞬顔を歪めたが、それっきりで起きる気配がない。どうしても俺に連れて行って欲しいってか。望むところだ!!
「おらよっと!」
お姫様抱っこしてみると、日向の体に力が入っていた。こいつ、起きてんのか?
「おーい?起きてるなら歩けよー!」
声をかけたが反応がない。やっぱり寝てるのかな?
心なしか日向の顔がほんのり赤いような気がする。熱があるのか?そう思い、日向のおでこにおでこをくっつけると、熱はなかったのだが、
「にゃあぁぁ……」
と、耳まで真っ赤にしてしまった。
こいつ……絶対起きてたよな!!
風呂場を荒らしたお仕置きをしてやろう。
「日向、お前、すっごく可愛いぞ」
耳元で囁いてやった。
あ、ぐったりした。
……。これで本当に日向が起きていたらかなり恥ずかしいぞ……
まあ、嘘ではないからいいんだが。
お姫様抱っこで2階の俺の部屋まで日向を連れて行ってやった。
抱っこした時に思った。女の子ってこんなに軽いものなのか?俺は特に運動してるわけでもないし、筋肉とかがっちりついてムキムキ!ではないけど、こいつを軽々と持ち上げることができた。こいつ、ちゃんと食ってんのか?
俺のベッドに寝かせて、様子を見ることにした。もう10時だ。こいつの家の人、心配してないといいけどな。
こいつが寝てる間に、頭の中を整理しよう。
しかし、まさか日向が帰ってくるなんて思いもしなかった。
うん。8才の頃とは全然違う。別人かっていうくらい変わってた。
3才の頃から親ぐるみでの付き合いだけど、優しくて、泣き虫で、よく笑う子で、笑うと花が咲いたみたいに周りを幸せにしてくれる子だった。見た目は他の子より、ぽっちゃりしているくらい、顔は子ブタちゃん。決して、可愛いとは言えなかった。別の意味じゃ可愛かったけどな。
そんな日向のことが、俺は好きだった。
そんな子が今はなんだ?人をバカ呼ばわりして、なんか語尾に音符がつくようなしゃべり方で、スタイルが良くて、みんなが振り向いてしまいそうなくらい可愛くなっている。まるで別人だ。
とにかく、ここでいろいろ考えていても埒が明かない。起きるまで待つか。
うーん、かれこれ2時間くらい待っているが、起きる気配がない。
もう12時を過ぎている。
こいつ、寝顔まで可愛いぞ。
………………。
………………。
ああ、こいつの寝顔みてたら、なんか、眠くなってき……た……なぁ……
「ふえぇ!?時雨!?」
日向の声で起きた。
「んぁ?どしたぁ?日向」
さすが寝起き。声がむにゃっとしてる。俺も日向も。
「何で私こんなところにいるの!?え!?」
こいつ、昨日のこと覚えてないみたいだな。
「んああ、昨日お前が風呂で石鹸踏んで頭打ってぶっ倒れたんだ。で、呼びかけたが返事がないから、俺が!お前を!お姫様抱っこで!ここまで運んでやったんだ!感謝しろ!」
そう言うと日向は、
「あ、ありがとう……♪」
と、照れた顔で言った。
「くそっ、日向のくせに、可愛いぞ!」
思わず声に出していたようだ。
すると日向は、
「にゃ!?にゃあぁぁぁ……」
顔を真っ赤にして、猫みたいな声をあげてまた倒れてしまった。
またやっちまった……。思っていることを口に出してしまうのが、俺の悪いくせなんだよな……。
ふと時計を見てみると、もう朝の9時だ。朝飯の時間をとっくに過ぎている。
机の上に「下で朝飯を作っている。起きたらこい。」と書いたメモを置いて部屋を出る。日向を起こさないようにそーっと……
って、アホか!思いっきり音を立てて閉めてやる!この野郎!!
「時雨〜、おはよう〜。時雨の部屋、ちっとも変わってないね」
「おはよう、って、そんなこといいから、こっち来てさっさと食え!」
こいつは何時間待たせるんだ!もう昼の1時だぞ!
冷めたスープを電子レンジに突っ込んで、待ち時間はお説教!
……じゃなくて、
「頭、大丈夫か?」
まずは心配。
「ぜーんぜん!痛くも痒くもないよ!」
「そうか、ならいいんだ」
こいつの笑顔をみてると、こっちまで笑ってしまう。ここは小さい頃と変わらない。
「わーい♪サンドイッチだ♪時雨、私の大好物覚えててくれたの?」
「当たり前だ。幼なじみだからな。」
俺の記憶力を舐めてもらっちゃあ困る。
スープを電子レンジから取り出して日向の前におく。
それより、昨日は話があると言って風呂場に乗り込んできたわけだが。
「昨日の話ってなんだ?」
「ああ、話!忘れてた!私、時雨とした約束を守るために、こっちに戻ることにしたの。」
忘れてたって……約束?
「約束?そんなのしたっけ」
日向とした約束なんて数えきれないが、約束の内容はほとんど覚えていない。一つだけ、一つだけ覚えているのがあるが……
「ヒドイッ!覚えていないの?」
日向は今にも泣きそうな顔をしている。あれ?この顔見覚えが……
「ごっ、ごめん」
「まあ、時雨とそんな約束していないけどね。嘘ついてごめんね!テヘッ♪」
日向は、舌を出して笑っているが、この顔もやっぱり見覚えがある。って、
「嘘なのかよ!!」
「……嘘ついちゃ、いけないの?時雨のバカッ!時雨なんて大っ嫌い!」
だ、大っ嫌いって……
「いくら俺でも大っ嫌いは傷つくぞ!!」
「大っ嫌い!ってゆーのは嘘ー♪」
「また嘘なのかよ!!」
こいつ……嘘ばっかりつきやがって……日向は満足そうな顔でこっち見てるし。この顔、やっぱどこかで……
「ああーー!!!」
思い出した!!
「な、何!?いきなりおっきな声出さないでよ!びっくりするじゃな……な、何?あんまりこっち見ないでよ、恥ずかしい……もしかして、顔に何かついてる!?」
こいつ、さっきテレビに出てた!
「ああ、サンドイッチの卵が付いてる。そんなことよりお前、役者の五十嵐時雨か!?」
どうりで見覚えがあると……。
「あれ?気がついていなかったの?ちょっとショック……あんなにテレビに出てるのに」
役者の方の五十嵐時雨は、最高視聴率が32.6%今話題のドラマ、【家政婦のニッタ】の、芦田恵一の娘、芦田結役をして人気が出た。今はバラエティ番組、ドラマと、テレビ業界の引っ張りだこである、と、親友の日影が言っていた。
「テレビはあまり見ないんだ。ごめん……って、どうして俺の本名がお前の芸名なんだ!?」
芸名が五十嵐時雨って、何がしたいんだよ!
「だって、こうすれば、時雨に早く気がついてもらえるかもしれなかったから……」
あわわわわ……日向がシクシクと泣き出してしまった。こんな時、どうすりゃいいんだ!?
「な、なんかごめん!」
取り敢えず謝ってみたが、泣き止む気配がない。
「うっうっ……って、嘘泣きだし!私は役者!泣くことぐらいお安い御用!芸名をあなたと同じにしたのはわけがあるんだ♪知りたい?……って、辛っ!!何これ!時雨、何かいれた!?」
「ああ、タバスコを入れた」
「ああー、辛い!!時雨、食べてみてよ!ホント辛いって!」
そんなに辛いか?少ししかいれてないんだが。
「?そんなに辛くないぞ?」
辛いものが苦手な俺だが、全然平気だ。
「時雨、また騙された!少しは人を疑う事を覚えなよ?ね♪」
「ああ。で、理由は?」
「ホントに知りたいの?」
そりゃ、知りたいよ。
「でも、今は眠たいから寝る。夏休み明けからは時雨と同じ学校、同じクラス、同じ出席番号だよ♪」
「出席番号は違うだろ!」
「ふぁぁ、ねむっ」
「おいっ!教えろー!」
「zzz……♪」
はあ、いきなり寝るなよ。しかもここで。さっきまでずっと寝てたのに、眠たいってこいつはいつも何時間寝てるんだろ?あー、何だか俺も眠たくなってきた。考えるのはまたあとにして寝よっかな……ああ、その前に風呂場片付けなきゃ。めんどくせぇ。また、あとでで、いいや……。あれ?何で氷雨が、こんな、ところ……に
「日向、抜けがけは、絶対に、許さないんだから」
手に持っているのは何だ?睡眠……薬……?
この小説の登場人物、時雨と氷雨は、雨の名前です。興味があれば、調べてみてください。雨にもたくさんの名前があって、たくさんの意味があって。へぇ〜、そんな意味だったんだ!とか、面白い名前だなぁ!とか、面白いですよ。
最後に。この小説を読んでくださった方へ。
目を通していただき、ありがとうございます。初めて書いたので、上手く書けているか分かりませんが、よろしければ、これからもどうぞよろしくお願いいたします。